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初日
母親が亡くなるまでうちは二世帯住宅であった。
今でも建物はそのままだが、住んでいるのはわたしと連れ合いだけである。
二世帯住宅にもいろいろあるが、うちは入り口もトイレも台所も二つあるタイプだ。
もちろん光熱費も別々のメーターがあり、ポストも別々なら、表札も二枚。
どちらかから他方への金銭的な援助関係もなかった。
建築時に補助金が出るというので、一応一箇所だけ内扉で繋げてあったのだが、これも鍵をかけた上に、前に本棚を置いて塞いでしまっていたから、要するに親子が隣同士に住んでいるのと変わらなかったわけだ。
余談だが、後に親が要介護になり、その世話に行くのでさえ「二階のドアから外階段で下に降りて、一階のドアから入ると」いう手順を踏んだ。
これが多少のまどろっこしさもあったが、かえって気持ちの上では良かったのではないかと思っている。
さて本題。
そういうことで、完全別世帯であった我が家なわけだけれど、外から見れば中がどうなっているかなどわからない。
なので我が家は、NHKの受信料とか、町内会費などといったものは、ちゃっかり一世帯に偽装して払っていた。
まぁ自慢のできる話ではないが、小市民の涙ぐましい節約術だと思っていただきたい。(ちなみにこの受信料や会費すらちゃんと割り勘にしていたのだから、ウチの家系は清々しいくらいに金には厳しい)
さて、この辺りの町内会は、30近くの班に細かく分かれていて、そのひとつひとつに10世帯前後が所属している。
それぞれの班ごとに班長がいて、会費の集金だとか、回覧板の手配などをしているのだが、これは一年交代の持ち回りシステムだ。
だからどの家も、10年に一度くらいは班長にならねばならない。
で、この仕事だけは当地の住民になって以来、変わらずにずっと母親がやっていた。
元々わたしが中学生の時、ここに越してきた時は正真正銘一世帯だったので(その後わたしが今の形に建て直した)、これは最初からの流れで、親もわたしもまぁそういうものだと思っていたわけだ。
ところが去年、母親が鬼籍に入り、このタイミングで久々に班長の仕事が回ってきたのである。
これは困ったことである。
わたしとしては、成り行き上やらなくて済んでいたものが、還暦過ぎてから、いきなりこの未知の仕事に着くこととなった形だ。
どうしようもないことだし、大人だから表には出さないが、しかし結構緊張しているのは否めない。
こう見えて社交の類はわたしが一番不得意とする分野なのだ。
だって町内会だぜ、ネット上には悪口しか書いてないじゃないか。
今日は班長デビューの日で、いきなり生まれて初めて夜回りというのをやらされた。
なんで今時、拍子木を叩いて、「火の用心」と大声を上げねばならないのか、とも思う。
思うが、まぁ何事も経験だ。
案の定、声が枯れた。