青ガラスでできた死者のための耳栓
港とその周辺の賑わいも主要道路を一つ入ると閑散としていた。病院の古ぼけたモルタルは色褪せひび割れ、黄葉した銀杏が小道に散りかかっていた。
駐車場に、今しがた言葉を交わした医師と看護師が立っていた。しばらくすると、雑居ビルの角から葬儀屋の名の入った車が現れた。
「誰かが亡くなって、一つ、ベッドが空くんです」
末期癌の母をホスピスに入院させることができる。(2012年)。
ひっそりとしたホスピスを眺めていると、これでよかったのかと思い悩み、母の優しさだけが思い出された。
このまま家に帰る気にならず、私は鬱々としたものを鎮めるために少し町をぶらついてみようと思った。
繁華街から寺町通りへ続く方向に進んで行った。すると、小さな骨董店を見つけた。私は棚や床に無造作に並べ置かれた、不動明王の脇の童子、大日如来像、初期の伊万里小壺などをなんとなく眺めながら、あるものを見て身動きができなくなった。
青ガラスでできた死者のための耳栓。
それは静寂が結晶したような青いガラスの耳栓で、ところどころ欠落したり何かがこびりついている中国の唐時代のものだった。
これがあれば、母も安息のゆるやかな時のなかでそっと目を閉じることができるだろうと思った。私は“青いガラスの耳栓”を買い求めた。"青いガラスの耳栓”は私と母の間にぽつんとあった。と、そのとき、店に入ろうとした客とぶつかった。あっ、私の手から“青いガラスの耳栓”が落ちガシャっと小さな音がした。
拾い集めたガラスの欠片は母の流した一滴の涙色をしていた。