伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第9話
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第1章 約束の簪
8 これも縁か
「来ると思っていたよ」
翌日。
再び骨董屋『縁』に訪れた紗紀に、開口一番店主である一空が言った言葉がそれであった。
まるでここに来ることを、予想していたという口振りだ。
カウンター前の椅子に座り、読んでいた本から視線を上げた一空の、悔しいくらい涼しげな顔は後々になっても忘れられない。
店の入り口で突っ立っている紗紀を、一空は店内奥へと誘う。
あの時、あんな失礼な態度でいわく付きの簪を押しつけ、店を出て行ったにもかかわらず、一空は嫌な顔一つせず、紗紀を店に入れてくれた。
話を聞いてくれるらしい。
相手の大人な対応に、ほっとする。
「これも縁だからな」
「この間はすみませんでした」
「何が?」
分かっているくせに、しれっと聞き返すとは嫌味な感じだ。
前言撤回、やっぱ性格悪っ。
「突然、店から飛び出して」
「そのことなら気になどしていない」
一空は座れば、と目の前の椅子を紗紀にすすめた。
促されるまま、紗紀は椅子に座る。けれど、座ったはいいが、どうにも落ち着かずに膝の上に置いた手をもぞもぞと動かす。
「今日来たのは、相談したいことがあって」
一空は意味深に笑い、紗紀が押しつけていった簪をテーブルに置いた。
「違うんです。返して欲しいとかそういうんじゃなくて……」
「簪を手放したにもかかわらず、女の霊が部屋に現れた。だから、部屋に居られずアパートを飛び出し、今は友人の家に泊めてもらっている。そのことで悩み続けているため、夜も眠れず寝不足。そうだろ?」
紗紀は目を見開いた。
そうだろうって。
「どうして分かったんですか! やっぱり霊能者ともなると、何でも霊視で視えてしまうんですか?」
一空の整った眉がわずかに上がった。
「昨日テレビで心霊番組を見ま、いえ、拝見いたしました」
「ああ……」
「有名な霊能者だったんですね」
しかし、驚く紗紀の態度に反して、一空の反応は薄い。
「そういえば、そんな番組の収録もしたな」
あれだけ派手なパフォーマンスをやっておきながら、覚えていないのか。
「まさか、表は骨董屋の店長、しかし、その裏の顔は霊能者だったなんて」
「本業が霊能者だ」
「じゃあ、この店は? 趣味ですか?」
一瞬、暇つぶしですか? と言いそうになった。
「この店あっての霊能者だ」
言っている意味が分からない。が、紗紀にとってはどちらが本業で、どちらが裏家業かなど、どうでもいいことだ。
「話は戻るが、君がここに来ると思ったのは、霊視をしたからではない」
「私が寝不足なのを見抜いたじゃないですか。女性の霊が現れたのも、その霊が簪と関係しているかもしれないことも、怖くてアパートを飛び出したことも、そして今、友人の家に泊めてもらっていることも、全部当たってます。つまり、霊視をしたんですよね?」
次々と言葉を繰り出す紗紀に、待ったをかけるように一空は片手をあげ止めた。
「君が寝不足だと言ったのは、目の下」
一空は紗紀の目の辺りを指さす。
「目の下にくっきりと黒いクマができているから。女の霊のことは後で説明しよう。静森紗紀さん」
紗紀は目を見開いた。
「名乗ってもいないのに、どうして私の名前を言い当てたんです! やっぱり」
「最初にここに来た時に免許証を見せてくれた」
紗紀は、あ! と声を上げる。
そういえば、未成年は保護者同伴ではないと買い取りはできないと言われ、証明書として免許証を一空に見せたことを思い出す。
「なら、私がアパートを飛び出し、友人の家に泊まっているのが分かったのは?」
「身支度だ。初めてここへ訪れた時よりも、メイクも髪もおざなりだ。洋服もしわがよっている。靴も今着ている服とまったく合っていない」
おざなりと言われ、紗紀は顔を赤くしながら手で髪を整える。
確かに友人の家だと、思うように髪を整えることもできないし、メイク道具も最低限のものしか持ってきていない。
服は家を出るときに適当に選んでスーツケースに詰め込んできただけ。靴は今履いている一足のみ。
ていうか、そこまで見られているのだと思うと恥ずかしい。
紗紀は靴を見られまいと足元をそわそわさせる。
「もう一つ、実家に戻ったとは思わないで友人の家に泊まっていると当てたのはなぜ?」
「静森さんは、簪は実家から引っ越す時に、荷物にまぎれこんだのかもしれないと言っていた」
言った。
確かに言った。
だけど、それが何?
「実家から引っ越して一人暮らしをしているということは、実家は大学から遠い場所にある」
「私、大学生だなんて、一言も言っていないと思うんですが」
「あんな時間にうろうろしていたのだから、社会人ではないだろう。それに、雰囲気が会社勤めをしたことがないように見えたから。ああ、勘違いをしないでくれ。今のは別に悪い意味で言ったのではない」
悪い意味でないなら、どういう意味ですか?
つまり、まだ社会を知らない世間知らずの子ども、だと思われたのか。
確かに強引に簪を押しつけて逃げたのは、大人げない行動だったと反省している。
それにしても、とんでもない観察力だ。
霊能者ではなく、本当は探偵ではないのか。
実はこの店は骨董屋と見せかけて、探偵事務所だったりして。
「それで、先程言った女の霊だが。この簪を持つようになってから視えるようになった」
紗紀は頷く。
「そもそも静森さんは霊感体質。子どもの頃から普通の人には見えないものが視えた」
「そうなんです。私、霊感があるんです!」
紗紀は思わず身を乗り出した。
ー 第10話に続く ー