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鬼灯さんは考える 第二話

チェ:いいんですか?

鬼灯:良いも何も…チェ君がちょっと勇気を出すか出さないかの問題でしかない。私はちょうど次の案件探しをしなければいけないわけだし?

蕪木:えぇ〜?鬼灯さんはまぁ条件にあってるから良いとして…

チェ:ですよね…

鬼灯:おまちください蕪木さん!条件条件言ってたら若手は育ちませんよ?

蕪木:君も若手でしょうに。

鬼灯:ぐさっ

蕪木:選択肢は二つ。もっとしっかりした人を連れてくることですね、どちらかが。

チェ:はい……って、ん、え。えと「どちらか」が?

蕪木:そう。総合力の問題ですな。もっとしっかりした人とチェさんならクライアントは安心するだろうし。

チェ:え、僕でも可能性あるんですか?!

蕪木:もう一人がしっかりしてたらね。鬼灯さんとチェさんじゃ、ちょっと役不足かな。

鬼灯:それをいうなら、力不足では。

蕪木:あぁ、そうそう、力不足。これわかっててもやっちゃうんだよね。よくないよくない。流石の瞬発力だね〜、食いつきだけは早いんだから。

鬼灯:食いつき、だけ?

蕪木:いやいや、仕事も早くて助かってますよ。大いに。

チェ:ちょっと待ってください。力不足、って、鬼灯先輩でですか?

蕪木:そうだねー、ちょっと若すぎるかな。

鬼灯:お年を召した男性であればむしろ役不足でしたか?

蕪木:はは、相変わらず。いやいや、もしチェさんをどうしても据えたいならの話ですよ。通常ならもちろん鬼灯さんはアサインできます。

鬼灯:でもチェ君と私では不可なんですよね?でも肩書きだけなら勤続年数以外で特に差はないでしょう。AIですよ?新技術です。肩書きも何もありませんよ。

蕪木:知財関連の専門性では他にも有力な先生はいらっしゃいますからね。

鬼灯:それは、そうです。でも…、うーん、腑に落ちないんです。私は時間の無駄が一番嫌いです。次から同じ轍を踏まぬよう正直にお願いします。この場合、性別や年齢は暗黙の評価基準ですか?

チェ:(小声)先輩、まずくないですか。

鬼灯:何がまずいんだ、私は法律に反したことは何もしていないし倫理に反したこともしていない。目の前の蕪木様の機嫌を損ねることはしているかもしれないけれど。

蕪木:まぁ、入るでしょうな。判断軸に。

チェ:え

鬼灯:そうですか、なら仕方がありませんね。

チェ:え

鬼灯:失礼します。残念だがチェ君、別を当たってくれ。蕪木さんも、ありがとうございます。今回の案件に想定されているのは阿部先生あたりでしょうか。

蕪木:いえいえ。ま、そうだね。阿部先生…か、神山先生か。

鬼灯:ありがとうございます。だそうだ、チェ君。どちらの先生も大変お優しいからメールを送ってみるといい。先輩として力不足で申し訳ない。

チェ:…え、あ、はい。阿部先生と、神山先生、ありがとうございます。

鬼灯:では失礼

バタン。

しん…

まずい。出て行くタイミングを失った。僕一人がこれ以上部屋にいたところでできることは何もないのに。

蕪木:誤解しないでくださいよ。

チェ:へ

蕪木:鬼灯さんを入れなかった理由です。性別が理由ではありませんからね。べつに、彼女が男性だったところで結果は同じです。チェさんと鬼灯さんが並んだ時に、依頼主が感じる圧が弱すぎる。

チェ:圧…ですか。

蕪木:今回のクライアントさんはなかなか気難しそうでね。あまり人の話を聞かない。あぁいう人は大抵、おじさんの話はよく聞くんだ。

チェ:なるほど…確かに、僕がお客さんとお話ししてても信用してもらえてないと感じることがあります。名刺などをお渡しして、二回目に会った時に明らかに態度が変わる人もいますね。

蕪木:そうそう。結局は依頼主次第だからさ。人事としてはそれぞれの先生が咲ける土地へ植え替えをしなきゃならない。


鬼灯:「少し尖った自分なりの意見が出てきた。鸚鵡返しじゃなくてね。」 


蕪木:別に鬼灯さんともう一名でも良かったんですが…出ていってしまわれたので。特に新規の応募がなければ阿部先生あたりにチェさんのことお話ししておきましょうか。

チェ:…

蕪木:チェさん?

チェ:でも、「おじさんだったら話を聞く」っていうのも、想像ですよね。

蕪木:んー、まぁー、ねぇ

チェ:想像で、機会を奪っていいんでしょうか。

蕪木:奪う?いやいや、鬼灯さんには活躍の場がたくさんありますし、そもそも今回は特殊ですからねぇ

チェ:僕学生の時バイトしてたんですけど、結構面接で落とされたんですよ。理由聞いたら「もう3年生だし、就活でしょ。」って。

蕪木:ははは、よく聞きますね

チェ:ロー志望なのに。就活もしないし、忙しさもそこまで変わらないのに。せっかく面接したのに想像で断られて、勉強時間と交通費削られて、馬鹿馬鹿しいですよ。馬鹿にしてんのか?って。

蕪木:…んー

チェ:名前でも、たまに言われるんですよ。面接した人じゃなくて、その場にいなかった店長とかが「留学生の人はちょっと」って、ちがうのに。

蕪木:つまり?

チェ:あ、…あぁ。話長いですよね、すみません。でも、つまり…まぁ、このファームには感謝してるんです。名前で判断せず、歳で判断せず、中身を見て合格させてくれたと思ってますから。だから、ちょっと、さっきのやりとりにびっくりしました。

蕪木:まぁ、それが社会ですからねぇ。統計を元に最善の選択をして利益を最大化し損失を最小化する。論理的なチェさんならお分かりでしょう。

チェ:統計…ですか、データもないのに。
蕪木:学歴差別は良くないからと全員合格させて、試験の点数が悪くても「他に何か強みがあるかも」と合格させてたら、人は絞れませんよ。

チェ:…

沈黙を見かねたように蕪木さんが口を開く。

蕪木:鬼灯さんが三年前に出した本、売れてるらしいですよ。

チェ:さすがです。やっぱり、すごい人だと思います。

蕪木:なんで売れてると思う?

チェ:なんで…そりゃ、内容がいいからじゃないですか。

蕪木:勉強法についての本なんだけどさ。

チェ:はい、僕買いましたもん。

蕪木:あ、買ったの?実は私も

チェ:えっ?!

蕪木:なに、私が鬼灯さんのこと毛嫌いしてるとでも思った?

チェ:い、いや、そんな。

蕪木:チェさんはどうして本買ったんですかね。

チェ:先輩の本だったからです。

蕪木:ただの先輩ってだけでは買わないでしょう。気になってる人の本だったからじゃ?職場のかわいい先輩の本だーって。

チェ:………ま

蕪木:まぁそんなことはどうでも良くて。買った理由、内容が良かったからじゃないでしょう?

チェ:…内容も良かったですよ。

蕪木:そりゃあね。彼女、頭いいもの。私は彼女を評価してますよ。それもとても高くね。
でもね、実際問題「何も知らない人が彼女を見たらどう思うか」は想像しなければいけない。
彼女も自分で言ってたよ。よく売れてる本は写真付きの帯がついてるやつだって。

チェ:帯?

蕪木:「本大卒」「司法試験一発合格」をでかでかと印字すると売れるんだって。
なかには、こんな見た目のやつにできるなら俺にもって勘違いがいるのかもだけどね、どこぞの大学受験と同じでギャルが受かったならって。

チェ:…

蕪木:だからやっぱりさ、肩書きでしか判断できない…というよりわかりやすい判断基準があると人って安心するんじゃぁないですかね。お墨付きって、そういうことじゃない。

チェ:…すみませんでした。

蕪木:いやー、謝ることじゃないですよ。でも、ま、人事にはね,あまり言わない方がいいよ。必要最低限だけでさ。

チェ:…脅しですか、って言おうとしましたけど、これもあれですよね。「実際問題」ってやつですよね。

蕪木:そうそう。彼女もさ、弁護士相手だったらもっと言うと思いますよ。必要最低限の確認だけして出てったじゃない。つまりはそういうことですよ。相手の武器は確かめてから小突かないと。

チェ:勉強になります。

蕪木:期待してます。いつも協力的なチェさんは、人事部のイチオシなんですから。

ーーー
一週間後
僕の前には、ほくほく笑顔の鬼灯先輩と蕪木さんがいた。

鬼灯:お久しぶり!

チェ:なんでいるんですか?


第3話へ続く

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