知識の源流・源泉~核となり拠り所たる教義について
さて、私の霊的知識の核となる秘教的教義…霊的真理のほとんどは、20世紀最大のヒーラーと言われたダスカロスことスティリアノス・アテシュリス博士が再編してくれた知識によるところが大半です。
彼の遺してくれた霊的知識と真理による教え=エソテリック・ティーチングとエソテリック・プラクティス。私をこれを100%信頼していますし、この教えに基づくサイコセラピーをして、私がクライアントさんに提供するスピリチュアルなサービス(セッションとしてのメニュー)は成り立っています。
彼の知識・著者についてはとりあえず置いておくとして、彼の人となりについて知りたいのであれば、ひとまず「メッセンジャー」を読むのがお薦めです。ちなみにダスカロスについて、キリアコス・C・マルキデス博士と言う第三者が書いた本になります。
三部作となっていて、続刊として「太陽の秘儀」「永遠の炎」がありますが、こちらは事情があって、あまりお薦めできません。なので、中古本として安く手に入れられるなら、読んでも害はないでしょうが、わざわざ読む必要はないと思います。
さて、私が神秘主義や心霊主義、運命学や魔術(呪術)などの秘教的な書物を読むようになった背景には、第一に自分自身の心霊的体験がありました。母やその身内などの親族が、心霊的な体験を体験していた人であったにも関わらず、そのような出来事について相談出来る人がいませんでしたし、何よりも自分自身に起きている「それ」が何であるのか、その理由を知りたくて、答えを探しまくったのです。
超能力、UFO、オカルト・ブームでしたので、テレビでもそのような番組を見ることは出来ましたが、それでもそれは単なる類似体験でしかなく、「私が視ている世界」や「自分の身に起きていること」を咀嚼し理解するのには、とても不十分な情報であったのです。納得がいかなかったといいますかね…
この手の心霊漫画も読みましたよ。まあ、このくらいなら、クラスメイトと話すことも出来ましたし、この手のものを学校で読むのも憚れらないで済む。単なるホラー好きの範疇で済みますから。別の意味でツボにはまったのは「エコエコアザラク」でしたけどww
リアルタイムでチャンピオンを読んでいた世代です。黒井ミサ超好きでした💛 ドラマも見ましたよ。彼女に憧れていた私はネクラなヲタクちゃんっっ
図書館にあった、上記の事件の本も読みました。
この本も面白かったです。とても興味深く読みました。でもその前に、
これも読みましたかね。当時はまだ小学生でしたから、お金も無いので、だいたい近所の図書館においてあった本ですね。それと、一番響いたのは、エドガー・ケイシーの著書だったでしょうか。
色々と言われることも多い彼ですが、尊敬していますし、手本とする心の師の一人です。
他にもそう…日本の霊能者の方の本とかも何冊か読みましたかね。丹波哲郎さんの本、美輪明宏さんの本も。美輪さんはエンターティナーとしてのファンでもあります。
そうですね。どれも解らないでもないんだけど、でも、なんか違うーって言うのかなっっ 納得と言いますか、私の視ている世界、体験していることを説明するものでは無かったんです。腑に落ちないって言うのかな、ピンと来なかった。あらかたの枠組を理解するには良かったけれども。でも、無理やりサイズの合わないものをそこに押し込めて当てはめた、ひとまずの納得に近かった。皆さん、素敵な方たちで、尊敬に値する先人たちの仰っていることなんですけどもね。
ちなみに江原さんの本は1冊しか読んだことが無いです。そこは触手が出なかった。不思議。たぶん新しいことは無いだろう、今までたくさん読んできた他者の方の書物と差異は少ないかなって、そんな感じでスルーしちゃったww 批判とか否定しているわけではないですよ。すごく解りやすく、人としての初心者向けに説明されている書物なので。私にはいいかなってだけ。たぶんシルバー・バーチの日本版に相当する知識の位置づけでしょうか。
コナン・ドイルのこと、忘れていましたね。ただ、彼は功罪も大きいかな。知識人で科学者であったが故に。スピリチュアル界のパウロ(伝道師)と呼ばれたほど、スピリチュアリズムにおいては大きく貢献した一人でもありますが、科学者としての冷静な視野を欠いていた。ちょっとスピリチュアリズムに対して盲目的な崇拝者であったのが問題で。もっと懐疑的な視点での検証も行って、エセ科学を論破することもちゃんとして、その上で中立的な考察を残すべきだったんです。
この辺り「千里眼事件」関係の書物も読みました。
このような方たちについての書物も。図書館は本当にありがたい場所ですよねぇ。
ハリー・エドワーズもバーバラ・ブレナンもダスカロスのサークルで一時学んだ人たちです。ハリー・エドワーズの方がダスカレより年上でしたが。
そして私がサイコメトリーに興味を持ったのは、
私が小学生の時にクロワゼが来日して、遺体発見となった新聞の第一面の記事、事件がきっかけでした。※お隣の市原市で起きたことでした
そんな感じで小・中の頃は学校や図書館に置いてある、オカルト本、神秘学や心霊科学的なもの、あらかた読みつくしましたかね。もちろん、コリン・ウィルソンも忘れてはいけません。
カール・セーガン博士の「コスモス」も愛読書でした。だって面白いんですもの。彼の著作も何冊か。テレビシリーズはものすごくはまりましたし、良い出来栄えでした。
オカルト系だけでなく、プロファイラーものや検視官ものもたくさん読みました。犯罪学や事件簿や歴史、伝記や人物史などの本も。普通の小説とかも読みましたけどね。フィクションの世界には触手があまり働かない方でした。金田一耕助シリーズやアルセーヌ・ルパンシリーズは読んだけど。推理小説が特別好きっていうわけでもなく。シドニー・シェルダンやジュニア小説、純文学など雑食でした。あ、オカルトとかスピとは全く関係ないやww
上野先生のこのシリーズ、この手の書物も大好物です💛
上記の本を読んだのは10代の時か…友人から薦められて読みましたっけ。内容としては面白かったけれども。まあ、あれですね。プレヤデスだの宇宙系とか光の戦士とかのハシリ…になるのかなあ?
さてさて。大人になってから読んだもの。
原点に返って、再びエドガー・ケイシーの本とか読みましたね。主にたま出版から出ている書物。Voiceから出ているのもそれなりに。
Voiceはワークショップなんかもいち早く開催していましたよね。スピリチュアル・ビジネスを胃の一番に行った企業って感じなのかしら。数回行ったことあるけど…私には不要だったかも。お金の無駄? いやさ無駄な経験なんて、人生には無いわけですがっっ苦笑 バシャールの本は、まあ一冊持ってれば十分って感じ。
ゲリーさんの講演会は友人に誘われて一度行ったけど、私には「何を言ってるんだか、わからん」で…おまけに眠くて退屈でしたww 別にいいやな知識で特別必要性は感じなくて。まあ、一冊だけ持ってますけどね。ドリーン・バーチュとか、なんかまあ、あの辺りのは読む気しなかったなあ。触手伸びなくて。すぴ系と呼ばれる人の間では流行ってましたけど。
こちらの出版社の「心霊科学名著シリーズ」も面白かったです。
そう言えば、今はもう無い雑誌ですが、オカルトブームの後でスピリチュアルブームのその前、ちょうど中間地点に位置するニューエイジブームの時に創刊された本にFILI(フィリ)というのがありましたね。いやさ買ったことはないのだけど。バックナンバーはwebで読めるみたいです。
こちらの創刊者の方が原案で参加されているコミック「チャネリング体験記」これは面白かったです。これがヒントになって、こちらで掲載しているケースファイルを書いたと言っても過言では無いです。ほん怖の体験漫画の流れになるのかな?
アネモネの方はまだ発刊されているみたいですね。
ナチュラル・スピリットの本も何冊かは読んだかなー ここもワーク・ショップも主催していますよね。
ニールさんの「神との対話」も面白かったです。ただ、似たような内容ばかりだから、2冊目以降は飽きますね。引き延ばし作戦でっっ
そうそうこれは作家の佐藤愛子さんの体験記ですけれど、とても面白いですよ。文庫本で出ているので、古書で手に入れて読んでみてもいいかもしれない。
この本もとてもいい本でした。読む価値はあると思います。
あと、上記の本もお薦め。臨床的な本になります。古い方法なので、現代のやり方は進化していることもあって、意味を理解出来ない人にとっては参考程度にしかなりませんが。
寺尾玲子さんの本も好きだし、良い勉強になります。
永久保貴一さんの著作からも、たくさんの学びを頂いています。「カルラ舞う」も大好きな漫画。
さてさて。この道の師匠のいない私は、こんな風に読んで来た本がすべて。書かれている内容に関しては自己判断。もちろん、上記に紹介した以外の本もそれなりに多々読んではいますが。あくまで本は情報源としてのもので、それ以上でも以下でも無いです。それ以外は、ほとんどが自らの体験によるところが大きいです。あとは見えない存在からの…ですかね。
プロとして占いの仕事を20代半ばから行っていたこともあり、また都内のお店(某魔術師経営のオカルトショップとかテレビでレギュラー番組持ってた先輩がいた、それなりにメディアに取り上げられる店)に出ていたことから、有名な占術家の秘書さんやお弟子さん、そういったところで学ばれている博学な先輩たちと出逢う機会などがあったこと。その延長線上でニューエイジ系の人たちとも交流を持ち、そっち方面の情報が入りやすい環境にいたことなどなど。ありがたいことに都心に住むという恩恵をたくさん頂きましたよね。※オカルトショップでは社割?でお高い魔術本をたくさん買えたし。
でもね、色んな勉強会とかワークショップやなんかに出ても、すごい霊能者さんだよって人に会っても、私の疑問を解消してくれる知識にも人にも、出合えなかった。でもお陰様でヒーリングのテクニックはまあ、身に着いたのかなって思います。あと人に教えるスキルとか、情報は手に入るところにいたし。友人数人が某有名ヒーリング・スクールや棒チャネリング・スクールに通っていたり、そこのティーチャーやっていたり、有名な海外のヒーラーさんの日本事務局の担当者やってる人もいたりで、たまに卒業生たちの練習台になることはあったけれども。それでああ、こういうやり方をしているのねって、お金使わずに学べたことはありがたい経験でした。
そして感性や体験を共有できる人って言うのには、会えませんよね、まったくと言っていいほどに。
で、ダスカレの知識と出逢ったのは、遅まきながら、ヒーリングの仕事を始めるようになってからでした。もっと早く知りたかったなあ、と言う後悔がまずありましたが。「あ゛ーこれこれ!」と長年求めていたものに出合えた瞬間でしたね。そうそうそうそう!! そうなの!って、叫んじゃった。
私が視た世界、体験した現象・出来事、感覚がすべて説明されている、書かれている。これだー!って、色んなピースがはまった瞬間。
自分がずっと感じていたこと、誰に説明しても解ってもらえない感覚、視ているものがちゃんと文章になっていて、言葉で説明されている。漠然と思ってはいるけれど、どう他人に説明したものか解らないことを筋道立てて解説してくれているものと出合って、涙が出るくらい感動しました。救われた瞬間て言うのかなあ… それまで霊能者とかヒーラーとか、その手の人と会って話しても、話がまったく嚙み合わず、むしろ批判され、馬鹿にされ笑われ否定されてきた感覚(下手したら攻撃される)、私だけにしか視えてない、捉えてた世界です。それがちゃんと説明されているのですよ。ものすごく納得できる、腑に落ちる感覚。
まるで英語やイタリア語やフランス語や中国語話す人の中でずっと暮らしていたところ、ようやっと同じ表現方法を持つ言語、日本語を話す人と出逢えたと言う感覚…かなあ。
自分がこれまでの体験したことの説明がついた瞬間で、色んな事が繋がって、ああ、あれはこれだ、これはあのことだって…説明されている知識について、ものすごくすんなりと理解出来たんですね。「うんうん、解る、解る」って。疑問なんて持たなかった。疑う余地が無い。
夢じゃなかった…みたいな。自分の感覚は間違ってなかったのかも、と。いやさ真実で無いにしても、私と同じように見えない世界を見て、捉えてた人がいたって事実だけで十分で。おこがましいのだけど「仲間がいたー!」みたいな? 現実には会ってないから、解り逢える仲間を見つけたってわけでは無いのですけどね。
ダスカレの知識はそうですね。理解しにくい、難しいと言う人も少なくはないのだけれど、少なくとも私には理解できる内容。サークルでの勉強会に参加していた時期もありましたけれど、こちらの仕事をしている私にとっては毎回出席は難しいのと考えることがあり、ハラランボス・ランバート氏が来日した時の公開講座にのみ出席することにしました。
残念なことにハリーさんは4年前、旅立たれてしまいました。最後の一年半、アテネからのネット講座を受けられたのが、せめてもの救いだったかなあ(くすん)。そして、エレメンタルと内省の必要性については、ハリーさんのこの書物がとても解りやすいと思います。
サークルも、学びたい人にはおススメ…です
私はお金を頂いてこの仕事をしていたし、ダスカレのサークルの知識だけでは無く、目には見えない存在たちから教えてもらったこと、自分で体験してきたこと、過去生での記憶とそこに付随すること…も含めて、幼少期から読んで来た様々な書物やワークショップ、魔女学校そしてオカルト的団体(秘密結社)の講座とかに出ることで得ていた知識とかスキルとかテクニックとか(魔術やWICCAのクラフト、シャーマニズムやネイティブアメリカン、禅・仏教、神道の方法などなど)…そういうのもあったので、併せてしまうと純粋なサイコセラピーでは無いわけですけども。まあ、だから独自でレッスンとしてお金もらって教えることもさせて頂いているわけです。
なので、ダスカレのサークルとはまったく無関係な人間というポジションで知識を教える立場でいたいということもあり、その意味もあって離れたというのもありますね。自習はもちろん続けていますよ。サークルは離脱したけど、これらの書物や知識は私にとってのバイブルですし、道しるべで永遠の教本ですから。終生、真理の探究者の立場です。
で、私がどうしてこの知識(霊的真理)について、わりとすんなりと意味を理解出来るのかと言うと、過去生で学んでいたことがあるからです。それだけ。なので馴染みのある内容というだけなのです。
そして、これを改めて原典として理解出来たから、他の知識…今まで読んできたり触れてきた情報、他の人の言ってることがね、それがどういうことなのか、よりよく解るようになりました。説明も出来るようになったといいましょうか。
ダスカレは…過去においては、ジョシュア(キリスト)が居た時代のパレスチナではヤスナイであり、使徒ヨハネの善き親友として生き、それ以前のエジプト新王国ではアトン神の神官とかもしていたわけですけれども…古代ギリシャではプラトンであり、ルネッサンス期のイタリアでは、レオナルド・ダヴィンチであり、その死後約20年後には神聖ローマ帝国にヨハン・ゼバスティアン・バッハとして生まれ、19世紀にはロシアにてレフ・ニコラエヴィチ・トルストイとして誕生し、その死後20年後位にキプロスにスティリアノス・アテシュリスとして誕生しました。
プラトンやトルストイ、ダヴィンチやバッハの研究家である人たちは、一度ダスカレの書物を読んでみることをお勧めします。彼がアテシュリス博士であったときに描いた絵は公開されてはいませんが(キプロス在住の娘さんの自宅にて保存)、紛れもなくダヴィンチの絵で、普通の公務員(素人)の画力ではないです。そして長女の方はジョコンダ夫人だったことのある方。まあ、ダヴィンチはゲイだったと言われたりしていますが、ダスカレはゲイではありませんのでした。でもって、完全記憶をほぼ有していたので、自分が生きてきたほぼすべての人生…過去生の記憶はもちろん、ギリシャ語だけでなく、トルコ語、英語、ロシア語、イタリア語、ドイツ語などその他言語にも堪能でした。
そして、これら歴史に名を残した人物の人生だけ生きたというわけではなく、無名の人物として生きた人生も勿論たくさんあります。(キリストと会っているから、キリストの絵を描けるのですね。と言う訳で、実物のキリストやマリアにもっとも似ている絵を描いているのはダヴインチです)
但し、この絵は似顔絵にはあらず。あくまで装飾画です。キリストたるジョシュアはとっても背が高く、なかなかのイケメン。けど、ヨハネの美少年ぶりの前ではかすむ(年取ってからハゲちらかした爺に成り下がってたけど)。して、親父ギャグもよく言う人だったそうですよ(リアル聖☆おにいさんか。けれど弟子たちには通じず、よくすべっていたそうです。てか、真面目に受け取られてしまったらしい)
このエジプトの新王国で私もアトン神の神官見習いをして、このような教義・知識を勉強していたことがあるのです。門前の小僧状態ですから、さわり程度の知識です。それよりずっと以前の先輩として、エドガー・ケイシーもアトン神殿で神官をしていたようですが(会ったことは当然ありません)。ただ、エジプトにおいては、この知識はすでに歪みを生じさせていて、正しく伝えられてはいなかったのですが。
この辺りのことは信じなくていいです。狂人の戯言、妄想や想像と思い召して下さって十分です。統合失調症の妄言と片付けてくれてもいいのです。科学的に証明することなど出来ないので、嘘つきや稀代の詐欺師とでも思って下さって結構です。
また、どんな教え、知識や情報を得るにも共通することですが、「自分で体験するまではどんなことであっても、決して信じてはいけません」と言う教訓的大前提を忘れてはいけません(これはダスカレが常日頃から口を酸っぱくして言っていた言葉でもあります)。たとえ相手がどんな人で誰であっても…尊敬でき、信頼できる人の言葉だからと言って、それだけで信憑性があるとして盲信してはいけません。そして、その人が所有し、語っている知識・情報とその人自身はイコールではないのです。ですから、切り離して考える必要があります。
自分で経験して実感した後で、「ああ、そうなんだ。なるほどそう言う事か」と体感が伴った時に、自分の中での真実として受け入れるべきなんですね。誰の言葉とか何に載っていたとか、何処から手に入れた情報なのかは関係ありません。また、知識はあくまで知識であって、行動が伴わないことには智慧とは成りえません。知識や情報は実生活で行動(経験)して使ってみた後で、初めて智慧と成りえます。智慧の無い情報や知識に、信頼を置くことは危険です。それは知っておいて下さい。
さて…過去の私のキテレツ体験談などはアーカイブ的なマガジンの中に読み物としてありますので、興味のある方、お暇な方はどうぞ暇つぶしに読んでやって下さい。
他もあるけどこんくらいにしておきます