亀田鵬斎 酒佛経第5回
諸不吉祥 さまざまな不吉なこともない。
刀杖不能觸 刀や杖で襲われても触れられることがなく
毒薬不能害 毒薬を飲まされても害されることがない
魍魎不得𠊳 「ちみもうりょう」が訪れることもできず
鬼神不能祟 鬼神も祟ることができず
邪気不能犯其四體皮膚 邪気が身体や皮膚を犯すこともできなく
断一切諸病 もろもろの病気をすべて断ち切って
永生酔郷安楽國 永遠に酔郷安楽国に生き
速證菩提 速やかに悟りを得ることができます。
爾時大地六種震動 この時大地が六種に振動し、
酒佛従地出現 大地より酒仏が出現しました。
左手持蟹螯 左手にはかにのはさみを持ち、
右掌捧一大白 右手には大きな杯をささげ持って
【語句】
魍魎 [モウリョウ] 魑魅(チミ)と併せて人に災いをなす化け
物の総称であるが、どんなものかが不明なところが化け
物の化け物たる所以であろう。
𠊳 [ベン】 便の本字。おとづれ(音信 → 郵便、船便、航空便)
鬼神 一語として日本語で解釈すれば「恐ろしく凶暴なもの
(存在・神霊)」となろう。
速證菩提 速=すみやか。證=佛教用語で「さとる」。
菩提= 佛教用語で「仏道のさとり、仏道の至極なるもの」
六種震動 [仏教用語】仏が説法するときの瑞相として大地が六通りに
震動することを指している。
蟹螯 [カイゴウ] かにのはさみ。
白 さかずき。白には「すみざけ(清酒)」の意味もある。
擧白=酒杯を挙て飲む。
【蛇足自注】
魍魎
『字源』では「すだま、水の神。又、木石の怪」となっている。
『広辞苑』で「すだま」を引くと「すだま [魑魅] 山林・木石の精気から生ずるという人面鬼身の怪物。和名一魑魅須多万」となっている。
出典は孔子の言葉「以丘之所聞羊也。木石之怪曰䕫・蜽(魍魎)、水之怪曰龍罔象。土之怪曰墳羊」(『国語 魯語下」)とされる。
後漢の許慎『説文解字』では「𧍑蜽。山川の精。𧍑蜽は形が三歳の小児のようで、赤黒く、目が赤く、耳が長く、髪の毛が美しい」とし、『国語』に注した三国時代の韋昭は「𧍑蜽は山精。人の声をまねて人を惑わすのを好む」としている。
鬼神
各々の字ごとの感じとして解釈すれば、
鬼は「地に下った魄=人に厄災をもたらすもの」
神は「天に昇った魂=人に利益を与えるもの」となる。
中国古典で使われている「鬼神」は日本語の「鬼と神様」とは全く違うものである。中国での「鬼」及び「神」の概念については『中国思想文化事典』の「鬼神」の項に八頁以上に渡って説明してある。詳しく知りたい方はそちらを読んで欲しい。
六種震動
仏が説法する時の振動の名前については経典によって異なる。
動・起・涌・震・吼・覚(華厳経)
動・涌・震・撃・吼・爆(大般若経)
この六種の震動(六震)には各々大中小の三相があり、六種十八相の震動になるともされている。
この他に、釈迦の六種の状態に応じても大地が振動するとされ、入胎時・・・出胎時・・出家時・・成道時・・転法輪時・・入滅時に大地が震動するとされるが、入胎時・・出胎時・・成道時・轉法輪時・・由天魔勸請將捨性命時・・入涅槃時(長阿含経)であるといった諸説がある。
又、六種振動を六方を動かすとする場合もある。六種震動:東涌西沒、西涌東沒、南涌北沒、北涌南沒、邊涌中沒、中涌邊沒。地皆柔軟(大品般若経)。
蟹螯
この一節「左手持蟹螯右掌捧一大白」は、江戸時代の人々に広く知られていた『蒙求』の「畢卓甕下」の条にある「卓常謂人曰、得酒満数百斛船、四時甘味置両頭、右手持酒杯、左手持蟹螯、拍浮酒酒船中、便足了一生矣」を踏まえている。畢卓は呑兵衛として知られていた。
尚、『蒙求』では畢卓は先に出た阮宣と並べて「阮宣杖頭、 畢卓甕下」と対になって載っている。要するにこの二人を、中国歴史上の二大呑兵衛として評価していたということである。
【参考】
杉村英治『亀田鵬斎』(三樹書房)
早川光三郎『蒙求』(新釈漢文大系、明治書院)
『中国思想文化事典』(東京大学出版会)
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