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伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第46話

◆第1話はこちら

第3章 呪い人形

10 呪いを解くためには

 一空は苦笑いを浮かべる。
「あいつか」
「はい、チャラ弁から聞きました」
 うっかり、あの弁護士(いまだに名前を思い出せない)のことをチャラ弁と口をついたが、一空はそれについて、突っ込んではこなかった。

「大昔、私と伊月さんが喧嘩をして、私が呪いをかけたから、だから、その呪いを解けるのも、私だけだって」
「そんなことを言われたのか。それで、紗紀はあいつの言葉を真に受けた」
 呆れたように一空は深く息をつく。
「一空さんは霊視で前世を視ることもできるのですよね? 私の前世を視た」
「確かに霊視で他人の前世を視ることもできる。だが、近しい人のことは視ることはできない。いや、視てはいけないというべきかな。試しに視ようとしたことはあったが、どうしても霊視の能力にロックがかかってしまう」

 紗紀は息を飲む。
 顔が熱い。
 胸の鼓動が止まらない。

「わ、私は一空さんにとって近しい存在なんですか?」
 一空はにこりと笑う。
「僕の大切な弟子なのだから、近い存在だろう?」
 一空の今の答えに、紗紀の心にぽっかりと空虚な穴があく。

 その穴を埋める感情はいったいどんなものなのだろう。
 答えを見いだせないまま、紗紀は崖の縁に立ち尽くすような、足元が頼りない感覚に見舞われた。

 もし、チャラ弁の言うことが本当なら、一空を救いたいと思った。
 私で役にたてるなら、一空の呪いを解きたい。
 そのためには、もっと一空のことを知らなければならない。
 紗紀はぐっと手を握りしめる。

「紗紀」
「はい?」
「鳴ってる」
 咄嗟に紗紀は胸の辺りに手を当てた。
 ドキドキと脈打つように鳴る心臓の音が、聞こえたのか。

「腹だ」
「え!」
 今度はお腹を押さえた。
「う、嘘です。鳴ってないです!」
 とはいえ、お昼ご飯を食べたのは十二時前。
 それから藤白五十浪さんの所でお茶とお菓子をいただいただけ。
 確かにお腹が空いている。そして、空いたと思った途端、再びお腹が派手に鳴った。

「やだ! 信じられない」
 一空は時計に視線を走らせる。
「確かに腹が減る時間だ。何か食べて帰ろう。おごる」
「本当ですか!」
「何が食べたい?」
「鰻。肝吸いつき」
「色気がないな」
 即答する紗紀に一空は苦笑する。

 お洒落なイタリアンとでも答えるべきでしたか?

「何が食べたい、って聞かれたから素直に食べたいものを言っただけです」
 確かに、超イケメン色男に食事に誘われて、肝吸いつきの鰻はなかったかもしれないが、食べたいと思ったものを口にしたまでだ。

「なら、うまいところを知っている」
「やった!」
 行くぞ、と笑いながら言い、一空は背を向け歩き出す。
 その身体には相変わらず黒いもやのようなものがまとわりついていた。
 そのもやがうねりながら、まるで蛇が鎌首をたて一空の首に絡みつこうとする。

 だめ!

 強く心の中で言い、紗紀は一空の首の辺りに手を伸ばした。するともやは、さあと薄墨が溶けるように辺りに広がり消えた。
 何が起きたのかと立ち止まった紗紀を、一空は振り返る。

 紗紀は不安な顔で一空を見つめ返した。
 今見たものを一空に告げることはできなかった。
 不吉な予感がしたから。
 口にした途端、彼が本当に命を落としてしまうのではないかと恐れて。

 本当に伊月さんは呪われているの?
 その呪いのせいで、死んでしまうの?

「どうした? 間抜けな顔をして」
「間抜けって、余計なお世話です! だいたい、こうなったのも一空さんが悪いんですからね」
 人が心配しているのに。
 紗紀は不安な思いを頭から振り払うように首を振る。
「だからその詫びにご馳走すると言っている」
 一空は笑う。しかし、歩き出した一空の顔から穏やかな笑みが静かに消え、瞳に仄くらい影が過ぎる。

 紗紀、君が本当に前世から続く因縁の相手だというなら──。
 僕がこの現世で生き続けるためのもう一つの方法は、君に受けた呪いを、そのまま君に返すこと。
 それはつまり、君の死を意味すること。
 そして、呪いを跳ね返したことにより、君はこれまでの僕と同じ運命を背負うことになる。

ー 第47話に続く ー 

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