タイタニックの悲劇と今を重ねる ③
■打つ手がなくなったタイタニック号 パニックになる乗客
船頭から沈みゆくタイタニックの船内では、就寝中の乗客を係員が起こし、救命胴衣の着用を促します。船内から出た乗客は一目散に救命ボードに乗ろうとしますが、まずは子供と女性を優先して救命ボードに誘導するよう船長から命令が下りました。
いよいよ沈みゆくタイタニックの乗客はパニックになります。言うことを聞かない乗客に対し、銃を向けるマードック1等航海士。乗客も彼も冷静さを完全に失っています。そしてついには、乗客2人に発砲してしまいました。
我に帰るマードック航海士。そして、追い詰められた彼は同僚に敬礼し、その場で自らの頭に銃口を向け自殺します。
その後、逃げ惑う乗客のなかに、三等船客の幼い子供を抱いた女性がいました。彼女は船長にこう尋ねます。
Captain, where should I go, please"
(船長、私たちはどこへいけば良いのでしょうか。)
尋ねられた船長は答えに困り、結局なにも返答せずに操舵室に向かいました。
タイタニック号は、船頭が完全に沈み、乗客は船尾に押し寄せました。果たして彼らの運命はいかに・・・。
とここまでにしておく。この後の展開は今回の内容的に関係ないので、是非映画をみてほしい。
■打つ手が無くなって、指揮を失った日本
僕は、このシーンを見るとまさに今の日本に重なる部分を感じずにはいられない。
極寒の太平洋では、水温が零下2度ほどだったそう。その中に人間が投げ出されれば、もはや凍死を免れることはできない。その状況下で、救命胴衣の着用を促すがこれ自体はタイタニック号の乗客には後々あまり役に立たないものとなってしまった。
もちろん、救命胴衣を着用していたおかげで、乗客の助けに戻った救命ボードに救われた人もおり、着用しなかった場合に比べれば遥かによかったと思われる。
このシーンに関しては、我々に配布されたマスクと重なる感じがするが、マスクよりも遥かに救命胴衣の方が役に立っただろう。だから、少し重なったと言った方が言葉的に適当かもしれない。
そして、スミス船長が三等船客に尋ねられたシーンでは、現在の我々が各々の判断でもってこのコロナ禍を戦っている状況に重なった。我々は、国や自治体のトップが言うことに対し耳を傾けず、各々の判断で動き出し始めている気がする。もはや、どの方向に進むことが正解なのかもわからなくなってしまった。経済活動に専念すべきなのか、感染予防に専念すべきなのか。もはやわからない。両立したい気持ちはあるのだが、それもいまいちどうやっていいのかもわからない。
今の彼らの言葉からは、遠回しに
君らの判断で動いてね。解散!
って感じに僕は聞こえてしまう。
こういった感じを抱くのは果たして僕だけなのだろうか?
■自らの判断で行動すべき時が来ている
この映画、3時間以上もあるのにあっという間感しかないくらいにつまらないシーンが一切ない。しかも、一体今までに何回観たのかというほどに僕はこの映画が好きなのだ。
ただ、この映画を改めて観てみると、自分の今置かれた状況に重なる部分が多いことに気がついた。はっきり感じたことは、
何が正しいか分からないので、自分で判断して行動するしかない
ってことだ。
僕は、もう少し「新型コロナウイルスの蔓延」というあらかじめ見えていた氷山から日本が回避行動をとっていれば現状は大きく変わっていたかもしれない。
今、我々は排水ポンプを使いながら、ある程度の犠牲者を出しながら、救助船を待機している状況のように感じている。