まじめな奴が国を滅ぼす -間違いだらけの経済常識- [8]脱成長というユートピア(=どこにもない場所)(第4回)

国や世の中のことを良くしようと考えている人のほとんどが、日本を滅ぼすことに加担している。なぜなら彼ら・彼女らの経済に対する考え方が、致命的に間違っているからだ。そんな悲劇的な状況を少しでも変えるべく、この連載を始めた。
6月まで4回にわたって、「消費税5つのウソ」と題して、「社会保障の財源」として国民が納めている消費税が、いかに我が国をダメにしているか、いかにウソだらけの税金か、を説明してきたが、8月からは新シリーズとして、「脱成長というユートピア(=どこにもない場所)」をスタートした。「脱成長論」という、人によってはとても魅力的で正しく聞こえる主張への批判がテーマである。「ユートピア」という言葉は、理想のように思えるが、ありもしない場所という意味で使っている。念のため。
今回はシリーズ最終回として、脱成長ではなくグリーンニューディールこそが正しい方向であることを示す。

5. 「グリーンニューディール」という回答

-日本という「脱成長」社会
前々回の最後に述べたように、日本だけが30年間成長していない。日本にいると不思議に思わないかもしれないが、そんな国は世界中で他にないのである。下のグラフは2010年から2023年の主要国の富(金融資産+実物資産-負債。ドルベース)の伸び率を比較したものだ。この統計では、スペイン、イタリア、ギリシャもマイナス成長となっているが、日本は-23%でワースト1である。

【どの国が豊かになったか? 2010-2023】(VISUAL CAPITALIST 2024.8.26)

「脱成長」した日本は、長年デフレスパイラルという経済の悪いサイクルに陥っていた。下図の左のサイクルである。①消費者は給与が上がらないし、②会社の先行きや老後の社会保障など将来が不安だから、消費をしない。③企業はモノが売れない、値段を上げて売上を増やすこともできないし、国内では儲からないと考えて、借金して投資しようとはしないし、④収益がなかなか上がらない中で、従業員の給与を下げて利益を出そうとする。その結果、企業は利益を上げるが、消費者の所得は増えないから、ますます消費をしなくなる。企業はモノの値段を下げないと売れない、消費者は安くないと買わないために、全体の物価は下がっていく。この悪循環がデフレスパイラルである。デフレはモノの価値(値段)が下がる、つまりカネの価値が上がることだから、カネは持ったままで消費しないのが得だし、借金は損になるから、事態はどんどん悪くなる。

【日本経済=今までの悪いサイクルとこれからの(あるべき)良いサイクル】

それに対して、上図の右のサイクルは適度なインフレを伴った経済成長のサイクルである。①企業は借金をし、国内で設備投資や研究開発投資を行い、②収益・利益を増やす。③儲かるから従業員の給与を上げると、④所得の上がった消費者は積極的に消費を増やし、これを見た企業はさらに投資する。この過程で、物価は少しずつ上がっていく。消費者は気に入ったモノならば多少高くても買ってくれるし、企業は価格を高く設定することもできる。
政府・自民党からほとんどの野党まで、この経済成長のサイクルを回すべきだとしている。円安による輸入品の価格高騰により物価は上がったが、それに見合った給与の引き上げが不十分なため、実質賃金は26ヶ月連続マイナスとなり(6月、7月はボーナス分の押し上げでプラスとなったが、8月、9月は再びマイナスに)、まだまだ日本経済はとても良いサイクルに乗ったと言える状況にはない。

-財政支出の必要性
それでは、どうしたら経済成長の良いサイクルが回るのか? 日本の経済規模を表すGDP(国内総生産)の55%前後を占める消費者の需要を増やすことが重要であり、そのためには給与を上げなければならないのは、先ほどの図で見た通りである。しかし、政府は企業に賃上げを要請するが、マイナスの続く実質賃金を見ても、上げ幅がまだ不十分であることも前述した。大企業の内部留保は増え続け、2023年は過去最高になっているのだが(財務省「法人企業統計調査」資本金10億円以上の大企業)。
一方、民間企業の設備投資はGDPの15%前後を占めるが、国内での投資の最大の判断材料は消費者の需要が増えるかどうかの見込みであるから、やはり消費者の需要が増える必要がある。
消費者も企業も良いサイクルのスイッチをしっかり押せないのなら、どうすればよいのか? 日本にはもう一つの有力な経済主体がある。それは政府である。公共投資と政府消費の合計は25%前後を占める。したがって、政府が財政支出を増やすことで、需要を拡大すれば、民間投資も誘発され、供給力が高まり、日本経済の成長のサイクルを回すことができるのである。
下図は、2000年から2021年までの各国の政府支出の伸び率(横軸)と名目GDPの伸び率(縦軸)の関係を示している。ほとんど一直線に並んでおり、つまり政府支出を増やせば増やすほど、経済が成長することがわかる。この中で、一番左下にあるのがJapan(日本)である。残念なことにわが国は政府の支出が少なかったために成長することができなかったのだ(これが「失われた20年」の正体だ)。

【政府支出と名目GDPの伸び率の相関 2000-2021】
〜IMF World Economic Outlook Database(朴勝俊教授X 2024.5.9)

この図を見せると、「財政支出が増えたから経済成長したのではなく、経済が成長したから財政支出が増えたのだ。」と主張する人がいる。しかし、経済が成長したからといって、財政支出を増やさなければならない理由はないだろう。むしろ、財政支出を抑制することで、経済を成長させた国があってもいいはずだが、上図には「経済成長率は高いが、財政支出の伸び率は低い」国はない(グラフの左上に位置する国はない)のである。
また、積極財政は制御不能なインフレを引き起こすとする人もいる。そうならば、経済が成長したら財政支出を増やすという財政運営をすると、極端なインフレになるはずだが、上図で日本より財政支出の伸び率の高い国(すべての国ということになる!)の中で過剰なインフレに苦しんだ国など一つもないのである。(図の解説は、中野剛志「日本経済が成長しなくなった、あまりにも『残念』な理由」ダイヤモンド・オンライン2021.12.4を参考にした。)

-財政赤字をどう考えるのか?
こうした議論をすれば、当然予想されるのが、「我が国の財政赤字を考えれば、財政破綻するかもしれない、政府支出の拡大など無理だ。」という反論だろう。財務省によれば、日本の国債残高は2024年度末には1,105兆円になると見込まれ、債務残高のGDPに対する比率は250%を超え、主要先進国では最も高い。
これはまじめな人たちが一番心配している点だから、この連載でも改めてしっかり取り上げる予定だが、ここでは1つだけ述べておきたい。まず、これは財務省のウェブサイトにも書かれていることだが、財政の持続可能性を見る上で重要なのは、債務残高の絶対額ではなく、国の経済規模=GDPに対する比率である点だ。ということは、財政支出を増やして一時的に赤字が増えたとしても、経済成長する(=GDPが増える)と赤字の比率は減るのだから問題はないことになる。逆に、消費税を増税したり、財政支出を減らしたりしても、赤字の減少は一時的で、GDPも減少するから赤字の比率はかえって増えてしまうのだ。
「ザイム真理教」の著者・森永卓郎氏によれば、財務省では増税による税収増はプラス得点、減税による税収減はマイナス得点になる。しかし、自然な税収増、つまり経済成長によって税収が増えても得点にはならないのだとか。そんなことは知ったことではないが。

-日本のためになる賢い支出
ここまで「経済成長の良いサイクルを回すために、政府は財政支出を増やそう!」という話をしてきたが、それではどのような支出をすべきなのか? 不況の原因は需要の不足にあるから、政府が公共事業という需要を作り出せばよいと最初に提唱したのは、経済学者のケインズである。ケインズは穴を掘ってまた埋めるような仕事でも需要が生まれればよいと言っており、公共事業の中身は問題にしていない。需要を生むという視点から見れば、その通りであるが、より社会的なリターン(成果)が得られる公共事業が望ましいと言える。これをワイズスペンディング(賢い支出)と呼ぶ。
現在の日本におけるワイズスペンディングは、今後の日本国民の安全・安心と経済成長を支えるインフラの整備であると、私は考える。わが国の道路橋・トンネルのおよそ3割は建設後50年以上経った老朽化施設であり、これらインフラの維持管理や更新は不可欠だし、先進国中最も低い食糧自給率の向上のための食や農に対する支出は安全保障の観点からも重要である。防災や医療への支出や人材への投資も必要だ。
そして同様に重要なのが、この連載の第5回(「脱成長というユートピア(=どこにもない場所)」のシリーズの第1回)で説明した環境問題への投資=グリーンニューディールである。ニューディールとは、1930年代に大恐慌克服のために米国のルーズベルト大統領が行った大規模な財政支出政策のことであり、その環境版を実施すべきということだ。2100年までに地球平均気温の上昇を(1800年代後半と比較して)最大1.5℃に抑えるためには、地球全体のCO2実質排出量を2030年までに約45%削減し、2050年までに実質排出量ゼロにする必要がある。
そこで述べたように、脱成長は決して環境問題を解決しない。前回紹介したヨハン・ノルベリも言っている。2020年のパンデミックは、予想外の「脱成長」実験だった。結果は大惨事であり、世界銀行によれば、7000万人近くが極貧に投げ戻され、国連食糧農業機関(FAO)によれば、飢餓の激増、栄養失調で500〜700万人の子どもの身体発育が阻害されたと推計される。しかし、減少した世界のCO2排出量はわずか6%である。
ノルベリは、環境問題解決のためには一層の新技術の開発や炭素税の導入が必要と言っており、もちろん私もそれには賛成だが、改めてチョムスキー&ポーリンが提唱するグリーンニューディール構想の必要性を訴えたい(チョムスキー&ポーリン「気候危機とグローバル・グリーンニューディール」2020年)。
目標の実現のためには、
① 既存の建物や自動車、公共交通機関や産業生産プロセスにおける省エネ基準の劇的な向上
② 化石燃料や原子力とも競争可能な価格で提供され、産業部門や地域を問わず世界中の人々が利用できるようなグリーン再生可能エネルギー源の劇的な拡大
そのために必要な投資額は高めに見積もって年間平均で世界GDPの約2.5%、2024年〜2050年平均約4.5兆ドルである(日本では明日香壽川教授が2021年に年20.2兆円という投資額を算出している)。公共部門と民間部門が50%ずつ投資すると想定されるので、公共事業としては、年平均約2.25兆ドルとなる。それによって、持続可能な経済成長が実現されるべきだ。環境問題の解決と、労働者・貧困層の雇用機会の拡充(その中には当然化石燃料産業の労働者も含まれる)や生活水準の引き上げが同時に達成される社会を目指したい。(このシリーズ・おわり)

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