1人追いかけ再生工場⑥ 『音楽が奏でる耳先生への階段』
いつからだろうか。
緊張する場面になると耳元で女性が囁くようになった。
最初は音楽が流れる。
聞いたことはないがどこか懐かしいメロディ。
そして続いて女性の声が聞こえる。
今日はどうしたのかしら?
大丈夫よ。落ち着いて。
あなたにできないことはないわ。
いつでも応援してる。
もう、わたしがいないとだめね
その声を聞くと不思議と安心できた。
大人びた優しい声。
落ち着きを失くしてあちこち散らばった私の心を拾い上げて、ひとつの方向性を与えてくれる。
そう、まさにその声がないとだめな気がしてくる。優しく導いてくれる声。
僕はその耳元で聞こえる声の主を耳先生と名付けた。
🟰🟰🟰
その日はデートの予定だった。
まだお付き合いする前の段階。
初めてのデート。
そもそも僕はまだ誰ともお付き合いしたことが無い。
どんな服を着て、どんな表情で、どんな話題を振れば女性が喜んでくれるのか。
皆目見当もつかないけれど、出発する時間だけはどんどん迫っていた。
どうしよう。まずはデートに相応しい服を考えなきゃ。
すると耳先生の声がする。
今日はどうしたのかしら?
大丈夫よ。落ち着いて。
そう、今日はデートなのね。
でも大丈夫。
わたしはいつでもあなたを応援してるわ。
わたしに任せて。
あなたはわたしがいないとだめなのよ。
まずはその服を脱ぎ捨ててみて。
唐突な提案に驚き思わず全部脱いでから、これじゃ外に出られないと我に返った。
🟰🟰🟰
とある繁華街の雑居ビル。
3階にある定食屋で1人ご飯を食べていた。
テレビでは野球の中継が流れている。
店にいる客は大半がおひとり様のおじさんばかり。ありふれた光景だ。
最初の頃はたまに聞こえた耳先生の声だが、次第にその頻度が増し、ほぼ毎日聞こえるようになっていた。
優しい声が心地よくてずっと聞いていたくなるのだが、いつも最終的に服を脱がせようとしてくる。
だんだんと僕にとって耳先生の声は不気味なものになっていた。
野球中継をぼーっと眺めながら生姜焼き定食をかきこんでいると、また例の音楽が耳元で流れ始めた。
やめてくれ!
脳内で叫ぶも音は止まらない。
続いていつもの耳先生の声がする。
今日はどうしたのかしら?
大丈夫よ。落ち着いて。
どうもしていない。呼んでない。
あら、大変な状況みたいね。
あんたのせいだよ。今日は疲れているんだ。このまま家に帰らせてくれ。
大丈夫よ。落ち着いて。
ほら、ゆっくり階段を降りるのよ。
わたしの言う方に進めば大丈夫だから。
階段を降りろだって?
一体なんのはなしだ?
大丈夫。
あなたはわたしがいれば大丈夫なのよ。
もうやめてくれ!
僕は耳先生の声から逃げるように階段を上り始めた。
耳元ではいつもの音楽が止まずにながれている。
耳先生も下に降りろと言い続けている。
もうやめてくれ!!
おかしくなってしまう。
ほら、なんだかとても熱くなってきた。
わかったよ。服も脱げばいいんだろ?
僕はとうとう耳先生の指示通り全裸になって階段を上り続ける。
早く逃げなきゃ。
逃げる?
何から?
わからな……い。
そのまま僕は気を失って倒れてしまった。
🟰🟰🟰
それでは次のニュースです。
昨日19時頃、横浜市内の雑居ビルで火災が発生しました。火は瞬く間に燃え広がり、周辺の三軒の店舗が全焼しました。消防当局によりますと、火元はビル5階にある居酒屋で、居酒屋を利用していたほとんどの客は無事に避難しましたが、屋上につながる階段付近で一名の遺体が発見されました。詳細な原因や被害状況については、現在調査中です。尚、被害男性は衣服を身につけておらず、警察は事故と事件の両面で捜査を……
出すか迷ったけど出さないと次に進めないので置いておきます🖌
コニシさんのお題難しい!!