落花の季節:李賀『将進酒』
唐も終わりの頃に、李賀という詩人が居た。小さい頃から天才と言われ、七歳でちゃんとした文章が書けると評判であった。
当時の詩文の大家である韓愈や皇甫湜はこの噂を信用していなかったので、ちょうど近くまで来たと言って立ち寄り、お決まりの挨拶をして、なにか詩を書いてくれないかと所望した。
李賀は瞬く間に「高軒過」という詩を作って驚かせたという話が残っている。「高軒過」とは、身分のあるものの車が立ち寄ったという意味である。
李賀も多くの詩を残しているが、多分もっとも有名なものが、『将進酒』という詩であろう。
さらなる繁栄に向かって、豊かな今を充分に享受している大唐の春の雰囲気が漂ってくる詩であり、旧制高校時代の芥川龍之介の愛唱の一句であったとも言われている。歳をとって「昔はよかったなぁ」といったところかもしれんが、春になると思い出す詩の一つである。この詩とその拙訳を書いておこう。
【李賀 将進酒】
瑠璃鍾 琥珀濃 瑠璃の盃 酒いっぱい
小槽酒滴眞珠紅 こぼれる酒は、紅真珠。
烹龍炮鳳玉脂泣 山海珍味山盛りで、
羅帷繍幕圍香風 漂う香が食い気を誘う。
吹龍笛 さあ、笛を吹け!
撃囈鼓 太鼓をたたけ!
皓齒歌 そこの歯のきれいなおねーちゃん歌ってね!
細腰舞 そっちのほっそりとしたお嬢さん、踊って!
況是青春日將暮 今、春の真っ盛り、夕陽の中を
桃花亂落如紅雨 桃の花が乱れ散る。
勤君終日酩酊醉 こんな時には、酔っ払うだけ
酒不到劉伶墳上土 どんな大酒呑みだって、死んでしまえば酒を飲めんよ
世間一般の訳とは違っているので、突っ込まれるのが嫌な人は下記の本を読んでくれ(笑)
◎ 青木正児『中華飲酒詩選」筑摩叢書(現在は東洋文庫で復刊されている)
◎ 鈴木虎雄注釈『李長吉詩集』岩波文庫
◎ 小川環樹編『唐代の詩人』(大修館書店)