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王翰 涼州詞

葡萄美酒夜光杯  ワインをキラキラ光るグラスに満たし
欲飮琵琶馬上催  音楽を鳴らして盛り上げ、もっと飲もうとする。
醉臥沙場君莫笑  酔っぱらって砂の中に倒れても笑わんでくれ、
古來征戦幾人囘  僻地の戦争に引っ張り出され、
           何人が家に帰れたかを知ってるのか

涼州詞図

涼州は唐代の人間にとっては僻地です。都長安からはるか離れた異民族との戦いの最前線の軍事基地でした。
シルクロードの玄関口として栄えたなどと今の歴史の本には書いてありますが、当時の普通の人が行くところではなく、西域人と商売(か略奪か区別も難しいような仕事)をする人とそれらを買い入れて都に持ち帰り一山当てようと考える人、それ以外は軍に品物を売り込んで儲けようとする人と無理矢理引っ張って連れてこられた人達が集まっているような場所だったんでしょう。

この詩の起句の「葡萄美酒夜光杯」にだまされて、華やかな情景をイメージしてはいけません。
軍の駐屯地の中で、明日にも異民族との激突が予想されている状況では、酒でも飲んで気を紛らわすしかなかったでしょう。
だから「欲飮琵琶馬上催」音楽でもガンガン流して、「醉臥沙場君莫笑」ぶっ倒れるまで飲むしかなかったのでしょう。
自分の置かれた状況は「古來征戦幾人囘」家に帰って来れるなんて期待できないわけですから…
唐代の戦争の詩の中でも、もっとも哀切をきわめる作品です。

うだつの上がらない時代の杜甫の詩に、自分自身の詩の才能を宣伝して、王翰氏は隣りに引っ越してきたいという(王翰願卜鄰)という一句があるように、王翰は詩人として有名でした。
またはぶりもよく、博奕と酒を好んで(喜蒱酒)、かなり好き勝手に生きていたようですが(家畜聲伎,目使頤令,自視王侯)、周りの評判は良くなかったようです(人莫不惡之)。

褒めましたが、この詩は王翰が見聞きした光景を表しているわけではありません。王翰は涼州のような僻地で勤務した経験はありませんでした。中央政府に勤務し、失脚しても江南地方に移動させられただけでした。

こういった想像で書いた詩に対し、実地での体験ではないと非難される論調もありますが、長くなったので、この件については叉あらためて書きたいと思っています。

参考資料
塩谷温著『唐詩三〇〇首新釈」書籍文物流通会
松浦友久編『漢詩の事典』大修館書店
松浦友久編『校注唐詩解釈辞典』大修館書店
吉川幸次郎『杜甫Ⅰ』 筑摩古典文学全集

絵は何時ものように Stable Diffusion で作成した。


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