ショートショート『おれのかーちゃんは戦闘力53万』
「スカウター（戦闘力測定措置）売ります。送料込み3900円」
お気に入りのフリマサイトで目にしてしばし悩む。
値段も安いし釣りだろーなと思いながらも、まぁブログネタになるか、と思い結局購入する。
3日後、プチプチのあれに乱暴にくるまれたオモチャみたいな装置が家に届いた。
注意書きの紙ペラが一枚。
購入者様以外は装着しないでください。
測定された数値は本人に伝えないでください。
装置は嘘みたいに軽くてスポーツグラスのようだ。
ただ片目にしかガラスがないので日常使いできるものではない。
ちなみにこれでミズノとか書いてあったら笑うのだがロゴなどの文字は無い。
とりあえず試してみるか、というとこで一階にいるかーちゃんに向けてみる。
「あんたはまた変なもん買って！お金大事にしなさいっていつも言ってるでしょ！！」
二十歳を超えたフリーターの息子が平日の昼間からスカウターをかけて現れたのがよっぽど気に食わなかったのだろう。
スカウターなしでもみるみるかーちゃんが怒り始めているのがわかる。
さてさて、数値はいくらですかい？？
「ピピピピピ …ピピピピピー」
おいおい、いきなり壊れてるのかよ。数字が止まらん。
「530000… ピピピ！！！！ボンッ！！！」
お、おれのかーちゃんの戦闘力53万！！！（そしてもう壊れた！）
百均で買ったオモチャでももう少し楽しめるはずだ。
さすがにクレーム案件かと思って出品者に連絡しようとしたが、アカウント自体が見つからない。
なんだよ。なんて手の込んだイタズラだよ。
にしても53万って。
かーちゃんに言いたいがおれはルールを守る小心者。
イタズラとは思いながらも例の紙ペラがちらつき言い出せない。
とりあえず喉が渇いた。
近所のスーパーに買い物に行こう。
今頃かーちゃんがレジ打ちのパートをやっているはずだ。
店について89円のボトルコーヒーと220円のサンドイッチをカゴに入れる。
遠目にかーちゃんが働いているのが見えた。
なんとなく違うレジで会計を済ませよう、と別のレジの列に並ぶ。
するとかーちゃんのレジで揉めている声が聞こえる。客が何やら叫んでいるようだ。
うちのかーちゃんは口は悪いけど真面目だし、客を怒らせるようなことはしないはずだ。きっと理不尽な客に絡まれているんだろう。
へこへこ謝るかーちゃん。
かーちゃん、そんなやつぶっ飛ばしちゃいなよ。戦闘力53万あるんだぜ？
心の中で呟き、ぎゅっと拳を握りしめておれはスーパーを後にした。
かーちゃんが珍しくパートを休んでいる。
ここ最近胸が痛いらしい。
不安に駆られて一緒に病院へ行った。
それからいくつもいくつも検査をした。
1ヶ月後に主治医に呼ばれて告げられたのは乳がん。
嘘だろ、かーちゃん。
めちゃくちゃ元気だったじゃん。
主治医曰く即手術がいいとのこと。とにかく早い方が良いって。
かーちゃんは一気にしぼんでしまった。
こんなかーちゃん、見てられない。
ちっちゃい時からおれのこと、容赦なく叱ってくれたかーちゃん。
学校サボってカラオケで酒飲んで騒いで補導された時、泣きながら警察に頭を下げてくれたかーちゃん。
担任が面談でおれのこと、どうしようもない生徒だって言ってきた時、うちの子なめんな！ってタンカ切って机蹴飛ばして帰ったかーちゃん。
やっぱりかーちゃんは戦闘力53万だよ。
「がんばれ！かーちゃん！戦闘力53万だよ。人類最強だよ！自信持ってよ！ガンなんかに負けんなよ！！」
気付いたら心の中の叫びは本当の声になって外に飛び出していた。
かーちゃん、一瞬目を丸くしたけど静かに
「そうだね。あたしは人類最強かもね」
ってニカって笑った。
手術が終わった。
結果は、
「パーフェクトです！おかあさん、とても頑張ってくれました」
主治医からも嬉しい言葉。成功したらしい。
あれからかーちゃんは元通り、いやそれ以上に元気に過ごしている。
『測定された数値を本人に伝えてはいけない。』
しばらくはそのルールを破ったことにドキドキしていたけど、今の所ペナルティなどはなさそうだ。
やはり単なるイタズラだったのか。
それとも本物だったのか。
もはやそれはおれにとってどっちでも良かった。
ただ、出品者にはお礼を言いたい。
かーちゃんに希望をくれてありがとう！
参加してます。
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