見出し画像

父親からガンダムを強要された男のガンダム論(前編)

ガンダムが好きだった。

ガンプラが好きだった。

高校2年生までは…


GBO2より Ex-Sガンダム


邂逅

私とガンダムの初めての出会いは他ならぬ父によってもたらされた。多くの人がそうではないだろうか。保育園の年少の頃だったに違いない。寝る前に父が観ていたファーストガンダムのDVDを一緒に観ていた。

ファーストガンダム、初代ガンダム


と言うより観させられた。見せつけられたのである。歯を磨いている間に居間のテレビが点いてたら、誰だって見てしまうだろう。つまらないニュース番組でも観る。大河ドラマでも観る。韓流ドラマも…ギリギリ観る。いや、観ないかなぁ…。

正直、どんな感情でガンダムを観ていたかは覚えていない。ただ、数話も観た頃には私はその時間が楽しみで仕方が無くなった事だけは覚えている。

難しいストーリーはよくわからなかったから、戦闘がほとんど無い回では「ええい、話はいいから早くドンパチを始めてくれぇ‼」
みたいな物騒なことを考えていた。保育園児の興味は富野節に満ちた会話シーンや過酷な運命の中でもがく人々ではなく、白いロボットが雑魚を蹴散らす戦闘シーンに向いていた。当然だろう。

ガンダムとアムロは滅茶苦茶に強くなったが、ライバルであるシャアは依然として強かった。
「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、シャアほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも覚醒済みアムロよりも強いんだってえからね」by無教育な男

赤いケツアゴのシャア

「親父にもぶたれたこと無いのに‼」
「早い、早いよスレッガーさん」
「アムロいきまぁぁぁぁす‼」
これらのセリフを父がしつこく言うものだから、母は辟易していた(?)が、若き日の私は大喜びでそれを真似した。

ファーストガンダムが観終わると、次はZガンダム、ZZガンダム、08小隊、ポケ戦、0083、etc…。父のコレクションは続けて観終わってしまった。それにしても何だい、逆シャアの金髪は。あんなマザコン知らないよ。

自称シャア・アズナブル(34)

大抵の場合、ガンダムとタイトルにあるのだから主人公はガンダムとそのパイロットである。当然、緑色で肩に棘が生えているザクよりも、白くてカッコいいガンダムを好きになった。

ガンダムMk-Ⅱ

その頃は父も仕事に余裕があったのか、ガンプラを作っていた。リニューアル前のHGガンダムだった。完成したガンプラを、無理を言って寝床に持って行って一緒に寝たこともあった。幸い、父のガンダムが私の寝返りによって撃破されることは無かった…気がする。

そんな父のガンプラたちだが、数か月後には行方不明になった。アムロ君脱走である。原作再現だ。父は特に気にしていなかったが、まぁガンダムが母によって廃棄処分されたであろうことは確実だろう。母に聞いても白けていたが、棚の上を陣取ってホコリを被ったガンプラが掃除の邪魔だったことは間違いない。その後、ガンダムが帰投することは無かった。

じゃあな!

模型

時は流れ、私に妹ができたため父は忙しくなり次第にガンプラを作らなくなった。子作りには精を出していたようである。小学校に入った私は習い事としてスイミングスクールに通い始めた。そう楽しくもないスイミングスクールだが、とりあえず数年は続けた。この習い事を続けることができたのは、スクールの検定に受かると近くの模型店で父にガンプラを一つ買ってもらえたからだ。

最初に買ったのはSDのゼータプラスA1とガンダムマーカーのレッド。店のオヤジが初めての人にはSDがおすすめですよ‼みたいなことを言うからである。SDガンダムは2頭身の可愛いプラモだが、色分けは無いに等しい。だから、一瞬で組みあがってしまったゼータプラスを出鱈目に赤色で塗りつぶした。塗分け表など見向きもしなかった。ただ、自分だけの血みどろのゼータプラスに満足していた。

こんなに上手く塗装したはず無いだろ!いい加減にしろ!

その後はHGのジムコマンドを買ってもらった。その後からは覚えていない。ランナーをガシャガシャ探して、ニッパーでパーツを切って、やすりで整える。墨入れをして、シールを貼ってパーツを組む。ガンプラを組むことが最大の楽しみだった。

ジム・コマンドのアンテナは胸部パーツから生えている。だから折ってしまった。あの時のショックは今でも覚えている。直後は泣いていたが、いや、これは戦闘でのダメージなんだ、被弾したんだと自分に言い聞かせて解決した。それでいいのか。

この頃から碌な考え方をしていない。

ジム・コマンド宇宙仕様 我ながらチョイスが渋いぞ

私の実家にはインターネット環境が無い。何なら今もない。両親がインターネットを不要としたからである。オフラインでできたことと言えば、読書、ブロック遊び、ガンプラぐらいなものだったのだ。

小学校に友達はいたものの、ガンダムが好きな子は遂に見つけることはできなかった。何分田舎の小学校である。私の卒業後に近所の別の小学校と合併した程である。中学校になっても、状況は変わることは無かった。

最強のガンダムって何?という友人の質問に、
「そうですねぇ、宇宙空間ならGP03かなぁ。なんて言ったて馬力が違いますよ。聞いてください!(iフィールドジェネレーター起動)余裕の音です。」
みたいなことを話していた。本当は、ガンダムについて語り合える友人が欲しかった。へぇ、そうなんだ。で終わらない会話をしてみたかった。

ネットワーク環境が無い上に、父のDVDコレクションも限られていたために、中学生の私にとってはここまでがガンダムの全てだった。アナザーガンダムの存在も知ってはいたが、それらと宇宙世紀のガンダムを区別して考えてすらいなかった。

ガンプラは増えたものの、買ってから積むなんてことは一切せずにすぐ組んでいた為、箱がスペースを取ることも無かった。

私のガンダムライフは幸せだった。高校に入るまでは。



いいなと思ったら応援しよう!