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一途な愛


#創作大賞2024 #エッセイ部門

 「キング・コング」をテレビで見たのはいつのことだったか。なんとなく見始めて、引き込まれて、そして物語のクライマックスで涙腺崩壊。そんなときに限って、玄関のピンポーンがなる。「お届け物でーす」やたら元気で明るい声。だけど、私、ちょっとやそっとの涙ぐちゃぐちゃ顔ではなかった。居留守を使おうか。でも、せっかく持ってきていただいたのに、悪いし……。ごじゃごじゃ思っているうちに、私、
「はーい。すぐ、行きます」とインターホーンで返事をしてしまった。
 洟をちーんとかんで、ぐしゃぐしゃの涙を拭いても、あとからあとから洟と涙。仕方がないので、ティッシュで顔を隠しながら玄関に出た。
 配達員の方はそんな私を見て明らかにものすごく動揺していた。きっと、この人の身の上に今とんでもない不幸が襲い掛かったのだ、と。声を潜めて、「受け取りの印をいただけますか」と言われるので、私、「はい」と小さな声で返事をしティッシュで顔を隠したままなんとか受取印を押した。
「どうも」配達員の方は申し訳なさそうにうつむいたまま、そうっと戸を閉めて立ち去っていった。
 どなたから何を頂いたのか、おぼえていない。ただ無性に腹立たしかった。せっかくお送りいただいたのに、どなたかは存じませんが申し訳ございません。でも、物事にはなんでもタイミングというものがある。私の夫が、このタイミングのセンス、ゼロの人で、私をいつもイライラさせる。私がそっちに行こうと思ったところに、何の用があるのかそこに出てくる。あー、もう。あー、もう。の連続。どうして、私の前をちょろつくの。
 イラッ。イラッ。もう一つおまけにイラッ。
 お届け物をキッチンのテーブルの上に置き、私は改めてテレビの前に座った。そして、心の中に「キング・コング」のラストシーンを映した。
 アン(撮影のため、島を訪れていた金髪美女)を連れてエンパイアステートビルをよじ登り、空からの攻撃で「もう、ここまでか」と観念し、アンを自分の掌からそっと下したときのキング・コングのアンを見つめる愛しそうな目に胸が詰まる。そのときアンは、
「ダメよ。私を離したら。私がそばにいないとあなた撃たれてしまうわ‼」と泣き叫ぶ。
 それを聞いて、何もかもを受け入れるようにキング・コングは集中砲火を浴びてエンパイアステートビルから地上に落ちていく。
 そもそも、南インド洋に浮かぶ太古の生態系が残る島で、原住民から神のように崇め恐れられていたキング・コングをニューヨークに興行のため無理やり連れてきたのは、人間のエゴだ。無論、生贄のために連れ去られたアンを取り戻すのは正当だ。
 だけど最初、あんなに怖がっていたアンがキング・コングの心優しさに次第に恐怖心は消え、もしかしたら"愛”に似たものが芽生えたのは確かだ。
 だから、切ない。キング・コングはどんなにかアンが愛しかったのだろう。そして、その純粋な気持ちがアンに伝わり、アンもいつしかキング・コングを愛していたのだ。きっと。
 私は、「ダメよ。私を離したら……」と泣き叫ぶアンを画面に吸い寄せられるように見つめて、泣いて泣いた。
 そこに戻ってきた。間の悪い夫が。明るく元気に。私の好きなR店のシュークリームを抱えて。

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