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社会実装を目指す研究者は「邪道」か

先日、ある研究者の方からこんなお話を伺いました。

「研究の事業化に興味はあるけど、起業や共同研究に熱心な研究者は、周りの研究者から白い目で見られるなと感じるんです。アカデミアでの研究は続けていきたいから、今社会実装に力を入れることで、いずれアカデミア界で孤立してしまわないかが心配で…。」

時代の流れにより徐々に状況は変わりつつありますが、未だに「社会実装を志す研究者は、アカデミア研究者のあるべき姿に背いている(≒邪道だ)」という意識は、日本の研究者の中で根強く残っていると聞きます。

今回は、このような意識が生まれる背景と、本当に社会実装を志す研究者が「邪道」なのかについて考えたいと思います。

「研究の社会実装=邪道」と思われる理由

いくつか理由が考えられますが、おそらく主に以下の観点から「研究の社会実装=邪道」の意識が生まれているのではないかと捉えています。

①社会実装に取り組んでいると、研究者の本分たる論文執筆が疎かになる(イメージがある)から
②社会実装に取り組む研究者が少数派だから
③お金儲けは卑しいものという認識があるから

それぞれ詳しく見ていきましょう。

①社会実装に取り組んでいると、研究者の本分たる論文執筆が疎かになる(イメージがある)から

長らくアカデミアにおける研究者の評価軸には、論文数・被引用数・インパクトファクター(論文を投稿する学術雑誌の影響度)といった「論文」に関する数字が用いられてきました。

世の中の不思議を探究し、そこから見出した知を世界に広く伝え、後世に残す。その役割の一端を担ってきたのが論文であり、論文を書くことは研究者の重要な仕事です。ですから、論文に関する数字が研究者の実績を示す指標であることは確かでしょう。

他方、社会実装を志す研究者に求められるアウトプットは、例えば製品化に向けたデータや知財、利益を生み出すビジネスモデルなどで、必ずしも論文を執筆することに繋がりません。

そのため、共同研究や起業のための活動などに集中していると、論文をなかなか書けないというイメージを持たれがちです。

はたして、実際にこのような問題は起きているのでしょうか?

ここで、早稲田大学ビジネススクールの牧兼充先生らが研究されている、「スター・サイエンティスト」についてご紹介したいと思います。

スター・サイエンティストとは、「卓越した研究業績を残す少数のサイエンティストを指し、通常の研究者に比べて、多くの論文を出版し、多くの被引用を集め、特許を数多く出願する」人とされています。

このようなスター・サイエンティストは、

  • 通常のサイエンティストと比較して優秀な博士課程の学生やポスドクを育成する傾向がある

  • 通常の研究者と比べ、ベンチャー企業を設立する傾向にあり、またスター・サイエンティストの関わるベンチャー企業は他のベンチャー企業に比較して、高い業績を生み出している

  • 更に産業界と関わるスター・サイエンティストは、研究業績も上がるという、サイエンスとビジネスの好循環が発生する

ということがわかっているのだそうです。(出典はこちら

もちろん、社会実装に向けた活動が忙しくなると論文執筆にかけられる時間は減りますし、特許出願前に研究が公開され新規性を失う(≒特許が認められない)ことを避けるため、対外発表を控えることも現実的にあります。

それでも、研究の社会実装に向けた活動とトップレベルの研究業績を残すことを両立している研究者もいるのは事実です。

また、実用化に取り組むことで新たな視点や発見が生まれ、研究のさらなる発展に繋げられる可能性もあります。

これらのことから、研究者が社会実装に取り組むことは、必ずしも論文などの研究業績に悪影響を与えるものとはいえないと思います。
むしろ、研究に新たなインプットをもたらすきっかけにもなるのではないでしょうか。

そして、研究者の評価軸自体、きっと今後は「論文至上主義」からは離れていくでしょう(もちろん論文が重要であることには変わりないのですが)。

なぜなら、研究者に求められる社会的役割が変化してきているからです。
気候変動、エネルギー問題、少子高齢化など、人類が直面する数多くの社会課題を前に、先端の科学技術を用いる意義の大きさが認知されてきています。

そんな中、アカデミアで生まれた知を社会へ届けるにあたって、製品・サービスを作って事業化することは有効な手段といえます。

このような背景から、起業や企業との共同研究等を通じて技術の社会実装に貢献することも、研究者の新たなバリュー(そしていずれは評価軸)として浸透していくのではないかと考えています。

②社会実装に取り組む研究者が少数派だから

政策の後押しや社会課題に対する関心の高まりもあってか、研究の社会実装に対する重要性の認識はどんどん広まっており、「自分の研究成果を世の中に届けて人々に貢献したい」と考える研究者も増えてきています。

しかし、実際に社会実装活動に取り組めている研究者はまだまだ少なく、「普通」でないからこそ白い目で見られる側面もあると思います。

社会実装を実現する研究者が少ない背景には、環境がしっかりと整っていないために、乗り越えなければいけないハードルが大きいことも挙げられます。

この課題に対しては、大学・研究機関だけでなく、国・自治体や投資家、起業/産学連携の支援会社など、あらゆるプレーヤーが協力しながら「社会実装に挑戦したい人を支える環境作り」に向けた取り組みを進めていく必要があります。

なお、海外では日本よりも研究者による起業が当たり前になっているため、国際学会や留学を通じて起業している研究者を目の当たりにし、刺激を受けて自分も起業してみようと思い立つ日本人研究者もいるようです。

③お金儲けは卑しいものという認識があるから

研究者の中には、お金にはあまり興味がなく、「自分が好きな研究さえできていれば幸せ」と感じている方も多いです。

それは全く問題ありません。研究者にとって、研究対象への興味関心・探究心がモチベーションの根幹であり、お金や社会への影響は二の次というケースも多いと思います。

ですが、それが転じてお金のにおいがすることに抵抗感を示し、「学問という崇高な営みにビジネスを持ち込むなどけしからん」と言う方もいます。その矛先が、社会実装に取り組む他の研究者に向けられているのです。

起業を志す研究者の方々を見ていると、彼/彼女らの1番の目的は研究を世の中の役に立てて、社会で起きている困りごとを解決することであり、それを広める手段として「ビジネス」を選択しています。

アカデミアが産業界と切り離されているからこそ、アカデミアにしか生み出せない価値もあります。一方で、アカデミアと産業界が手を組むからこそ生み出せる新たな価値もあることがもっと理解されるとよいなと思います。

また、研究者にとって必須である「研究費の獲得」においても、産業界との繋がりにより、もっと多様で潤沢な予算を活用できるようになる可能性を秘めています。

研究者が自力で獲得する研究費といえば、科研費等に代表される競争的資金がメジャーですが、予算が決まっている以上、競争的資金の獲得にあたっては、研究者同士がパイを奪い合うことになります。

一方で、共同研究費やライセンシングフィー、スタートアップの売上といった技術の社会実装活動によって得られる資金は、研究の新たな財源となり、研究を持続的に発展させていく上で今後ますます重要なものとなるでしょう。

アカデミアの未来のために

ここまで、「研究の社会実装=邪道」という意識を生じさせる3つの理由について考えてみました。

私は社会実装を応援する立場ですので反論ばかりになりましたが、「邪道だ」という方にはもしかすると、社会実装に取り組む研究者が称えられ増えていくことによって、「興味関心に従って純粋にサイエンスを追い求める研究者の居場所がなくなってしまうのではないか」という不安もあるのかもしれません。

個人的には、研究者全員が技術を実用化しようと考えなければいけないのではなく、知的好奇心を満たしたい基礎研究者と、技術を社会実装したい応用研究者はどちらもいて然るべきと思います。
(基礎研究/応用研究の区別には様々な議論がありますが、ここでは仮に上記の分け方とします)

私自身、学生時代は生命の起源や微生物の生態に興味があり、到底すぐに社会の役に立つとは言えない基礎研究をしていました。

当時は「この研究は何の役に立つの?」という質問に対して、内心では「自然界の法則を知ること自体が素晴らしいのに、すべてを人の生活に結びつける必要があるの?」と思いつつ、回答に頭を悩ませたものです。

基礎研究の多くは、一見して世の中の役に立つかどうかわからないものですが、基礎研究なくして応用研究は成り立ちません。

基礎研究から生まれた知が応用研究の創出を支え、応用研究の成果として技術が社会に実装され、そこから生まれた利益や研究に対する人々の支持が、基礎研究を含むアカデミア研究全体の未来を支える。

基礎研究者と応用研究者がお互いにリスペクトを持って共存し、このような好循環を回すことが、今後のアカデミアにとって重要なことだと私は思います。

研究成果の社会実装は、今後のアカデミアに新たな価値をもたらす大切なチャレンジです。決して「邪道」なことではありません。

事業化に興味はあっても、その道に突き進むか悩んでいる研究者の方に、このメッセージが届きますように。

世の中を良くしたいというその素晴らしい想いに誇りを持って、研究の力で世界を変える一歩を踏み出していただきたいと思います。
そして私たちは、その挑戦を全力でサポートします。

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