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福祉と社会の間にある「信用と責任」の言葉の意味は少し違うのかも知れない

僕は本業とは別に個人活動として「ふくし会社margin」というオンラインコミュニティを運営しています。
とはいえ、そのコミュニティも「地域の福祉をもう少し前にすすめること」と「福祉人がもっとワクワクできるような業界になれば」という思いの下立ち上げたコミュニティなので、結果本業もコミュニティもその境目はとても曖昧です。
 
 
なんだかんだで昨年の8月に立ち上げてなんとか1年以上、自分の仕事の稼働日はほぼ活動なり記事を書いたりしながら続けることが出来ています。
普段はメルマガみたいなもので、記事なり音声なりをアップしているだけなんですが、大体管理人の僕があれやこれやと思い立って何かゴソゴソ始めているので、プロジェクトによってはメンバーの方を巻き込んで一緒に活動を行ったりもしているんです。
 
 
有料のコミュニティにしているんですが、その理由は別に僕が副業で稼ぎたいわけではなく、やっぱりそれなりに温度感が合った人と一緒に議論したり活動をしたいと思っているからで、頂戴している料金はもれなくmarginの活動の中でしか使いません。
それでも僕なんかの活動を面白がってくださる方や応援してくださる方に参加していただいているコミュニティです。
 
 
参加されている方以外普段どんな事をしているのか、があまり見えなかったりするので、時々過去の記事をシェアしています。
婚活支援とか障害者の性の問題とか、今活動として表に出ているものも大体過去に話題としてmarginの中で生まれたところから始まってるんですが、そういう思考のプロセスを一緒に進めたら楽しいかな、と思いながら記事を書かせてもらっています。
 
 
という事で、ちょうど1年くらい前の記事なので、果たして今の時勢と合っているのかどうか分からない話題ですが、よかったらお読み下さい。
もし興味があれば是非今の「オンラインコミュニティmargin」の方も覗いてみてやって下さい。

それではどうぞ。


2020年11月19日
 

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責任と信用
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最近自分の活動範囲が広がってきているから余計に感じてしまうのかも知れませんが、コロナ禍を経て「福祉」業界の変化と僕らに求められる役割の変化をずっしりと感じることが多くなりました。
直接自分達に関係ないと思ってしまうと見過ごしてしまいますが、でも確実に世の中の変化に合わせて福祉のあり方も変わってきています。
 
 
 
今年のコロナウィルスの蔓延によって起こった世の中の変化を大きくまとめると
 
 
 
①オンライン化の加速
②失業者の増加など「貧困」の問題が顕在化
③経済(お金)の流れの変化
④繋がり方の変化(コミュニティの需要)
⑤応援の文化(クラウドファンディングなど)
⑥社会保障の限界が見えた
 
 
 
あたりじゃないかと(主観が大いに反映されていますが)感じています。
 
 
 
多分いわゆるアフターコロナ、withコロナと呼ばれる「新しい生活」は、これらの変化ががっつりと反映されていて、僕たちも何だかんだ言ってZOOMを使って他者と関わる機会が増えたり、今までとはちょっと変わった福祉的なアクションを耳にしたり目にしたりしているはずです。
そもそもこのmarginも、本来僕が考えていたタイミングよりも慌て気味に立ち上げたのはコロナのおかげなので笑
 
 
なんにせよコロナウィルスが運んできたのは「病気」だけじゃなくて「時代の変化」だったことは何となくもう多くの方が自覚しているんじゃないでしょうか。
 
 

当然だけど、たとえ今は目に見えなくても、福祉業界にもその変化の波はじわりときていると思っていて。 
自分もそのベクトルで動いているのでアレなんですが、簡単に言うと、
 
 
社会保障制度にだけ頼っていたらもう先は見えていて、自分の専門の分野から少し枝を伸ばしながら社会課題に手をかけていくこと、オンラインとオフラインを上手く駆使して同業者や同志と繋がってコミュニティを形成することがこれからの時代には不可欠です。
そして、経済的なダメージはおそらく支援をする対象者だけじゃなく、自分達の事業活動や生活にもやんわりと影響をおよぼすようになるだろうから、制度を越えた動きを模索しつつ、このグッとオンライン化に傾いていく時代に合わせて、寄付やクラウドファンディングなども視野に入れながら、自分達の社会的な価値の認知をきちんと得られる身体づくりをしておいたほうが良いんじゃないか、ということです。
 
 
 
 
当たるのか外れるのかは分かりません。ただ、何にしても社会構造自体は確実に変わっていくので、例えば障害福祉分野であれば、もっと社会と融合していくことを求められると思いますし、国からのバックアップのない社会課題分野であれば余計のこと社会に認知されていかないとそもそも事業自体の継続ができません。
 
 
 

何にしても、「繋がったりシェアすること」はどんどん重要になっていって、その中で生まれるものの価値が高くなると思います。 
その時に僕らは社会の中の色んな人と繋がるようになると思いますが、そこで大事なことって、ベッタベタなんですが、【責任と信用】だと思います。
 
 
 
今さら、な話ですね。
でも、少し顧みておかないといけないのは、その「責任と信用」の定義が社会や他者とズレていないかどうか、です。
 
 
 
 

えらい偏見にまみれたことを言うんですが、僕の感覚値では「社会と福祉の価値観」は結構ズレが生じていることが多いような気がするんです。
社会の中での「責任と信用」と、福祉の世界でのそれとは言葉は同じでも全く違う姿をしている気がします。
 
 
 
社会の中での責任と信用って、いろいろありますけど一口にくくると「結果」です。プロスセスよりも圧倒的に結果に比重があって、その結果の積み重ねに信用がついてきます。
対して僕ら福祉業というのは「結果」の定義が曖昧な業界です。つまり僕らの業界は、体質的には「プロセス」に責任が置かれていて、信用がいくらかついてきています。その上で「望ましい結果」を出せるところの信用が群を抜く、みたいなイメージでしょうか。
 
 
 
なもんで、言葉は同じだけどそれぞれで捉えている意味は実はぜんぜん違うわけです。
そして、もしかしたらそれが一般社会と福祉の世界の相互理解を阻んでいるものなような気もしているんです。
 
 
 
でも、いつも僕は言うんですが、福祉って別に一般社会とは別の世界なわけじゃなくて、僕らは社会の中にきちんと「戻って」いかないとずっと福祉業界自体は前に進みません。
社会課題に対していつも「福祉」という枠でただただ切り取って、課題解決ではなくて社会との「隔離」という手段しかもたない業界になってしまいます。
 
 
 
世の中の変化に対して「社会の中で」課題解決の手段を模索していくことがこれからの福祉の姿だと思うんですが、現状の福祉業界がそもそも一般社会に適応していなければ、それこそ責任も果たせず、信用も得られない業態のまま、狭い既存の世界で、相対的に果たす役割もどんどん小さくなっていくんじゃないかなぁ、ということをずっと考えています。
 
 

 
話がだいぶずれてしまいましたが、コロナ禍を経た社会の変化の中で「繋がること」や「コミュニティ」の必要性は高くなるけれど、その繋がりを担保するには当たり前だけど互いの信用が成立していることが必須で、おそらく一般社会の中の信用は、結果に対しての責任の蓄積が示すものだから、その言語翻訳を間違えちゃいけないよ、という話です。
 
 
 
 
 
就労移行で仕事をしていますが、やっぱり一般の企業さんはそれなりにシビアで、よくも悪くも「結果」で判断されます。
社会に迎合するのがいいわけではありませんし、社会自体を変えなければ論もあるんですが、とは言え人と人の集まりです。果たすべき責任を果たさないといけないことに一般も福祉も変わりはなくて、責任をきちんと果たせることが信用を勝ち取ることは、本来何も変わりはありません。
 
 
 
まずそこから顧みながら、これからの社会福祉を考えていかないといけないんじゃないかな、と考えたので記事にしてみました。

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