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不妊治療】赤裸々物語り37# KLCのピンクのバインダーそして卒業

前回、胎嚢の確認ができてから毎日せっせとラッキーテストで生存確認をしていた。

心拍確認までの1週間は、気が気ではなかったし、もしここでダメだった時のショックは今まで以上にでかい。
立ち直れるだろうか、どう心の整理をするのか、、とかそんなことばかり考えていた。
また、仕事がとても忙しくてあっというまに
診察日がやってきた。

この日の待合時間はとにかく長く感じた。
【心拍確認できましたよ。みえますか?】
(シーモンキーみたいな小さな子の中に、早いテンポでピコピコ動いてるものが見えた。ただ、ただ安堵したのを覚えている)

【はぃ。これで卒業しましょう。ここからは管理してもらえる病院へ紹介状を書きます。どちらにする予定ですか?】
と、言うことで、KLCをその日卒業することとなった。
今日、卒業言われると思ってなかったから、えっ?卒業ですか?と聞いてしまったくらい。
そんなことなので、病院もあまり、調べてなかった。
でも、行くとしたら、慶應になるよね。
加藤院長に血圧の管理をするように言われてから慶應大学病院へかよっていたたこともあったし、慶應で。と答えた。
この時は、里帰り出産するつもりだったけど、少し悩んでいた。でも、慶應で出産したあと、ここにしておいて良かったと心からおもったできごとがあったのだ。

そして、KLCでのここからのことは、わたしにとっても初めてのこと。なので待合室で、そわそわして待っていた。 
診察室の横の、いつも、採卵や移植の時に説明を受けるお部屋に番号が表示された。
部屋に入ると、まず、慶應大学病院への診断書、KLCへのアンケート、このお腹の子が育って行く22週と出産後に送って欲しいと言うアンケートを渡された。
【アンケートは外で書いてください】と、ピンクのバインダーに挟み込んでいるものを渡された。
ピンクのバインダーを持って出てきた人は、卒業する人。
そんなことがなんとなく知れているため、わたしは、見えないようにすかさずカバンに入れて外に出た。
まだ、外の待合室では頑張っていて、悔しい結果を告知された人がいるかも知れない中で、浮かれた気持ちでピンク色を見せることはできない。と、勝手におもった。
わたしも先月まではこのバインダーを手にすることができなかったんだから。

一通り説明を受けて、
最後、看護師さんに
【卒業ですね。おめでとうございます!】
言われた時、やばい!泣きそう。
初めてここでそんな気持ちになった。
本当に卒業する日が来たのかと。

夫に報告した後、お父さんとお母さんに報告しよう。ずっとずっと待っててくれたから。
そんなことを思い、
何度も悔しい思いをしながら歩いた西新宿から新宿までの道をふわふわした気持ちでかえった。
わたし、KLCを卒業できた。
最後の砦の加藤。やはりすごかった。

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