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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第16話
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第2章 押し入れにひそむ多佳子
9 悪夢の夜と後始末
多佳子を突き飛ばした利蔵は、床の間に飾ってある日本刀を手にとり、鞘から抜き放った。鞘を捨て、ぎらりと光る抜き身の刀を手に目を見開く。
狂気に満ちた利蔵の双眸が、ぶざまに転がる多佳子の姿を捕らえる。
その後の利蔵の行動は、もはや滅茶苦茶であった。
利蔵自身も、自分が何をしているのか、おそらく分かっていなかった。
間違いなく正気を失っていた。
振り上げられた凶器から逃れるように、多佳子は手を顔の前にかかげた。
利蔵の日本刀が振りおろされる。
多佳子の右指五本が切断され、畳の上に散らばった。
悲鳴をあげる多佳子を、さらに斜め上から斬りつける。
血飛沫と同時に、多佳子の黒髪が虚空を舞い、乱れて落ちた。
「ひっ! ひーっ」
這いつくばって逃げようとする多佳子の髪を掴んで引き戻す。
畳の上でじたばたともがく多佳子を、利蔵は左右に何度も刀を振り回し斬りつけた。
目を剥き、息をつく暇もなく、手にした刀で多佳子を切り刻む。
生暖かい返り血が利蔵の全身を濡らした。
やめてと首を振る多佳子の腹に刀を突き立て、容赦なく抉った。
グチグチと内蔵を掻き回す音が響く。
「と、くらさん……」
刀を引き抜くと同時に、切っ先に絡まった内臓が飛び出した。
血飛沫があたり一面に散り、さらに、頬にぴしゃりと塊のようものが張りつく。
多佳子の肉片の一部であった。
「──さ、ん……」
利蔵は肩を上下させ、荒い息を吐きながら刀を握っていた手を垂らした。
頬にこびりついた塊を手の甲で拭いとる。
そこで、ようやく利蔵は我に返った。
利蔵の手から日本刀が落ち、その目に少しずつ正気の色がよみがえる。
「これは……」
気づくと、辺りが血の海となり、壁やふすま、障子に、真っ赤な血が飛び散っていた。
自分の足元に多佳子だったものが散らかっていた。
身体を切り刻まれ、腹から内蔵が垂れ、手足の指が散らかり、目が飛び出し耳をそがれ、顔面が崩壊しても、それでも多佳子の大きな目だけが生きているかのように、ギョロリとこちらを睨んでいる。
「多佳子?」
あきらかに死んでいると分かっていながらも、利蔵は足元のそれに呼びかける。
これは夢であって欲しいと願いながら。
もう一度名を呼びかけながら足先で多佳子の脇腹を蹴ろうとした瞬間、多佳子ががばっと起き上がった。
「ひっ!」
飛び退いて尻もちをつく利蔵に多佳子は唇をめくりあげ、ニイっと笑いかける。多佳子の口からごぼりと血があふれた。
「とくらさん、わたしのもの……」
「い、生きて……まだ生きてるのか……」
「むらの女たちに とくらさん わたさない。とくらさんに とついだむらの女、みんな呪う。のろい ころしてや る……」
恐怖にガチガチと利蔵は歯を鳴らした。
「あいしてる……」
そう言って、操り人形の糸が切れたように、多佳子の身体が倒れた。
大きく見開かれた目が天井を向いている。今にもその目が動くのではないかと恐れる利蔵であったが、それきり多佳子の身体は動かなかった。
「僕はなんてことを……なんてことをしたんだ。ああ……あ、あ……」
頭を抱え、髪をかきむしり、利蔵は意味不明な悲鳴を上げる。
「人を殺してしまった。僕が、この手で人を。多佳子を!」
はっとなって妻をかえりみると、彼女は布団の上で意識を失っていた。いつから意識を飛ばしたのか分からない。
手が震え、心臓があり得ない音をたてて鳴っている。
とにかく、目の前に散らかっている多佳子のなれの果てを片付けなければならない。
だが、どこに?
そうだ庭に埋めてしまおう。
それから、血で汚れた部屋をきれいにして。
ああ……いったい、どれだけの時間がかかるというのだ。
僕一人で、すべてをやれというのか!
利蔵は頭を抱えその場に座り込む。
壁の時計を見上げると、すでに二時過ぎ。
多佳子の遺体を庭に埋めるため、穴を掘り、ばらばらになった肉片を拾って……。
とにかく急がなければならない。
こんなところを誰かに見られたらこの家は終わりだ。利蔵の代は僕で途絶えてしまう。
しっかりするんだ。
利蔵はすくっと立ち上がり、急いで屋敷の東にある納屋まで駈けると、そこでシャベルと放置されたままの麻袋をつかんで再び部屋に戻ってきた。
そうっと、布団の上で気絶している妻の顔をのぞきこむ。妻は意識を失ったまま、いっこうに目覚める気配はない。
このまま、朝までぐっすりと眠っていてくれ。
そう念じながら、利蔵は散らかった多佳子の手と足の指、内臓とはみ出した腸、肉片を掻き集め麻袋に放り込む。
その麻袋が血で真っ赤に染まるが、どうせ、埋めてしまうのだからかまわない。
おおかた、多佳子のばらばらになった遺体の欠片を拾い集めた利蔵は、麻
袋を引きずり縁側の下に投げ落とした。
シャベルを手に庭へと降りる。
どこに穴を掘ればいいのだろうかと、暗い庭を見渡す。
利蔵の目が塀伝いに等間隔に植えられている木の一部に視線が止まった。
その木に歩み寄った利蔵は、ざくりとシャベルを地面につきたてる。
思っていたよりも土は軟らかい。
これならば、それほど時間をかけることもなく、人ひとり埋めるくらいの穴は掘れるだろう。
それに多佳子の身体はすでにばらばらだから、大きな穴を掘る必要はない。
最初は辺りにはばかり、音をたてないよう慎重に土を掘っていった利蔵だが、しだいにそんなことなど気にしていられないと、ざくざくと穴を掘っていく。
どのみち、主屋には自分を含めて三人しか暮らしていない。
妻は気絶をしている。もう一人は年もいっているため一度眠ってしまえばそうそう目を覚ますことはない。
使用人たちは反対側の別棟で寝泊まりをしているから、ここへ近づいてくることはないはず。
何も考えず、ただひたすら利蔵は一心不乱に穴を掘り進めていった。
一時間後、縦に深い穴を掘れた。
「このくらいでいいだろう」
呟いて、利蔵は縁側の下に放り投げた麻袋を引きずり、掘った穴の中へと投げ捨てた。さらに自室に戻り、多佳子を切り刻んだ日本刀を手にするとそれも穴の中へ放り込む。
穴の中に多佳子の死体を投げ捨てた利蔵は、掘り返した土を再び穴の中へ落としていく。
やがて多佳子を押し込んだ麻袋が、被せられていく土によって消えていき、すっかりと埋まった。
その頃には利蔵もいくぶん落ち着きを取り戻していた。
後は淡々としたものであった。
血で汚れた畳をきれいに拭き取る。
何度こすっても、血痕をきれいに拭うことはできなかった。
あきらめて利蔵は血の跡の部分に座布団を敷きつめる。
すべての血の跡を隠すことはできなかったが、誰もこの部屋に近寄らせず、今後も決して入ってはならないと命じればいいだけのこと。
この屋敷の主人である自分の命令には誰も逆らえない。
ふっと、利蔵は眠っている妻に視線を向ける。
朝になったら彼女を起こし、適当な理由をつけて離れの部屋へ連れていこう。
それから、夜が明けたら血で汚れた庭をきれいに掃除する。
だが、そんなことをしていれば使用人たちが駆けつけてくる。もちろん、理由は考えてある。
たまには気分転換に庭の手入れをしたいのだと言えば、誰も何も当主のやることに怪しむ者はいない。
利蔵はひたいに手をあて天井を仰いで忍び笑いをもらした。
「そうだ。これで終わったんだ。何もかもすべて終わった。もう、多佳子につきまとわれることもない。万事解決ではないか! あはは……」
利蔵は息を吐き出し、手にしたシャベルを地面に放ると、力尽きたようにその場に膝をつく。
人を殺したという罪よりも、これで執拗に迫る多佳子から解放されたという安堵の方がこの時の利蔵には大きかった。
翌朝、部屋にやってきた世津子が唐突に切りだした。
「畳がだいぶ痛んできたので交換しましょうかしら。障子も」
「あ、ああ……確かにそうだね。では、僕が新しい畳と障子を手配しよう」
そして、取り替えた畳と障子は、裏庭で密かに焼却された。
ー 第17話に続く ー