『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第10話
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第2章 押し入れにひそむ多佳子
3 丑の刻参りの跡
跡継ぎの男子を産むまでは、利蔵の家の者として認めない。
世津子の言葉が頭の中から離れなかった。
世津子にはあまり好かれていないとは感じてはいたとはいえ、ここまで嫌われていたとは。
世津子は世津子で雪子に対して不満や鬱憤を抱えていたのだろう。それが、積もり積もって今回のことで爆発したのだ。
雪子は自分の頬を両手でぱしりと叩き、気を引き締める。
いつまでも言われたことを気にして引きずっていては、それこそ気持ちが沈んでしまうからと思ったからだ。
そんなの私らしくないわ。気持ちをきりかえなくちゃ。
寝不足気味ではあったものの、具合の悪さは嘘のようにおさまり、朝には元通りとなった。
これならば動けると、早く起きて身支度を調え主屋に現れた雪子だが、すでに雪子が体調を崩したことは知れ渡っていて、みな雪子のことを敬遠した。
部屋で休んでくださいと気を遣うが、それは雪子の身体を心配してではなく、雪子に何かあったら、責任を問われるのが面倒だと思ってのことである。
先ほどの意気込みも挫かれ、雪子はため息をつく。
余所者は嫌われる。
慣れるまでは村人の対応も冷たいだろうと覚悟はしていたが、思っていた以上に根深い。
屋敷の中での自分の立場は相変わらずであった。
余所者はあくまでも余所者。歓迎されぬ存在。世津子との関係もよい方向へ向かうことはなかった。
はたして、本当にこの村でやっていけるのだろうか。
まだ祝言をあげていないとはいえ、もう利蔵の家に嫁いだようなものだから引き返すこともできない。
いや、世津子が言っていたとおり、跡継ぎ、それも男子を産まなければ利蔵の嫁として迎えられないというのなら、考えようによっては、引き返すなら今なのかも。
再び重い息を吐き出し、雪子はとぼとぼと村を歩いていた。
結局、屋敷に居づらさを感じ、散歩もかねて外へ出たのだ。
時折、村人とすれ違うことがあったが、こちらが挨拶をしても相手はちらりと雪子に視線を向けるだけで挨拶を返す者がいないのはいつものこと。
それどころか、利蔵の嫁が何で勝手に村を出歩いているのかと、冷たい目で見られた。
たまには外の空気を吸って気分を変えようと思ったのだが、気晴らしどころか、かえって鬱々とした気持ちに落ち込んでいく。
それに、村人の目がまるで自分の行動すべてを監視しているような気がした。
屋敷では世津子や使用人、外では村人に見られ、心の安まる場所はない。
夏祭りでは隆史と一緒に準備で忙しく動き回ったが、それでも村人は雪子の存在を受け入れようとはしない。
いつになったら打ち解けてもらえるのだろうか。
雪子はめげずに村人を見かけるたび、笑顔で明るく挨拶をした。自分から積極的に交流を持とうと努力はかかさなかった。
ふと、山の奥へと続く朱色の鳥居が目に入った。鬱蒼と茂る木々の向こうに、階段が続いている。
こんな村にも神社があるのね。
鳥居の前でおじぎをし、境内に足を踏み入れる。
階段を上がりきると、崩れかけた灯籠が並んでいる。右手には手水舎があり、水が申し訳ていどに流れている。
左には、ぼろ小屋に近い社務所があるが、人の気配はない。
そのまま、真っ直ぐ進むと社があった。
見る限り、何が祭られているのかは定かではない。
今度機会があったら隆史さんに聞いてみようと思った。
雪子は深呼吸をする。
寂れていても、神の聖域。
身が引き締まる思いを感じた。それに、思っていたよりも、境内は綺麗にされている。誰かが掃除をしているのかも。
両手を合わせ、雪子はこの村でうまくやっていけるよう祈った。さらに視線を横に向けると御神木だろうか、注連縄で木の幹をくくり、そこに紙垂を垂らしている。
雪子はその大木の元に歩み、目を見開いた。
「これ……」
木の幹に五寸釘が刺さっていたのを見つけたからだ。
いわゆる丑の刻参りだろうか。
話には聞いたことがあるが、実際に目にするのは初めてだった。
憎い相手を藁人形に見立て、釘を打ち込むという古来の呪術。
藁人形は見あたらなかったが、深々と突き刺さった五寸釘は間違いなくそうなのであろう。
こんなことをする人がいるなんて。
いったい、誰が誰を呪ったのか。
雪子は恐ろしさに身を震わせた。
村の誰かがやったのだろう。わざわざ村の外から来た者がこの神社で丑の刻参りをするとは思えない。
それに、呪いたい相手が心底憎かったのだろうことは、打ち込まれた釘の深さから伺えた。
その時、奥のからガサリと物音が聞こえ、雪子は咄嗟に視線を向ける。離れた場所に、一人の男がこちらを睨みつけるように立っていた。
こんなところに人が。誰もいないと思ったのに。
「す、すみません……」
雪子はきびすを返し、逃げるように神社から走り去った。
◇・◇・◇・◇
もはや、多佳子の行動は異常としかいいようがなかった。あるいは、彼女の頭の中は普通の人のそれとは違う思考の持ち主なのか。
もともと他人とはかかわろうとはせず、いつも一人でいたし、あの容姿ゆえ、村人も多佳子を気味悪がって近寄ろうとはしない。
あれほど、屋敷には来るなと言いきかせても、多佳子は毎日のようにやって来る。
多佳子は自分に好意を寄せ、自分も多佳子を好いていると勝手に思い込んでいるのだ。
どこをどう捉えたら、そういう考えにいきつくのか理解しかねる。
思い込みが激しいという次元を越えていた。とにかく、あまりにも迷惑すぎる話だ。
少し親切にしただけで勘違いをされ、ここまで執着されるとは利蔵も予想せず、今となっては彼女に関わったことを深く後悔している。
転んだ女性に手を貸してあげた。ただ、それだけのことだったのに。
今後はいっさい相手にするのは、やめよう。
多佳子が訪ねてきても知らない振りをし、姿を見かけても、そこに多佳子が存在しないものと思えばいい。
相手にするから多佳子も調子にのるのだ。
そう決めた矢先のことだった。
今日も用事のため出かけようとしたところへ、門の側に多佳子が立っていたのを目にする。
利蔵はぐっと怒りを抑え、多佳子を無視して歩き出す。
そこに多佳子は存在しない。
相手にしてはいけない、と何度も自分に言い聞かせて。
多佳子とすれ違いざま、彼女はぽつりと呟いた。
「あの女まだいきてる?」
許嫁のことを問われ、訝しみつつも利蔵は無視をする。
「きのう神社にいった」
だから、何だというのだろうか。
利蔵は相手にせず、そのまま多佳子の横を通り過ぎようとする。
相変わらず多佳子の身体から異臭が漂う。
年頃の娘なのに身なりに気を配らないのか。いや、そもそも年頃の娘が恥じらいもなく先日のような行動をとるわけがない。
あの時の、着物の下から見えた多佳子の恥部を思い出し気鬱になる。
この女は頭がおかしいのだ。
多佳子はにやりと笑った。
「呪ってやった」
聞き捨てならない一言に、利蔵は思わず足をとめてしまった。
振り返ると、してやったりといわんばかりの得意げな顔で、多佳子が笑っていた。それが癪に障る。
相手にしないと思いつつも、多佳子の行動や言葉に過敏に反応してしまう自分がいる。
「あの女が死ぬよう呪った。わら人形をつくってくぎうちこんだ。あの女呪われて死ぬ」
「な……」
「利蔵さんはしかたなくあの女とけっこんする」
「何度も言うようだが僕は!」
「あの女は利蔵さんをあいしていない」
「もう!」
「利蔵さんはわたしのもの。わたしの方が利蔵さんをあいしてる」
多佳子が一歩足を踏み出してきた。と同時に、利蔵は距離をとるように一歩さがる。
「わたしの方があの女よりわかい。利蔵さんのこどもうんであげられる。あとつぎつくってあげる。たくさんたくさん」
ー 第11話に続く ー