まじめな奴が国を滅ぼす -間違いだらけの経済常識- [6]脱成長というユートピア(=どこにもない場所)(第2回)

国や世の中のことを良くしようと考えている人のほとんどが、日本を滅ぼすことに加担している。なぜなら彼ら・彼女らの経済に対する考え方が、致命的に間違っているからだ。そんな悲劇的な状況を少しでも変えるべく、この連載を始めた。

7月まで4回にわたって、「消費税5つのウソ」と題して、「社会保障の財源」として国民が納めている消費税が、いかに我が国をダメにしているか、いかにウソだらけの税金か、を説明してきたが、前回からは新シリーズとして、「脱成長というユートピア(=どこにもない場所)」をスタートした。「脱成長論」という、人によってはとても魅力的で正しく聞こえる主張への批判がテーマである。「ユートピア」という言葉は、理想のように思えるが、ありもしない場所という意味で使っている。念のため。

3. 経済成長しない社会とはどんな社会か?

脱成長を主張する人たちがいる。その主張の大きな理由として気候変動が挙げられるが、脱成長は環境問題を何ら解決しないことを、前回は説明した。それに対して私は、日本にとって経済成長は必要であると考えている。まずその前提を整理しておきたい。

経済成長=幸せのベースである

まず確認しておきたいのは、「経済成長自体が目的ではない」ということである。目的は、あくまでも日本に住む「みんなの幸せ」だ。大事なのは「完全雇用」であり、そのためには経済成長が必要となる。働きたいと思う人々全員が働けることで、みんなが暮らしていけるようになり、社会の役に立っていることを実感できる。

脱成長論者は、「経済成長=幸せではない」とよく言う。経済成長を測る指標として、GDP(国内総生産=国内居住者によって生産されたモノやサービスの合計金額)があるが、GDPでは幸福度は測れない。私もそう思う。GDPには、人とのつながりも自己実現の度合いも、その多くが含まれていないだろう。しかし、「経済成長=幸せのベース」である。しっかりした物質的基盤がなければ、人とのつながりも自己実現も崩れ去ってしまう。GDPに代わる幸福の指標はあってよいが、GDPは幸福のベースを測る指標なのだ。

経済成長=幸せのベースであることを逆に捉えれば、経済成長しなければ、不幸な人間が増えることになる。その理由を3つに分けて説明しよう。

-① 経済成長しない社会は、みんなでパイを奪い合う社会である

経済成長とは全体のパイを増やすことである。みんなの取り分は、そのパイの分け前なのだから、パイを増やした方がそれぞれの取り分が多くなりやすいのは、誰にでもわかる理屈ではないのか。

全体のパイが増えないということは、ゼロ・サムゲームになる。参加者全員の得点の合計がゼロになるゲームだ。誰かが利益を得れば(プラスになれば)、必ず誰かは損失を出す(マイナスになる)。経済成長しない社会は、誰かが豊かになれば、他の誰かは必ず貧しくなる、みんなでパイを奪い合う社会である。椅子取りゲームと考えてもよい。

それなのに、なぜか富の分配と成長を対立するようにとらえる人がいる。経済成長というと、大企業が儲けるというイメージなのかもしれないが、福祉サービスが充実すれば、それも経済成長につながる。今の日本のように成長しなければ、格差も広がりやすい。格差や貧困の問題を解決したいなら、成長を目指すべきである。

-② 経済成長しない社会は、階層が固定化し、若者のチャンスを減らす

経済成長しない社会は、みんなでパイを奪い合う社会だ。これが誰に一番深刻な影響を与えるかと言えば、若者に対してである。経済成長しない社会で若者が豊かになるためには、上の世代から職や所得を奪うしかない。上の世代との競争に勝てなければ、豊かになれないのだ。経済成長を否定することは、現状の階層を固定化し、若者が豊かになるチャンスを減らすのを肯定することにほかならない。

英国に20年以上住み、保育士をしているライターのブレイディみかこが、2016年に横浜の寿町でボランティア活動に参加した時に、大学生がぼそっと言ったことを書いている(ブレイディみかこ「縮小社会は楽しくなんかない」・内田樹編「人口減少社会の未来学」2018年)。

「なんか、日本社会はもう萎むしかないから、これからは内面を豊かにして、小さく生きて行きましょう、みたいなことがさかんに言われてますよね。けど、なんで『ビッグになりたい』とか思うのがあかんのかな。俺ら若いもんは、もうそういうこと考えたらあかんのでしょうか。そういうこと思う奴は非道なんですかね?」

人口減少の最大の理由は、若者が貧しく、結婚できないからだ。下図を見れば、年収が低いほど未婚率が高いのが一目瞭然だ。結婚することが子どもを持つことのほぼ前提となっている日本では、結婚しなければ、子どもが増えるわけがない。若者のチャンスを減らすどころか、若者そのものがいなくなるのだ。

【35〜44歳男性有業者の年収別未婚率】 (総務省「就業構造基本調査」2022年より作成)

-③ 経済成長しないと、日本だけが貧しくなり、世界への影響力を失う

日本円の実質実効為替レートが1970年8月以来53年ぶりの安値をつけたというニュースが、昨年8月に話題になった(その後も最安値を更新し続けた)。実質実効為替レートとは、円とドルといった2国間の為替レートではなく、総合的な通貨の購買力を示す指標である(下図参照)。

【実質実効為替レート指数】(「NBC長崎放送ウェブサイト」2024年6月27日)

これは急激に進んだ円安だけが原因ではない。他国に比べて、経済成長しなかったためである。グラフを見ればわかるように、95年がピークであったが、それ以降「円の購買力」=「日本の国力」が落ち続けてきたということだ。国力の話をすると、国民の生活の方が大事とか言う人がいるが、国力は国民の生活に直結する。

日本の人口減少、労働力不足を解決するために、移民を受け入れるかどうかという議論があるが、日本で稼ぐことができるから移民は来るのである。今のまま経済が成長しなければ、移民など来なくなるだろう。例えば、オーストラリアの最低賃金は24.1豪ドル(24年7月〜)で、2,500円を超える。日本では24年度の最低賃金の目安が時給1,054円となったが、30年代半ばには1,500円を目指すそうだ。海外に出稼ぎに行く国へまっしぐらである。しかし、別の「移民」は来るかもしれない。

世界銀行調査部で約20年間にわたり主任エコノミストを務めた経済学者ブランコ・ミラノヴィッチは、次のように書いている。

「ヴェネチアやフィレンツェなどの都市の住民は、ほぼ全員がさほど遠くない未来、ドイツ人やアメリカ人、中国人といった外国人富裕層が占めることになるかもしれない。完全にグローバル化し商業化された世界では、他の国や地域の所得と比べてイタリア人の所得が下がりつづければ、もはやイタリアの美はその本来の住民が楽しむものではなくなるだろう。」(「資本主義だけ残った」2019年)

インバウンド(外国人観光客)の復活を喜ぶのもいいが、ここに書かれているヴェネチアやフィレンツェは、東京や京都の未来ではないのか?

日本総合研究所の寺島実郎会長によれば、世界GDPに占める日本のシェアはピークであった1994年には18%だったが、2023年には4%まで減少している。2000年に21%だった国連分担金の比重は、2023年は8%である。経済成長せず、日本の存在感が埋没する中で、世界への影響力は確実に失われていく。

-日本は既に「脱成長社会」か

2023年の日本の名目GDPがドイツに抜かれて4位になったことが、話題になった。GDPの比較はドル換算によるものであり、円安やドイツのインフレの影響(物価の変動を除いた実質GDPでは、ドイツはマイナス成長だったため)とかいう話もあったが、重要なのはそんなことではない。この30年間世界中でほとんど成長していないのは、日本だけなのである。

【世界各国の名目GDPの推移(100億ドル)】(藤井聡「10%消費税が日本経済を破壊する」
2018年に加筆。データ:「世界の統計2021」)
注:グラフは2019年までだが、2023年の名目GDPは円安による物価高により591兆円まで伸びている。

上のグラフは、1985年から2019年までの世界各国の名目GDPである。1995年までは他の国と同じように成長していたのがわかるが、それ以降日本だけが成長を止め、世界から取り残されてしまった。脱成長論を主張するまでもなく、既に日本は「脱成長社会」と言えなくもない。

その結果、日本がどうなったか? 平均年収は10年前に韓国に抜かれ(OECDデータ)、子どもの9人に1人は貧困状態にあり(2021年厚生労働省「国民生活基礎調査」)、大学生の55%が奨学金を受給しており、この30年で2.5倍になっている(2022年日本学生支援機構「学生生活調査」)。

なお、グラフには95年から年平均2.4%の経済成長をした場合の推移を点線で加えてある。アメリカ(4.4%)やイギリス(3.2%)よりは低く、フランス(2.2%)とほぼ同じ、ドイツ(1.7%)よりは少し高い数字だ。そうすると、2019年のGDPはおよそ実際の2倍、1,000億ドルを超えていたのである。

-日本が成長していれば、社会保障費も財政赤字も問題にはなっていなかった?

現在の日本の大きな課題に、少子高齢化に伴う社会保障費の増大と財政赤字の拡大がある。年金や医療・介護などの社会保障費の増加が財政赤字の一因とされている。

しかし、経済成長して、GDPが伸びていれば、社会保障もそれほど問題になっていなかったのではないか? 「高齢者を現役世代何人で支えるか?」という数字を見ることがある。下図を見てほしい。

【高齢者を現役世代何人で支えるか?】 (松元崇「日本経済 低成長からの脱却」2019年)

高度経済成長期の1965年は、65歳以上の高齢者1人を20〜64歳の現役世代9.1人で支えるという形だった。これは「胴上げ型」と呼べる。しかし、少子高齢化が進み、現役世代の人数が減り始め、2016年になると高齢者1人を支える現役世代は2.0人に減少。これは「騎馬戦型」だ。さらに「日本の将来推計人口(平成29年推計)」(国立社会保障・人口問題研究所)によると、2050年には高齢者1人を現役世代1.2人で支える「肩車型」になると予測されている。

この説明は、65歳以上の高齢者と20〜64歳の現役世代の人口比を示しているだけで、実際には働いている高齢者もいれば、働いていない現役世代もいる。しかし、現役世代が生み出したGDP(所得)が高齢者の社会保障を支えているという意味では、わかりやすい説明だ。

ということは、日本が経済成長して現役世代が生み出すGDPが増えれば、その分高齢者を支える現役世代の人数も増えるはずである。仮にGDPが先ほど見てもらったように、今の2倍になっていたら、4人で1人を支えれば良いことになる。(注:GDPが増えれば、必要となる社会保障の金額も増えるだろうから、そう単純には行かないが。)

財政赤字についても、同様のことが言える。政府の借金は総額いくらかよりも、GDPに対する比率が重要である。借金の額自体よりも、所得に対する借金の比率の方が大切なのは、わかりやすい話だと思う。ということは、国全体の所得であるGDPが増えれば、つまり経済成長すれば、政府の借金は軽くなり、財政赤字も改善することになる。(日本の債務残高のGDP比は2022年で257%で、財政赤字は世界一だが、これをどうとらえるかについては、この連載でも今後取り上げる。)

-今のままでは、「失われた50年」へ

日本はまだそこそこ豊かだ、成長しなくてもそうひどくはならないと思っている人がいるかもしれない。しかし、現在の日本は今までの蓄積で持っているだけだ。「失われた30年」が「50年」になったら、日本は滅びるだろう。はっきり言えば、経済成長が必要ないと言っている人は、金に困ったことのない人だけだ。「平等に貧しくなろう」などという言葉を信じてはいけないし、彼/彼女らが「下り坂を下りている」時、下の方は水没している。

私がひどくショックを受けた調査結果を紹介して、締めくくりとしたい。日本財団が2019年9月から10月に世界9カ国の17〜19歳1,000人を対象に行った「18歳意識調査」だ。「自分の国の将来についてどう思っていますか?」という質問への回答を載せた。中国では、96%の若者が「良くなる」と回答した。「良くなる」の多い順に、国を並べてみた。日本の若者で「日本の将来が良くなる」と回答した人は9.6%、「悪くなる」と回答した人は38%である。私たちは将来の世代に希望の持てない国を遺そうとしているのか? 経済成長しない国とは、こういう国である。(つづく)

【18歳意識調査「自分の国の将来についてどう思っていますか?」】
(日本財団「18歳意識調査」2019年)

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