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鬼灯さんは考える 第一話

プロローグ

鬼灯さんは考える。
陽の差し込む窓辺、重厚感のある木目調の机に頬をつき、考える。

ホホヲツキ、ホオズキ、響きが似ているな。

ぼんやりと考えながら、エスプレッソマシンのボタンを押す。けたたましくマシンが鳴ると、その音にハッとしたかのように目をむける上司の姿がある。

時刻は午後2時。

微睡が囁く時刻である。

ーー
第一章 

鬼灯:(抑えるかのようなあくび)

チェ:おねむですか

鬼灯:うー脳みそ疲れたー

チェ:コーヒー要ります?

鬼灯:あー、や、大丈夫。

チェ:(席に向かう)、珍しいですね。先輩の席からキーボードの音が聞こえないの。

鬼灯:ほんとよぉ〜。もーやになっちゃ…

チェ:って、何遊んでるんですか。

鬼灯:遊んでない。これは本業でしっかり脳みそを動かすための自己投資。

チェ:何言ってんですか

鬼灯:素晴らしい労働環境は我々社員で作るもの!某グローバルカンパニーのようにビュッフェもジムもプレイルームも無い以上!これくらいの怠けは許されて然るべきなのだぁ〜!

チェ:彼らはクビにされる恐怖と闘ってますよ。隣の芝は青いものです。

鬼灯:私だって闘ってるよ〜、依頼件数一位の席はぁ〜座り心地は良いけれど、入れ替えの激しさはピカイチなのだな。フハハ。

入れ替えの激しさはピカイチ。
おっしゃる通りである。
鬼灯麗華、彼女はまだ30代。
30代にしていかようにその席まで上り詰めたのか?
本来は年功序列、またその職歴、スキルに従って…信頼を得やすい上司らがその座を手に入れる…のだが。
どういうわけか、鬼灯麗華はトップへ上り詰め、それが気に食わないご老人がたは皆ひとしくこのファームを去った。
だからこそ、この事務所は有名どころでありながらも若手が集う、新進気鋭の事務所としてちょっとした注目を集めていた。

鬼灯麗華はパートナー弁護士の中で、トップにいる。

恐ろしいほど頭が切れる…否。
恐ろしいほど働く…否。
恐ろしいほど愛嬌がある…否。
恐ろしいほど美人…否。

確かに彼女は日本一の大学を出て、勤勉に働き、人当たりも良く、美人ではある。

しかし、どれもこれも「恐ろしいほど」という形容詞は似合わなかった。その名と席に見合うような圧というのは、残念ながら持ち合わせていない。

だが、実際の力量はいまいちでも、名前の華やかさのおかげで実力以上にそれらが輝いて見えることが…特に、指名制においては有利。

鬼灯、法月、酸漿。

うん、確かな圧だと思った。

だからこそ、


「彼女は肩書に見合った仕事はしていない」


そう言われることもあるだろう。

鬼灯:それにしてもねー、本の執筆が終わると暇ねー

チェ:あぁ、あのAIの。

鬼灯:そー。私たちにできることなんてルールの中でどう依頼者の権利を主張していくか程度のものだから、できることなんてたかが知れてるんだけどね。

チェ:立法府になんとかしてもらわない限り根本は解決できないですよね。

鬼灯:そ、そもそも知財なんてAIが出てくる前から論争が多い分野だったじゃない。そりゃ作家様からみたら明らかになんらかの影響を受けてるとわかるんでしょうし、中には素人目に見ても明らかなものもある。でもその制作過程を誰かが記録してるなり録画してるなりしてない限り無理よー。

チェ:悪魔の証明ってやつですかね。

鬼灯:そうね。悪魔、ねぇ…

チェ:それでいうと最近知財関連の案件、うちのプラットフォームに上がってましたね。見ました?

鬼灯:え、なになに?知らない。

チェ:ずっと本書いてたんですもん、しょうがないですよ。

鬼灯:並行して幾つかやってたけどね、まぁ情報開示請求とかそこらへんのをちまちまと。

チェ:先生ほんと雑食ですよね〜、専門どこですか?

鬼灯:えぇ?特に決めてない、面白そうだな〜って思ったものを引き受けて、勉強しながらよね〜。チェくん、若いうちから専門性とか言ってたら大変なことになるよ?

チェ:でも得意分野とかあった方が依頼受けやすくないですか?

鬼灯:得意かどうかは他者が決めるものだから。自分で自分を過大、過小評価してたらドツボにハマるよ。

チェ;う、耳がいたい。

鬼灯:で、それやりたいの?

チェ:え?

鬼灯:その知財関連の案件、やりたいんじゃないの?

チェ:え、あ、あぁ…まぁ

鬼灯:どっちさ

チェ:やりたいです。

鬼灯:だよね

チェ:なんでわかるんですか?

鬼灯:君が自分から意見を混ぜて返事をするのは初めてだったから、興味あるんだろうなぁって思って。

チェ:え、えぇ?はじめて、ですか

鬼灯:そ。君いつも何か言ってるようで、世間一般の中庸な意見を綺麗にそれっぽい言葉で繰り返してるだけだから。

チェ:ぐさっ

鬼灯:でも、今回は「立法府になんとかしてもらわない限り根本は解決できない」って、少し尖った自分なりの意見が出てきた。鸚鵡返しじゃなくてね。

チェ:だって…そうじゃないですか?僕たちがいくら頑張ったところで、現状の法すらまともに整備されてない状態じゃ矛も盾もないですよ。

鬼灯:やればいいじゃん。判例を君が作るんだよ。

チェ:やりたいんですけど…

鬼灯:はぁ…

チェ:ち、ちがうんですよ!!経験がないんです!

鬼灯:経験は作るものだぜ、少年。

チェ:違うんです!そもそも案件取るために、専門に沿った経験が必要なんですよ。

鬼灯:ふーん。君さ、そもそも求人なんておおよそその文字通りの人材が来ることを期待しちゃあいないぜ。

チェ:なんのための募集要項ですか!

鬼灯:婚活みたいなもんだ。身長185以上で金融資産持ってて年収1500万以上のイケメンと結婚するとほざいてた女性陣は結局どんな人と結婚してたかしらね。

チェ:…

鬼灯:ん?

チェ:な、なんですか

鬼灯:君、背高いな。

チェ:はぁ

鬼灯:金融資産持ってる?

チェ:やめてください!!

鬼灯:やってみる?

チェ:いやー…流石に通んないと思います。

鬼灯:使える武器はとことん使いなよ。目の前に知財についての本を出したての優しそうな”専門家”がいるよ?

チェ:え?

鬼灯:一緒にやろうじゃないか。

__

第二話へ続く



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