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伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第14話

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第1章 約束の簪

13  遠い約束と誓い

 早春を告げる、しだれ梅の香りが甘く漂う。
 二人の男女がその梅の木の下に立っていた。
 秘密の逢瀬を隠すように、垂れた梅の枝が二人の姿を幕のように覆った。
「楓さん、すまない。君を妻にはできなくなった。僕が不甲斐ないばかりに。本当に」
 すまない、と男はかすれた声を漏らしうなだれる。

真蔵しんぞうさん……」
 私を妻にしてくれると約束したのに、どうして? と、喉まで出かかった言葉を飲み込み楓は唇を震わせた。
 けれど、落胆はそれほどなかった。
 この人と夫婦になることは、きっと叶わない願いだと、心のどこかで思っていたから。

 なぜなら、彼は村でも権威のある地主の家の若さま。
 一方、自分はしがない貧乏百姓の娘。
 家柄が違いすぎるのだ。
 どんなに互いが心を寄せ合っていても、彼の家が自分とのことを認めてくれない限り、結婚は許されない。
 そして、認めてくれる可能性はない。

 そもそも彼には、幼い頃から決められている許嫁がいた。彼の家に相応しい、立派な家柄の娘が。
 楓もその許嫁の姿を何度か目にしたことがある。
 美しく楚々とした女性で、彼女も彼のことを心から慕っているのが、端から見ていても分かった。

 涙を流し、謝罪の言葉を繰り返す真蔵を、責めることなどできない。
「たとえ、他の女性を娶ることになっても、僕の心は生涯変わらず楓さんを愛する」
 そう言って真蔵の手が楓の手を握りしめる。
「だから、この世では無理でも、あの世で結ばれよう。あの世で二人幸せになろう。そうだ!」
 真蔵は懐から簪を取り出し、楓の髪に挿した。

「君に贈ろうと思っていた。楓さん、もし、年老いて死んでも僕のことを今と変わらず思っていてくれるなら、この簪を持っていて欲しい。君が簪を手にしていたなら、僕は必ず迎えに来ると約束しよう。そして、二人であの世へ一緒に旅立とう」
 愛する人が贈ってくれた、梅の花を模した簪に触れ、楓は涙を流しながら何度も頷いた。

「はい。私も……私も一生あなたを愛すると誓います。この簪も一生大切に。だから、その時は必ず迎えに来てください」
「ああ、必ず。そして、あの世で幸せになろう」
 真蔵の胸に引き寄せられた楓は、彼の胸に顔をうずめ、涙を流しながら何度も頷いた。

ー 第15話に続く ー 

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