雨宿りのクロ 8(最終回)
何故かわからない。
わからないんだけど、もうすっかり
忘れていた母さんや兄弟達の顔が夢に
出てくるようになったんだ。
初めのうちは遠くでこっちを見てるだけ
だったけど、すぐに母さんだと分かったよ。
そして日毎に近くなってくるんだ。
最初は少し戸惑ったけれど、
やっぱり十何年振りに母さんの顔を見れると
思ったら嬉しいよね。
とうとうボクの目の前まで来るっていう日に
なり、ボクは十何年ぶりに母さんと話した。
「クロ!皆んなからクロと呼ばれているよう
だから、そう呼ぶわね。
ゴメンね、クロ。
貴方ひとりだけはぐれさせてしまって……。
あの後、他の子供達を安全な所にかくまって
から貴方の事を探しに回ったんだけど、
あの「こがねや」さんの
裏に住んでる人が犬を飼ってた為、縁の下まで入れなくてね。
分かった時には貴方はもうお店の中で
飼われ出したのよ。
だからお店の近くまで来ては貴方の様子を
ずっと伺ってたのよ」
「なんだ、じゃ窓から見えてたの母さん?」
「最初は連れて帰ろうと思いました。
でも、あの人達の貴方に対する愛情と慈愛、
優しさ。そういったものを見ていると、
ここにいた方が貴方は幸せに暮らせると
思ったのです」
「それは分かったよ。しかももう済んだ事
だから別に恨んだりしてはいないよ。
だけど、今まで一度も夢になんか出てきたり
しなかったのにどうして?」
ボクはもっともな疑問を母さんにぶつけた。
「突然の事だし、貴方も落ち着いてはいられ
ないと思います。
でも伝えなくちゃね。
クロ、貴方はもう少しで寿命なの。
そう、左脚の腫瘍でね」
「えっ、ボク死ぬの?」
あまりにも突然だよ、母さん。
「あとどのくらい生きられるの?ボクは」
「二週間ほど。九月の初旬くらい」
「えっ?九月?」
それはボクや京子おばちゃんにとって
意味のある日時だ。
「出来る事ならキチンとお別れを
伝えた方がいいですよ」
そうか、そうなのか。
なら寂しいけど、きなこにも伝えないと。
そしてボクはある事を決心したんだ。
九月のある日。
京子おばちゃんはボクを膝に抱えいつも
みたくボクに向かって一人、話し始めた。
「クロ、私もいい歳になったから最後まで
面倒見れないかも知れないよ。
身体もあちこちガタがきてるしねぇ。
特に左足がね…」
" 京子おばちゃん、今まで世話してくれて
本当にありがとう。
実はボクの方が先に逝くことになるんだ。
ここで暮らせた事、絶対に忘れないよ!
ほんとに幸せだった。
それでね、おばちゃん。
お礼の代わりと言ってはなんだけど、
京子おばちゃんのその足の痛みとその病巣、
ボクがあっちの世界へ持って
行ってあげるから安心して!
おばちゃんにはもっともっと生きてて
もらわないと!
アドバイスを待ってる人がたくさんいる
からね。
あれ、何だか身体が重苦しくなってきた。
そろそろなのかな?
ホントは誰にも知られずにと考えたけど、
やっぱり最期は京子おばちゃんに
看取ってもらいたいんだ。
ボクのワガママを聞いて下さい。
京子おばちゃん、洋子ちゃん、マー兄さん
ヒロ兄さん、本当にありがとう。
皆んなの事、忘れません。
そろそろなのかな、眠くなってき…た…
サヨナラ、皆んな。
サヨナラ、京子おばち…ゃ………"
「クロ………?」
ガラガラッ
「お母ちゃん、誕生日おめでとう!」
「ああ、洋ちゃん!クロが、クロが!」
「クロがどうしたって?えっ?クロ?」
「マーちゃん、クロが!」
「クロがどうかしたのか?」
これがボクの最期の場面。
ボクは「こがねや」の
皆んなに見送られて旅立つ事が出来た。
何かを感じたんだろうな、
きなこが店の前まで来てくれてたようだ。
空に昇る途中には母さんや兄弟達が
迎えに来てくれてたんだ。
洋子ちゃんが京子おばちゃんに
「誕生日おめでとう」
って言ってたけど、この日、
九月四日は京子おばちゃんの誕生日で、
ボクが縁の下で見つけられた日でもあるんだ。
「いい人達に巡り合って拾われて
ほんとに良かったわね」
合流した母さんに言われた。
「ほんとにそう思うよ。
そうさ、ボクは世界一幸せな
" 雨宿りをしたクロ "
だったんだよ!」
不思議な事に京子の足の痛みは
すっかり取れ、歩くのは平気になった。
京子と洋子の二人は
「たぶんこの足の痛みはあの子が一緒に
持っていってくれたんだねぇ」
と、信じてやまなかった。
そのおかげで、定休日には二人で
今もクロの話に花を咲かせながらの
ランチ巡りを楽しんでいるそうです。 (雨宿りのクロ 完)
最後までお読み頂きありがとうございました。素人オッサンの投稿も最後になると思います。
凄く楽しく充実した何ヶ月でした。
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改めてありがとうございました。