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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第7話
◆第1話はこちら
第1章 村祭りの夜のできごと
7 訪問者と枯れた椿
夏祭りが終わり、それから数日がたった。
ここへ来た当初、世津子に屋敷のしきたりを覚えていくよう言われた雪子であったが、やっていることは使用人に混じり、屋敷内の掃除やお使い、食事の下ごしらえなど、雑務ばかりであった
とにかく、朝から晩まで働きづめで、嫁とは名ばかりの、給金のいらない使用人のようなものだ。
とはいえ、何もせず一日を過ごすよりは、身体を動かしている方が精神的には楽ではあったし、実家にいた頃も家の手伝いや境内の掃除全般をこなしていたので、たいした苦ではない。
雪子はいったん手を止め、ひたいに浮かんだ汗を手の甲でぬぐう。
「だけど、広すぎるのよね。このお屋敷」
決して手を抜いているつもりはなくても、少しでも手を休めると、世津子をはじめ、回りからの嫌味が容赦ない。
おまけに、ずっと身をかがめて作業をしているせいで、腰のあたりがずんと重くしびれる。
「あともう少し」
と、再び床磨きにとりかかろうとした雪子の元に、一人の使用人の娘がやってきた。
「あの……」
娘は辺りを見渡し、遠慮がちに話しかける。
「雪子様にお会いしたいという方が裏門に」
「私に? 誰かしら」
雪子は首を傾げた。
この村に来てまだ日も浅く、わざわざ自分を訪ねて来るような知り合いはいない。
「それが、お尋ねしても名前を名乗らないのです。長い髪で顔を隠していてよく見えないもので。でも、髪の毛の隙間から見たのですが、ギョロッとした、目の大きい人でした」
娘は怯えたように言う。
以前隆史は、小さな村だから、村人全員知り合いのようなものだと言っていた。それでも、使用人の娘が相手が誰だか分からないというのだから、もしかしたら村の人間ではないのかも。
町から誰か知り合いが訪ねてきたのか。
そう思った雪子だが、顔が隠れてしまうほど長い髪も、ギョロッとした目の知人も心当たりはない。
あれこれ考えても仕方がない。
行ってみれば、誰が訪ねてきたか分かるだろう。
「分かったわ。行ってみる」
雪子は裏門へ向かった。しかし、言われた場所にやって来てみたものの、そこには髪の長いギョロ目の女はおろか、誰の姿も見あたらなかった。
訝しみながら辺りを見渡すが、自分を呼びだしたとおぼしき人物はいない。
ふと、視界の隅に黒い影が映り、咄嗟に雪子はそちらへと視線を巡らせる。
その黒い影は庭に植えられた木の陰へと消えていく。
雪子は急いで、そちらへと走った。しかし、そこには誰もいない。
気のせいだったのかしら。
そんなことを考え足元に視線を落とすと、木の根元に白いハンカチが落ちていた。
落とし物?
雪子はハンカチを拾い、もう一度辺りを見渡す。
ハンカチを広げると、うっすら黒いシミのような汚れがこびりついていた。
血?
そのとき、雪子の手元に黒い何かがぽとりと落ちた。
それが手の甲で、もぞもぞ動く。
「毛虫!」
悲鳴をあげ、咄嗟に手を振って毛虫を払う。
ぞわぞわとした気配を感じ見上げると、枝葉をおおうようにびっしりと毛虫の群れが蠢いていた。
「ひっ!」
引きつった悲鳴をもらし、雪子は急いでその場を立ち去る。
屋敷に戻ると、用件を伝えにきた先ほどの娘が、何か言いたそうな顔で立っていた。
「裏門に行ってみたのだけれど、誰もいなかったわ」
「そうですか。本当に気味の悪い女の人でしたので……」
「そう……あ」
思い出したように、雪子は手にしていたハンカチを娘に見せる。
「裏門近くの木の根元に落ちていたのだけれど、誰かの落としものかしら。知っている?」
娘はいまだ怯えた顔でさあ、と首を傾げる。
「そう」
雪子はもう一度先ほどの庭の木を見る。
そこではっとなった。
等間隔に植えられた椿の木。
先ほどは気づかなかったが、黒い影が消えたその木だけが枯れている。
「ねえ、あそこの木だけが枯れているのはなぜかしら」
娘は首を振る。
「さあ、殺虫剤をまいても、枝を刈り込んでも、何をしても大量の毛虫が発生するのです」
「あの木だけ?」
娘ははい、と頷く。
「植えかえようかという話もありましたが、大奥様が反対なさるのです」
「なぜ?」
「すみません。それ以上のことは私には分かりかねます。もう仕事に戻らなければ。失礼いたします」
怯えた声を落とし、娘はさっと身をひるがえすと、自分の持ち場へと戻って行った。
ー 第8話に続く ー