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1人追いかけ再生工場⑧ 『初めてのギターが響かせたのは淡い友情の算段』

最近学校では楽器ができる男子がモテるらしい。これまではスポーツができるのがモテると思って近くの公園で毎日バスケの練習をしていた。もちろん、ぼっちのオレは常に”1 on 0”だった。今のところモテる兆しは無い。

それが文化祭の準備が始まった途端、陽キャ達がこぞってバンドを組み始めた。もちろん、ぼっちのオレとバンドを組んでくれるクラスメイトなんていない。いないが、これはソロでもなんでも出場してモテるビッグチャンスだ。もしくは、2組のあいみょんことサナちゃんと友達になるチャンスかもしれない。

とは言え、困ったことにオレは楽器の経験がほとんど無い。小学生の時に、大好きだったサナちゃんのリコーダーをついつい咥えて学級裁判にかけられて以来、楽器というものに触っていない。

まぁまだ文化祭まで2ヶ月ある。いっちょギターをサクッとマスターして、高二からモテまくり人生に変えてやろう。サナちゃんともあの日以来止まってしまった2人の時間を再び動かそう。

さぁ、どうやってギターの練習をしようか。
考えていたその時、ドンピシャのタイミングであるゲームが発売された。


『ギターの達人VR』


バーチャル空間で、目の前に現れたギターを自由に弾くことができる。これがあれば、音も出ないので夜中でも練習できる。


まさに、初めてギターを始めるにはうってつけなのだ。

しかも、オレはネットに転がる重要な情報を入手した。


ログイン画面である操作をすると、練習モードと称して、ギターの先生が手取り足取り教えてくれる隠しモードがあるというのだ。

先生は勿論、男性も女性も選べるらしい。

深夜、8チャンネルでこの情報を見つけた時は、見つけ主に対して最大級の投げ銭390サンキュー円を送ったほどだ。もうブラボーとしか言いようがない。

速攻で『ギターの達人VR』をポチる。本当は即日配達としたいところだが、学生の身分相応に通常配達で我慢しよう。

2日後、待ちに待った『ギターの達人VR』が手元に届いた。

オカンがリビングで何やらぶつくさ言っていた気がするが、そんなの関係ねえ。早速自室我が基地に閉じこもり、バーチャルの世界へダイブした。

ログイン画面では、ここ数日何度もシミュレーションした通りコマンドを入力していく。

「ピロリン」

軽快な音と共に装着したVRゴーグルの画面に表示されたのは、練習モードの文字。
迷わず女性の先生を選択する。

はやる気持ちを抑えながら、まず楽曲を選択する。楽曲はサナちゃんの得意な『マリーゴールド』だ。

イントロが始まると同時に、バーチャル世界でギターを構えるオレの手に、柔らかい女性の手が重ねられた。

さすが最新のVR。先生の手の感触もリアルに伝わってくる。さらに、手だけでなく、背中ごしに先生が抱きついてくるのがわかる。手とり足とりってこの世界線か!

そうと分かれば。
背中に神経を集中させると先生の胸の膨らみを確かに感じる。やはりこのゲーム最高じゃないか。

それからはオレは毎日先生に教えてもらいながらギターの練習に励んだ。

最初は全く弾けなかったのに、徐々に上達している気がする。


背中から指先にかけて。先生の温もりを感じていると、ふとある考えが頭に浮かんだ。


「先生はどんな顔をしているのだろう?」


そう、これだけリアルな感覚があるのだ。きっと素敵な顔をしているはず。

見たい。

振り返りたい。



ずっと背中越しに感じていた先生を思い切り目の前で見たい。そして抱きしめたい。いや、抱きしめて欲しい。



意を決して振り返った。







そこにいたのはなんとおかんだった。


どうしておかんが?

混乱するオレの前には、おれがかけていたVRゴーグルを無理やり外したおかんがたしかに目の前に立っていた。


「おかん、なにしてるん?」



「あんたなぁ、もう1週間もずっとゲームの世界にとじこもってたのよ。ほんまに心配したんやから」



さぞかしギターも上手くなっているかと思ったが、全く弾けなかった。

サナちゃんと友達になることもなかった。


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マイトン@路地裏で遊ぼう
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