『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第31話
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第4章 村はずれの社に住む男
3 再び高木の家へ
約束した通り、翌日の夕方、雪子は高木の家を訪れた。
もちろん鈴子ちゃんに会うためだ。
高木はもうここへは来るなと言ったが、一方的にそんなことを言われて、はい分かりました、と素直に従う雪子ではない。
だいいち、高木に会いに行くのではなく鈴子に会いに行くのだから別にかまわないではないか。と、自分に言い聞かせた。
「鈴子ちゃん、こんにちは」
「雪子お姉さん!」
家を訪ねると、奥から鈴子のはずんだ声が聞こえてきた。
高木は出かけているらしく鈴子一人でお留守番をしていた。
これは後から聞いた話だが、母親は鈴子がまだ幼い頃に亡くなった。
「ほんとうに来てくれたんだ」
「約束したでしょう? 今日はね、鈴子ちゃんにお土産を持ってきたの」
雪子は手にしていた袋を鈴子に差し出した。袋の中はピンクや黄色、青に緑と色とりどりの金平糖が入っていた。
「わあ、きれい。お星様みたい」
金平糖を受け取った鈴子の顔が嬉しそうに輝く。
「鈴子ちゃんにあげる」
「いいの?」
雪子はにこりと笑って頷いた。
「鈴子ちゃんに喜んでもらえるかなって思って」
「ありがとう、雪子お姉さん」
鈴子は金平糖を一つつまんで雪子に手渡した。
鈴子の手から金平糖を受け取り口に運ぶ。
鈴子も金平糖を口に放り込んだ。
「甘くておいしい!」
「おいしいね」
「ねえ、雪子お姉さん。お手玉してあそぼう」
鈴子は両手一杯にお手玉を持ってきて雪子に差し出してきた。
「お手玉かあ。懐かしいな」
それから、鈴子とお手玉やあやとりをして遊んだ。
小さな子どもとの、たあいもない遊びだったが、屋敷で鬱屈とした気分で過ごしていた雪子にとっては、久しぶりに心が癒やされるような気持ちだった。
鈴子も同い年の遊び相手が村にいないこともあってか、嬉しそうである。
それに何より、鈴子はよく懐いてくれて可愛い。
もし、自分に子どもができたらこうして毎日遊んであげるのだろうなと想像する。
最初は女の子が欲しいな、それから次は男の子。
そんなことを考える雪子の表情にふと暗い影が過ぎる。
祝言をあげてからずっと、ことあるごとに早く跡継ぎの男子と回りの者からせっつかれ、その重圧に押し潰されそうだった。
「……雪子お姉さん、どうしたの?」
「あ、何でもないの。違うの。ごめんね。次は何をして遊ぶ?」
そこへ、がらっと玄関の開く音が聞こえた。
「あ、お父さんが帰ってきた」
どうやら買い物に行っていたらしく、紙袋を抱えて帰宅した高木が居間に現れた。
雪子の姿を見つけ何か言いたげに、整った顔を歪め渋い顔をする。
「勝手にお邪魔しています」
「お父さん、あのね雪子お姉さんからもらったの」
鈴子は金平糖の入った袋を父親に見せる。
高木は厳しく眉根を寄せた。
「そういうことはやめてくれないか」
鈴子は口の中で金平糖をもごもごさせながら、きょとんと首を傾げている。
「あら、どうして?」
「同情はやめてくれと言っている」
「同情? ほんと、そうね。私は村の嫌われ者。こうして、誰かに同情してもらいたくて、かまって欲しくて、ここに来ているのかもしれないものね」
「そういう意味ではなくて」
「あら、違った?」
高木ははあ、とため息をつき、鈴子の手の中にある金平糖に視線を落とす。
「それは私のおやつを鈴子ちゃんと二人で食べているだけ。一人で食べるよりも誰かと食べる方がおいしいでしょう? こうして、訪ねてきたのも私が鈴子ちゃんに会いたいと思ったから。それだけよ」
そこへ、鈴子がぎゅっと手を握りしめてきた。
澄んだ黒い瞳を潤ませ、じっと見上げてくる。
「雪子お姉さん、嫌われているの? 誰から?」
「え?」
「鈴子はお姉さんのこと大好きだよ」
「鈴子ちゃん……」
雪子はありがとう、と言って鈴子の頭をなでた。
「私も鈴子ちゃんのこと大好きよ」
「ほんとう?」
「ほんとよ。鈴子ちゃんと一緒にいると、気持ちが和むの」
「じゃあ鈴子、ずっと雪子お姉さんの側にいてあげる。そうしたら嬉しい?」
「ありがとう。嬉しいわ」
そんな二人のやりとりを見ていた高木は、やれやれと肩をすくめる。
「あんたは何も分かっていない」
「そうね」
「この村で嫌われ者になったら生きていけなくなるぞ。そんなことも分からないあんたではないだろう」
「ええ、でももうとっくに嫌われていますから。私は跡継ぎを産むだけの道具。それを果たせばきっと用なしになるもの」
思わずそんな愚痴がこぼれる。
利蔵の家では絶対に口にしない愚痴だった。
夫である隆史の前でも。
なのに、なぜかこの男の前だと素直に自分の抱えている気持ちを吐き出せるのが不思議だった。
それも、会ったばかりのよく知らない他人に。いや、他人だからこそ言えたのかもしれないが。
沈んだ顔をする雪子を心配したのか、またしても鈴子が気遣うような目でこちらを見上げていることに気づき、雪子ははっとなる。
こんな子どもに心配をさせてしまうなんて。
「そうだ、忘れていたわ。今日はもう一ついいものを持ってきたのよ。鈴子ちゃんに気に入ってもらえるといいんだけれどなあ」
いいものと聞いて、鈴子はまたしても目を輝かせる。
雪子はポケットからリボンを取り出した。
「見て?」
「リボン? かわいい!」
「家に着物の端切れがあったから作ってみたの」
雪子は鈴子の三つ編みを解くと、持っていた櫛で丁寧に鈴子の髪を梳き編み込んで、仕上げに持ってきたリボンを結んであげた。
おさげの端で赤い紅葉柄のリボンが揺れている。
ちょうど季節は秋、この時期にぴったりの柄だ。
「はい、できた」
鏡をのぞき込んだ鈴子は、頬を赤く染め瞳をきらきらとさせる。
「わあ!」
「気に入ってくれたかしら」
「うん! ねえ、お父さん見て」
娘の喜ぶ顔を見た高木は、少しだけ口元を緩ませる。
「雪子お姉さん、ありがとう!」
何度も鏡をのぞき込んで嬉しそうにはしゃぐ鈴子を見て、雪子の心も温かい気持ちになっていくのを感じた。
「よかったな鈴子」
「うん」
「ありがとう」
ぽつりと呟いた高木の言葉に雪子は眉をあげた。
この無愛想な男でも、ちゃんと礼が言えるのだと驚いたからだ。もっとも、これは自分が勝手にやったことだから礼を言われるまでもないのだが。
高木は買いもの袋を台所に置き、その場に立ち尽くす。そんな高木の背中は何かを迷っているようにも見えた。
もちろん、それは雪子がそう見えたような気がしただけで、実際はどうか分からないが。
不意に高木が振り返った。
その表情は厳しい。
「あんた」
「はい?」
「おかしなことがおきていないか?」
「おかしなこと?」
唐突に何を言い出すのだろうと、雪子は首を傾げて聞き返す。
おかしなこととはどれにあてはまるのだろう。
余所者を極度に嫌うこの村の人たちも雪子からみればおかしなことだし、跡継ぎを産むまで嫁として認めないという利蔵家の考えもおかしなこと。
家に馴染もうとしても、余所者だからと突っぱねられ、それに対してまるで聞き分けのよい嫁でいる自分もおかしなこと。
どれもこれもあてはまり過ぎて分からない。
雪子は肩をすくめた。
「たとえば、恐ろしいことが起きたとか……霊を、見たとか」
さらに、雪子は首を傾げ、ぷっと吹き出した。
「高木さんって霊とか気にするのですか? とてもそんなふうには見えないけれど」
しかし、高木の顔はいたって真面目なものであった。
「高木さん?」
「あんた、知らないのか? いや、聞かされていないのか?」
「何をですか?」
高木はいや、と首を振る。
「もし、奇妙な出来事が起きたら、あんたはこの村を出たほうがいい。いや、できることなら奇妙なことが起きる前にだ」
「意味が分かりません」
「あんたは余所者だ」
余所者と高木に言われた雪子の顔が一瞬悲しそうになる。しかし、高木は慌てて否定した。
「いや、今のは言い方が悪かった。この村と関係ない者が、この村の因縁を背負う必要はない、という意味で言った」
「いったい、この村に何があるのですか?」
しかし、高木は渋い顔をしたままであった。
「反対に聞くが、あんたはあの家に嫁ぐときに何も聞かされなかったのか?」
これもまた意味深な言い方だ。
「とくに何も、いえ……先妻二人が不慮の事故でなくなったとは聞きましたが」
「不慮の事故ね……」
高木は苦笑いを浮かべる。
「違うのですか?」
「まあ、不慮の事故といえば不慮の事故だがな」
「あの、どうして亡くなられたのでしょう」
「知らないほうがいい。そのほうがあんたのためだ」
「たかこ……」
ぽつりと雪子が口にしたその名に、高木は表情を強張らせた。
「たかこという名前をちらりと耳にしたんです。たかこって、いったい誰なんでしょう。隆史さんの先妻のお名前ですか? 高木さんは何か知っていますか?」
たかこという名前を聞いた瞬間から、高木の様子があからさまに変わった。おそらく、高木はたかこのことを知っているのだ。
「とにかく今日はもう帰れ。あんたも、いつまでもここにいたら屋敷の者にいろいろ言われるぞ」
「高木さん?」
「鈴子、お姉さんは忙しい。遊びは終わりだ」
それっきり、高木は堅く口を閉ざした。
釈然としないものはあったものの、これ以上高木からは何も聞き出すことはできないと分かると雪子はそろりと立ち上がる。
確かに日も落ちてきた。
そろそろ、屋敷に戻らなければ何を言われるか分からない。
「鈴子ちゃん、またね」
寂しそうに手を振る鈴子に、また遊びに来る約束をして雪子は高木の家を出た。
神社の境内を降りる階段の手前で、雪子は振り返り高木の家を見やる。
みな、たかこの名前に怯えるのはなぜなのだろう。そもそも、たかことはいったい、誰なのか。
隆史さんと何か関係がある人?
ー 第32話に続く ー