亀田鵬斎 酒佛経第7回
時三千大衆 (集まっていた)数多くの人々は
嘗此甘露味 この甘露の味をなめて
身意快然 身もこゝろも爽やかになり
鳴吭鼓舌動鼻撫頂 のどを鳴らし、舌鼓をうち、鼻を動かして、
頭のてっぺんをなでて
歎未曽有 いまだかってなかったことだと有り難がって
喜んでいる。
醉龍醉虎 ありとあらゆる普通の酔っ払いも
高陽酒徒及劉伯倫李太白輩 高陽の酒徒や劉伯倫・李白といった名高い
酔っ払いの仲間まで
倶垂涎逐臭恋良温而不己 皆んなよだれを垂らしてそのにおいを逐い、
その良き温かさを恋い求めてやまない。
猶不能忍其渇 それでもなおその渇きを我慢できないので
遂各自傾一大白而罄之 とうとう大盃で手酌をはじめ、
空にしてしまった。
【語句】
吭鳴 吭[コウ] のど(咽喉)。
鼓舌 鼓[コ]=つづみ、太鼓の一種。
歎 歎[タン] 感心してほめる(称美) ← 感歎、歎美。
未曽有 [ミゾウ] 昔より絶えてなし(=未嘗有)、
歎未曽有、郭然大悟(『観无量寿経』)
高陽酒徒 漢の酈食其【レキイキ】のこと。
酒呑みの代名詞として使われる。
【蛇足自注】
鼓[コ]と 鼔[コ】
この二つの漢字は似ているが、本来は違う漢字である(鼔が鼓の俗字とも)。
鼓は、つくりが「支」になっていて、
意味は「つづみ」、太鼓の一種である。← 鼓膜、鼓角
鼔は、つくりが「攴」であり、
意味は「つづみをうつ」である。← 鼔舞、鼔腹
当用漢字に鼓の方しか登録されていないためか、このふたつは現在では混用されている。
高陽酒徒
沛公(後の漢の高祖)が陳留を通った時、漢の酈食其が沛公に会おうとしたが、沛公の従者に「今忙しいので、儒者に会っている暇はない」と断られた。それに対して、酈食其が「私は高陽の酒飲みで、儒者ではない」と答えた話に基づいている。
初沛公引兵過陳留,酈生踵軍門上謁曰、云云、使者出謝曰沛公敬謝先生、方以天下為事、未暇見儒人也。酈生瞋目案劍叱使者曰。走復入言沛公、吾高陽酒徒也、非儒人也。』。(『史記・・卷九十七 酈生陸賈列傳第三十七』
但しこの一文は陸賈伝の方に入っている@維基文庫。又、文章は大漢和に従って略してある。)
この高陽一酒徒を使った詩としては唐の高適「田家春望詩」がもっとも有名であろう。
出門何所見 家を出て辺りを見渡せば、
春色満平蕪 どこもかしこも春の真っ盛り
可歎無知己 私を知る人なぞどこにもいない
高陽一酒徒 私は単なる酒飲みのままだ
【参考】
杉村英治『亀田鵬斎』(三樹書房)
維基文庫@web