伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第41話
◆第1話はこちら
第3章 呪い人形
5 人形に話しかけるイケメン
翌日、骨董屋『縁』に寄った紗紀は店に入るなり目を疑った。
一空が市松人形を手に話しかけているからだ。
それも真面目な顔で。
今日はバイトの予定はないのだが、何となく人形のことが気になり来てしまった。しかし、来るべきではなかったと後悔する。
「そうか、寂しいか。そうだな、ずっとひとりぼっちだったのだからな。おまえの元の持ち主を探してはみるが、生きている保証はない。それでもいいか?」
「い、一空さん?」
遠慮がちに声をかける。
「ああ、紗紀か。今日はバイトの予定はない筈だが、どうした?」
人形と会話していたことに気づかれても、一空は平然とした態度だ。
「はい……その人形のことが気になって」
一空はふっと笑う。
「暇なのだな」
つまり、一緒にどこかへ出かける彼氏もいないのかと嫌味を言っているのだろう。
あなたに言われたくありません! と言い返したところをこらえる。
私も大人だからね。
「それで、一空さんは何をしていたんですか?」
「人形と話をしてみた。何度も悲しげに訴えかけてくるからな」
「私、昨日の夜、夢をみたんです。この子が何度も帰りたい、会いたい、ごめんなさいと言って泣く夢を」
おかげで寝不足だ。
「やはり、波長があったようだな」
「この人形、持ち主に捨てられたのかしら。今の子って、こういう人形を怖がりそうだから。きっと、押し入れの奥にしまい込まれていたのが、大掃除の時か何かで見つかって、処分に困り果てた末に捨てられたのよ」
紗紀は人形を抱き上げようと手を伸ばした。
「ああ、言い忘れていた。ちなみにこの人形は呪いの人形と言われ、この『縁』にやってきたものだ」
手を伸ばしたままの格好で、紗紀は頬を引きつらせ硬直する。
「ま、まさか……」
心霊、オカルト大好きの暎子が聞いたら泣いて喜びそうだ。
だったら、暎子に売りつけようか。いや、暎子はそういう類いのものは好きではあるが、自分が恐怖体験をするのは嫌だと言っていたっけ。
「この人形も髪が伸びたりするんですか?」
「さあ、元の長さを僕は知らないから何とも言えないが、魂が入っていれば伸びることもあるだろう。それは、自分の存在に気づいて欲しい。残された思いを聞き入れて欲しいという人形に取り憑く死者からのメッセージだ」
「でも、この人形が呪いの人形だなんて」
「そう言われているだけで、真実は定かではないが」
呪いの人形とか怖すぎる。
だとしたら、昨日の母親がこの人形を欲しがる娘を窘めたのは正しかった。だがもし、娘の言う通りこの人形を買ったとすると……。
ひいっ。
一気に鳥肌がたった。
もしかしたら、あの娘の命を奪うところだったのかもしれない。
うかつにすすめなくてよかった。
「っていうか、どうしてそんな怖い人形を普通に店に並べているんですか! もし、あの子が買ったらどうするんです。一空さんが言う通り、その人形が呪いの人形なら、あの子は命を奪われるところだった。これって罪じゃないですか?」
紗紀はきっとなって一空を睨みつける。
「そういうこと、ちゃんと教えて欲しいです。あの子に何かあったら、私どうしていいか分からなくなります!」
一空はため息をついた。
美貌の顔に憂いの表情が滲む。
待って! ため息をつきたいのは私の方よ。
「紗紀は僕のことを誤解している」
「はあ?」
「まあいい」
まあいい、で片付けられてしまった。
「それで、この人形の以前の持ち主はどういう亡くなり方をしたんですか?」
分からないことが多すぎて、いちいち一空に質問しなければならないのがもどかしい。
一空は静かにまぶたを半分伏せた。
その顔が色気を漂わせる程悩ましい。
こんな時なのに、胸がドキドキしてしまう。
「大きな屋敷だ。二人の姉妹が視える」
「霊視ですか?」
一空は続ける。
「この人形を持っていた姉妹の片方が、突然の交通事故で命を落とした。そして、もう片方も続くように病で亡くなっている」
「そこまで分かるんですか?」
「人形を通して視た」
霊視でそこまで見えるなら、私の手伝いなんていらないのでは、と思うことがある。
「姉妹の母親は、この人形が屋敷に来てから不幸が続くようになったと嘆いた。この人形は呪われた人形だと言い、捨てた。そして、巡り巡ってこの『縁』にやってきた」
「なら、この人形に取り憑いている悪霊を引き剥がし、消してしまえばいいのでは?」
紗紀はぱんと手を叩き、まるで名案というように笑みをこぼす。
それなら一空にとっては造作もないことだろう。しかし、紗紀の提案に一空は眉を寄せる。
「紗紀は、この人形に取り憑いているものの正体を確かめもせず、消してしまえというのか?」
残酷な奴だといわんばかりの表情だ。
いや、だって悪霊でしょう。
悪霊は即座に退散じゃないの?
情けをかける必要なんてないでしょう。
「そういうなら、私は何をすれば?」
「そうだね。とりあえずは、亡くなった姉妹のことを突き止める」
紗紀はあんぐりと口を開け立ち尽くす。
捨てられてここに流れてきた人形から、どうやって持ち主を探し出せというのか。
「霊視で姉妹が住んでいた場所を探ることはできないのですか?」
「紗紀は何か勘違いをしているようだね。霊視はそこまで万能ではない」
「はあ」
別に威張って言わなくても。
「だが、たとえばこの人形に関わった人物と直接会えれば、あるいは電話でもいい。そうすれば霊視で探し当てることは可能だ」
「じゃあ、これを売りに来たお客さんを探し出せば。どうやって? そうだわ! 買い取り履歴か何かを見て追っていけば」
紗紀は名案だとばかりに、買い取り履歴を追い始めた。
履歴が束ねられた書類をめくり調べ始めるが、五分も経たないうちにこれは大変だということに気づき手を止め、天井を見上げる。
いつ売られてきたかも定かではない人形を、膨大な書面から探し出すのは労力を必要とする。
「ねえ一空さん、この人形がここに来た時期は覚えていますか?」
「五年くらい前だ」
漠然としすぎている。
「せめて、姉妹の住んでいた場所を確定することはできないんですか?」
「無理ではないが、時間はかかる」
紗紀はため息をついた。
手詰まりか。
やはり、根気よく履歴を追うしかないか。
カウンターに置かれた人形を見ると、涙を流している。
こんなに悲しそうに泣いているのに、この子が呪いの人形と言われるなんて信じられない。
紗紀はそっと人形に手を触れた。
真実を突き止めたい。
「泣かないで。さっきは怖がってごめんなさい。私が必ずあなたを家に帰してあげるから」
そこで、紗紀ははっとなる。
この人形は娘たちの命を奪ったと忌み嫌われ母親に捨てられたのだ。なのに、家に帰そうとしても無駄なのでは。
つまり、この子は行き場のない子。
紗紀はううん、と首を振る。
そのことは後で考えよう。
まずは、この子の家を探してみることだ。
人形を手にとり、考え込んでいた紗紀は、突如、何かを思いついたように顔を上げた。
「一空さん、この人形は価値がある人形ですか?」
一空は腕を組み、人形を見る。
「そうだな。まず、目がガラス玉だ」
「ガラス?」
「時代のある市松人形の目はガラスの目に墨で黒目が描かれたものを用いられる。それと、価値のあるものは胴体に落成款識があり司法指標となる」
「らくせいかんし?」
聞いたことのない言葉に、頭の上でハテナが飛び交う。
「落款は聞いたことがあるか? そのことだ。制作時の日時や場所といった記録や作家名が記されている」
「それをはやく言ってください!」
紗紀はごめんね、と言って、人形の着物を脱がせ始めた。
「胴体部分に何か書いてあります!」
どれ? というように一空も顔を近づけ覗き込む。
ふわりといい匂いがしてきた。
顔が近くなり、思わず紗紀は身を強ばらせる。
「人形師の名前だな」
「じゃあ、この人形師の名前を調べれば」
「作者の居場所を探しあてられる」
紗紀は目を凝らして胴体にかかれた文字を読み取る。
「藤白五十浪? すごい名前ですね。昔の人かな」
読み取れたその文字を、スマホで検索する。
「ありました。藤白五十浪さんっていう職人さん。千葉に工房があるようです!」
そこで紗紀は一空を見上げた。
「千葉まで行くんですか? 私が?」
「もちろん、僕も一緒に行くが」
「それならよかったです」
さすがに一人で行くのは不安だった。
そして、その週の土曜日、千葉にある人形師、藤白五十浪の工房を訪ねることになった。
ー 第42話に続く ー