子どもの登園しぶりを経て、改めて考えさせられたこと
保育園が大好きで、いつもは食い気味に保育園に行きたいと言う我が家の3歳児が、
今朝「今日はほいくえんをおやすみしたい」と言った。
珍しいなぁと思って、理由を聞いてみた。
「つかれちゃったの。おねつある。おなかもいたい。」
とのこと。
熱を測ったけれど、熱はない。
お腹を下しているような様子もない。
けれど、まぁ本人がそういうのであれば、そうなんだろう。
「そっか、そうだよね。そういう日もあるよね。」と答えると、少し強張っていた顔がほぐれた。
その後もいろんな会話をしていて、
○○ちゃんと○○くんは今日いるかな〜?とか、娘が好きな先生の話をしていたら、やっぱり保育園に行きたくなったみたいで結局登園をした。
登園をしてくれたので私も無事に出社することができたのだけれど、朝からいろいろと考えさせられた。
数年後にやってくる壁に備えて
今わたしは、小1の壁に向けて、2年後の秋に在宅ワークに舵をとれるよう、いろいろな勉強をしている。
10年以上同じ会社で働き、定年まで勤めあげるつもりでいたので、自分でも驚きの展開である。
今私が就いている仕事は、やりがいのある仕事内容ではあるけれど、
・わたしには、この職しかないから
・わたしはこの仕事しかできないから
無意識に自分自身でそう思い込んで、世の中にある他の仕事に目を向けてこなかったというのもあるかもしれない。
けれど、子どもが産まれ、いまの職を定年まで続けるのは厳しいという現実に直面して、転職について本格的に考えるようになった。
サービス業界は平日が休みで土日祝は基本仕事。
夫婦どちらかだけがサービス業界で働いているなら百歩譲ってどうにかまわせるかもしれないが、夫婦揃ってサービス業正社員の我が家は、すでにいろいろな壁にぶち当たっている。
正直、世の中は土日休みを基本に回っているから、仕方がない。
今までは、壁にぶち当たるたびに、体当たりでどうにかしてきた。
私は自他共に認めるイノシシ女なので、役所に相談し、会社に直談判し、最善を尽くしてきたつもりである。
けれどきっと、小一の壁はそうもいかないだろう。
まだ数年後の話なので、想像でしかないけれど、小一の壁は分厚く高いものだと認識している。
きっと、今までみたいに、力づくで壊せるものではないだろう。
そして、その際に選択を迫られるのは、きっと、母親である私なのだろうと思っている。
「仕事をしたい」と言っていた母
ふと、自分の幼少期のことを思い出した。
専業主婦の母がよく、仕事をしたい、と言っていた。
この会話になるたびに、
私は「お母さんも働きにいけばいいじゃん」と返すのだが、いつも返事は決まっていた。
「お父さんは仕事でほとんど家にいない。私はあなたたちがいるから仕事に出ることができない。」
「資格も何もない私を雇ってくれるところなんてないのよ」
と。
その当時はよくわからなかったけれど、親になった今なら、母親が言っていた意味もわかる。
人のせいにしたくなる気持ちもわかる。
今よりもっともっと働きづらかったあの時代に、周りの助け無しに働きに出ることは容易ではなかったであろう。
母が「手に職をつけなさい。「資格」や「スキル」は自分の武器になるから」とよく言っていたのを思い出した。
私が「勉強をするなら資格まで取ろう」と思うのも、この幼少期の思い出が記憶に残っているからかもしれない。
私は「選択できる」自分でありたい
今朝のことも、
「在宅ワークに切り替えれていたら、まぁ今日は休もうか」と言えたのかもしれない。
残念ながら、今はその言葉をすぐに出すことはできない。
有休も余裕はないし、会社に行かなければ、お給料がもらえず生活していけないから。
出社型の仕事をしている以上、仕方がない。
今日は結果的に登園していったけれど、これからどうなるかはわからない。
学年が上がるたびに環境も変わる。
きっと子どもは子どもで、いろいろな壁にぶち当たる。
その時に、私はどんな親でありたいんだろうか。
「わたしは子どもにとって、一番の味方でいたい。」
そう考えたとき、
子どもの一番の味方でいるために、今のわたしには何ができるんだろう、と思った。
私が人や周りのせいにしてしまう時は、自分に選ぶカードがない時。
今のまま、会社員の仕事だけを頑張って、いざ数年後に転職を迫られた時に、何も出来ない今の私のままじゃ、きっと周りのせいにしてしまう。
今まで自分が投げられてきた言葉の威力というのは根強いものがある。
追い詰められた時、私もあの時の親と同じような言葉を発してしまうかもしれない。
私は絶対に「あなた(子や夫)のせいで仕事を辞めることになった」と思いたくないし、口に出したくない。
なら、今自分ができることは何か。
自分がなりたい未来を想像して、行動することではないのか。
自分自身に「資格」や「スキル」があれば、会社を辞めることになったとしても、「自分の人生を選ぶ」ことができる。
どんな職種であろうと、スキルは数ヶ月勉強しただけじゃ手にできるとは思っていない。
けれど、数ヶ月前の自分と比べたら明らかに「前進した私」になれる。
もっと続ければ、自信を持って「できる」と言えるようになる。
これは、行動した人だけが得られる結果だと思っている。
もしかしたら、会社の制度が変わってそのまま仕事を続けられるかもしれない。
それは、数年後のその時になってみないとわからない。
・今のまま2年後の秋を迎えるのか
・フリーランスとして開業できるだけのスキルを得て2年後の秋を迎えるのか
私は後者を選ぶ。
自分が選ぶカードは自分でつくる。
会社に属すのもいいし、開業するのもいい。
パートと在宅ワークを組み合わせる仕事のスタイルもいい。
どれを選ぶのかは、その時の自分次第。
自分の人生を自分で選択するために、私は今日も、行動する。
改めて、色々と考え、決心する機会をくれた娘に感謝。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?