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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第22話

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第3章 多佳子の逆襲

5 波木多郎の死 

 死者の怨念が、生きている者をあの世へと引きずり込む。
 そんなことが本当にあるのだろうか。それは、伊瀬毅が亡くなってから六日目の早朝のことであった。

 いつものように目覚めると、肌がざわつくような気配に利蔵は身を震わせた。
 嫌な予感を抱いたからだ。
 屋敷の外で何やらザワザワとした異様なものを察知し、利蔵は着替えを済ませ村の広場へと向かった。

 屋敷と広場は距離が離れているにもかかわらず、村人たちの不安、恐れ、悲しみ、そういった負の感情がまるで空気にのってやってくるかのように伝わってくる。
 悪い予感はあたった。

 広場には大勢の人だかりができ、まるで伊瀬毅のときと同じ状況であった。
 口々に騒ぎ立てる彼らの声から、波木多郎が死んだという言葉が繋がり、利蔵の心臓がどくどくと早鐘のように鳴った。
 また、この村で死人がでた。
 しかも、死んだのは多佳子を乱暴しろと命じた、男のうちの一人。

 広場に駆けつけた利蔵を待ちかまえていたように、村人たちがわらわらと集まってきた。
「ちょうどいいところに来てくれた! 今、屋敷に向かおうと思っていたところだったんだ」
「聞いてくれ! 今度は波木んとこの多郎が」
 肌が粟立つ。

「多郎がどうした?」
 利蔵はごくりと喉を鳴らし、伊瀬の時と同様、冷静さをよそおい聞き返す。
「風呂場で死んだんだ」
「死んだ? 風呂場で?」
「ああ、風呂場でだ」
「酔っ払って風呂に入ったから、心臓発作でも起こしたのかもしれない」
「どうしたらええんじゃ! こうも立て続けに村で死人がでるとは! どうなってんだ」
「おい、誰か警察に連絡はしたのか?」

 一人の村人の問いかけに、回りの者は惚けた顔で揃って否と首を振る。と、同時にまたしても警察と聞き、利蔵は過剰に反応し肩を跳ね上げた。
 大丈夫だ。
 伊瀬のときだって事故死として片付けられ、疑われたりはしなかったではないか。

 今回の波木の死だってそうなるだろう。
 自分が多佳子を殺害したことなど絶対にばれることはない。
 彼らの死と結びつくことはない。
「なんですぐに連絡しねえんだ!」
 どうしよう、どうしようと口々に騒いでいるだけで、彼らは肝心なことには手を回していない。

「だったら、そういうおめえがやればいいじゃねえか! 偉そうな口たたきやがって」
「なんだと?」
「おめえだって、多郎が死んだと聞いて縮こまって震えていただけだろ!」

 このままでは村人同士でとっくみあいが始まりかねないと、利蔵は彼らを手で制し、側にいた者に警察に連絡をとるように命じた。
 何人かの者を連れ、波木の家に向かう。
 家では母親が台所に座り込んで泣き崩れ、父親は居間で腕を組み気難しい顔で口元を引き結んでいた。

「早く風呂に入れとあたしが言ったもんだから多郎は……こんなことになっちまったのもあたしのせい」
 悲痛な声をあげ、多郎の母親は泣きじゃくる。
 言葉をかけることもできず、利蔵は多郎の両親に軽くおじぎをし、多郎が亡くなったという風呂場へ向かう。

 風呂場に足を踏み込むと、利蔵を始め村人たちは揃って顔をしかめ呻き声に似た声をもらす。
 伊瀬のときと同じ反応であった。
「こりゃひどい。なんてこった……」

 浴槽の中で多郎が目を見開き、苦しげな表情で風呂釜の中に沈んでいた。
 その顔は熱くなりすぎた湯のせいで皮膚が真っ赤にただれ、水ぶくれができている。さらに、大量の水を飲んだせいか腹が異様に膨れ、皮膚はふやけ無惨な状態だった。

 後に警察の話によると、死因は溺死だという。
 多郎の胃から大量の酒が検出され、泥酔した状態で風呂に入ってうっかり寝込んでしまい、溺れたというわけである。
 顔が苦悶に歪んでいたのは、溺れて意識を取り戻したものの、パニックをおこし湯船の中で必死にもがいたせいのだと警察は言った。

「酔っ払って風呂に入るなんて、バカな男だ」
「ああ、まったくだ」
「それにしても、毅に続き多郎までが……」
 村人たちは沈痛な面持ちで頷きあう。
 そんな村人たちの声を聞きながら、何やら考え込む様子で利蔵は多郎の死体を見下ろしていた。

 まさか、多佳子の仕業だというのか。
 自分に乱暴をした男たちに復讐するため。いや、多佳子の仕業というには語弊がある。
 なぜなら、多佳子はすでにこの世にはいないのだから。
 妻との初夜を迎えた晩、押し入れに潜んでいた多佳子を日本刀で滅多切りに殺し、庭に埋めた。

 多佳子がよみがえって土の中から這い出てこない限り、こんなことはできるはずがない。
 だとしたら、本当に怨み辛みを抱えて死んでいった多佳子の呪いか。
 あり得ない。
 この世に幽霊だの、ましてや呪いなんてあるはずがない。

 そんなことを考えながらも、利蔵は目の前に起きた凄惨な出来事について何と説明すればいいのか考える。
 ふと、引っ張られるような強い視線を感じて振り返ると、多佳子の暴行にかかわった最後の一人、山片平治やまがたへいじと目が合った。
 平治の顔は青ざめていた。
 その目は何か言いたげに、こちらをじっと見つめていたが、やがて、くるりと背を向けると、凄まじい勢いでこの場から逃げ去った。

ー 第23話に続く ー 

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