好きな男の話 1️⃣
突然だが、私には好きな男がいる。
某マッチングアプリで一回会っただけの男だ。
しかもその男とは、今、直線距離576kmも離れている。
だが、本当に好きになってしまった。この人だ、と錯覚してしまったのだ。
恋とは、錯覚ではないかと思っている。運命とかいう言葉があるが、ブルゾンちえみも言うようにこの世に男は35億いるのだ。運命の人と出会うなんて、前世で国を作ったとかレベルで地球に貢献した人でない限りまずあり得ない。つまり、みんな、この人が私の運命の人だ!と錯覚しているのだ。そこに物理的根拠も決定的証拠もなにもない。
好きな男とは、マッチングアプリで知り合った。
私は完全に遊びのつもりだった。
彼氏と別れて、やけに遊びたかったのだ。
3月、旅行に行く予定があった。ちょうどよかった。
誰も私の事を知らない土地で、知らない男と1日だけ、遊ぼう。アプリをインストールし、「○○日 21時から△△で会ってくれる人」という雑な文を打ち込み、マッチするのを待った。1時間後、アプリを開くと4人ほどからいいねが届いている。プロフィールを確認し、1番年齢が近くて、感じの良い人を選んでメッセージを送った。のちに好きな男となる男だ。
真剣な出会いを求めているわけでもなかったし、アプリに興味はなかったため、その男と連絡先をすぐに交換し、アプリはアンインストールした。
当日。
少し緊張しながら待ち合わせ場所に向かった。
私よりずっと背が高く、耳にはピアス、カジュアルな服装で、サラストヘアーの男がいた。
「はじめまして」
なんだか、照れ臭かった。
居酒屋に入り、お酒を飲んだ。
店員に気遣いのできる男だった。
話が面白かった。
食べ方が綺麗だった。
話しながら私は、「この男、やり手である」
と思った。
お酒も進み、話も進み、いつの間にか終電は無くなっていた。
店を出ると、男は
「コンビニでお酒買わへん?」と言った。
コンビニで缶チューハイを2本、お菓子を少し買って私たちは漫画喫茶に入った。
居酒屋で話していた話題の映画を見ることになった。
ゼロ距離だ。狭い。肩はもうぶつかっている。
私には鉄の掟がある。
女から絶対にキスしない というものだ。
「女からキスしたら男に恋は生まれません」
カルテット3話で有朱は言っていた。
だから私はペットボトル一本分の距離を保った。
しばらく経って、男はすごく不器用に私の手を握ってきた。すごく、不器用に、少し震えて。
「え、もしかして女慣れしてない系?うそ」
ぎこちない触り方にそう思った。
ぎこちない彼の手は、だんだんと、私の身体の色んなところを撫でていく。
そして、触れるだけのキスをした。
唇を離すと彼は笑いながら、
「あかん、緊張する」
と言った。
この笑顔が私は忘れられない。
笑った時の目のシワと、
彼から匂う煙草と柔軟剤の匂いが、
忘れられないのだ。
そのあと私たちは、またキスをして、ハグをして、映画を最後まで観ないまま、ホテルへ迎った。
身体を重ねた。
彼は、とても器用だった。
終わった後、彼は言った。
「このタイミングで言うのもおかしい話やけど、俺、○○ちゃんのこともう好きかもしれへん」
なんか、狡いな、と思った。
だから私は、「うん、そっか」
とだけ言った。
なんでこの時、「私も好き」と言えなかったのか、のちに数億回後悔することになる。
その後は一緒にお風呂に入って、
お互い好きなYouTubeを見合って、少しカラオケをして、手を繋いで、眠りについた。
私は感情の整理がずっと出来なかった。
次の日、もう帰る予定だったため、
目を覚まし、そのまま別れることになった。
帰り際、私は結局何も言えなかった。
「また来てね。待ってるよ。」
彼はそう言ってくれた。
帰りの電車、彼の事しか考えられなかった。