備忘録:一学期の懇談
今日は、我が子の懇談。
小学校にあがって、家庭訪問以外では初めての懇談。
仕事を午前中で切り上げて、っつーて、我が子が一昨日ぐらいから中耳炎発症して体調不良もあったりして、在宅に切り替えて仕事してたから、午前中で終了する仕事なんて一瞬だった。
これまで、保育園で子供を預けて、懇談の時間が嫌で仕方なかった。なんせ、5歳だろうが4歳だろうが3歳だろうが言われることは「幼い」「指示が通らない」「着替えが遅い」「すぐにふざける」からの「発達どうのこうの」という話に行きつくこと2時間あまり。
仕事後、お迎え前に懇談して、19時超えて懇談が続くこともあったりしたなあ(遠い目)、ほぼ保育園の先生方がしゃべり続けるあの地獄のような時間。
担任・副担プラス園長の四者面談。私は、どこか私立の良いところの保育園にでも預けて小学校受験を目指している母親だったのか?と錯覚するほど、ずば抜けて懇談の時間が長かった。
発達の相談に行ってテストを受けても、男の子特有の感じはあるけれど、どこにも引っかからず、、、母親の私としても、そこまで育てにくさを感じたこともなくて、まあこういう人達もいるんだなあ(遠い目)と、最後の方は半ば聞き流し。就学前に、支援級を勧められること3,4回。色々な人に相談したりもしたけれど、結局支援級には入れず、今、小学1年生の7月。
今回は、小学校入ってだいぶ生活も慣れてきて、保育園時代同様、担任からあーでもないこーでもない言われるんだろうな、と覚悟して懇談へ。
保育園時代に言われたあれこれプラスきっとそこから派生する小学生生活でのあれこれが出来ているのか、話を聞いているのか、等々。
聞いてみると、全て出来ているとのこと。担任の先生としては、私が気にしているようなことは気にならない。ふざけてクラスを盛り上げたり、数人の男子で急に踊りだしたり、そういうことはあっても「今はこれをする時」と授業で話すと言われたことに取り組んでいるらしい。
着替えも遅いは遅いけれど、担任の先生は手伝ったり周りの同級生も手伝ったりしないから、「もう行くよ~」と最終声掛けすると大慌てでどうにか用意しているらしい。なのでそこまでの遅れもない、というかみんなそんなもんです、と言われた。なんなら「この時期は、慣れも出てくるからみんなそれぞれに個性も出てくるし、逆にそんなに注意もせず出来ている子の方が心配になる」とも仰っていた。
そして、懇談にかかった時間は20分ほど!しかも私が大半を喋ってる!!保育園と真逆・・
私は、自然と保育園時代の先生方を毛嫌いするようになった。先生方の我が子に対する出来ないことへの着目が凄くて、私自身もそれが普通なのだと思うようになり、保育園の先生が言うようにしないと、と半ば強迫観念のような気持ちになっていた気がする。私自身、よく我が子を急かして「そんなんじゃ、いつまでたっても赤ちゃんよ!」みたいな最低のセリフを吐きまくってた。我が子を否定してやろうなんて思っていなかったけれど、きっと否定しているような部分ばかり着目していた。
今の小学1年生のクラス担任は、我が子の好きなこと、同級生との関わり方、我が子が回りへの自分の魅せ方を理解していること、そして何より「どうしても憎めないキャラなんですよね~」と、我が子を全く否定せず肯定的に捉えてくれていることに驚いたし、今までごめん、と我が子に対して思った。
今の育児は、『こうあるべき論』が凄くて、生きづらいとずっと思ってた。
我が子を急かして、小さな成長を認めず大きな成長を望むばかりで、心から受け止めてなかった。
民間学童のスタッフさんにも「我が道行くタイプで、これからの時代には絶対有利よ~」と言ってもらえたり、保育園の先生方とは真逆のことを言われることが多くなった。
保育園時代は、本当にしんどかった。我が子と接するのではなくて、我が子を介した大人との付き合いがしんどくて、小学校生活が始まる前から震えあがっていた。
きっといろんな人がいるから、嫌な思いをすることもあるだろうけれど、立場や環境が違えば、こんなに考え方の違う人がいるんだと思うと、とても救われるし、私も我が子の様々な面を受け止めたい。
と思う懇談だった。
って言って、二学期の懇談散々やったらどうしよ!と思うけど、まあそれもそれやな、そん時どうにかしよ、と思えるようになってきた!
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