ストーリー作り|学びの記録.03 感情を書く
すべての物語の根幹は感情です。読者が感情を感じなければ、読んでいないのと同じことになります。
読者が「何が重要で何がそうでないか」を感じ取れない場合、物語の結末を含め、すべての要素が無意味になってしまいます。だからこそ、作者にとって大切なのは、感情がどこから生まれるのかを理解することです。
答えは簡単です。それは主人公から生まれます。
小説では、主人公がどのように出来事に影響を受け、その出来事をどう受け止めているのかを、直接的に書く必要があります。登場人物の考えや感じていることは、その場で明確に記述されるべきです。それが読者の期待する部分だからです。
読者は無意識のうちに、「自分が同じ状況ならどう感じるだろう?」「どう対処するのが最適だろう?」という問いを心の中で投げかけています。
たとえ主人公が感情を表に出さない場合でも、その反応がひとつの答えとなり得ます。
今回は、「出来事に対する主人公の感情を読者に伝える方法」について学びました。
主人公の反応を伝えよう
物語に没頭していると、読者は自分自身の境界を忘れ、主人公になりきります。主人公の感じることをそのまま感じ、欲するものを欲し、恐れるものを恐れるようになるのです。これは、小説でも映画でも同じです。
しかし、よくある誤りとして、作者が主人公を読者にとって触れられない存在として書こうとすることがあります。こういった場合、作者はただ出来事を描写することが物語を書くことだと勘違いしているのです。
本当の物語とは、出来事が主人公にどのように影響し、その結果主人公がどのように行動するかを書くものです。つまり、物語のすべては主人公が受ける影響に基づいて感情的な意味を持つのです。
もし主人公に影響を与えないのであれば、それがどんなに壮大な出来事であっても、中立的な物語になってしまいます。では、そうなるとどうなるでしょうか?
中立的な物語は的を外し、話が脱線してしまいます。だからこそ、主人公はどんな場面でも、読者が理解できる反応を示さなければなりません。
その反応は、限定的で個人的であり、さらに主人公のゴールに影響を与えるものであるべきです。ただ事実を羅列するだけの、冷静で客観的な表現では不十分なのです。
どうやって読者を感情移入させるか
主人公の反応が読者にとって共感しやすければ、読者を主人公の内面に引き込み、主人公が感じることを五感を通じて体験させ、物語全体を通してその感覚を維持させることができます。
物語は主人公を中心に進行しており、他のキャラクターや出来事はすべて主人公に与える影響によって評価されます。物語を動かすのは、主人公の行動や反応、判断であり、外部の出来事そのものではないからです。
主人公の反応は、次の三つの方法で伝えることができます。
1.外面的な反応
ケンがなかなか来ない。サラはイライラしながら部屋をうろつき、うっかりデスクの角につま先をぶつけてしまう。痛みが走り、彼女は口汚い言葉を漏らしながら片足で跳ね、ケンが好きな赤いマニキュアが欠けていないかを祈る。
2.読者の直感を通じた反応
読者はサラがケンに恋をしていると知っているので、ケンがサラの親友ジュリアと一緒にいるから遅れているのだと分かったとき、サラがその事実をまだ知らないにもかかわらず、これからサラが感じるであろう心の痛みを予感する。
3.主人公の内面を通じた反応
サラはケンをジュリアに紹介した瞬間、二人の間に何か特別な感情があることを察知する。彼らが他人のふりをしているのを見て、サラは二人の関係を壊すための計画を練り始める。
物語の出来事は、すべて主人公の視点を通して書かれ、読者は主人公の目で物語を追います。読者は、主人公が見ているものだけでなく、それが主人公にとってどんな意味を持つかを理解します。言い換えれば、主人公が体験する内面的な混乱や葛藤は、読者も一緒に体験していなければならないのです。
主人公の思考を効果的に伝える方法 ~一人称と三人称の違い~
主人公が直面する出来事をどのように理解しているのかを読者に伝えるには、どんな方法があるでしょうか?
特に、「主人公が口にすること」と「実際に心の中で考えていること」が異なる場合、その内心をどのように描写すれば、読者に伝わるでしょうか?
これらを物語に組み込む方法は、物語が一人称視点か三人称視点かによって異なります。まずは、それぞれの視点での違いを見ていきましょう。
一人称で思考を伝える方法
一人称で物語を書く場合、主人公の思考を伝えるのは一見簡単そうに思えるかもしれません。主人公が直接読者に物語を語っているのなら、その思考はすべて反映されるはずだからです。
その通りですが、そこが難しい部分なのです。なぜかというと、物語の中であらゆる出来事を一人称で語るには、直接的な表現、潜在的な意味、そして示唆に富んだ工夫が必要だからです。
語り手の考え方は、語り手が読者に伝える細部のすべてに反映されます。語り手が何を選び、どう描写するかによって、語り手の内面や世界観が浮かび上がってくるのです。これは、いわゆる「羅生門」効果と同じです。
映画「羅生門」では、4人の異なる人物が同じ事件を目撃しますが、それぞれが異なる物語を語り、結果として全く異なる4つの視点が生まれます。それぞれの物語には一貫性があり、どれもが真実の一部のように見えますが、1つの物語が真実であれば他の3つが嘘かと言えば、そうではありません。彼らは皆、同じ出来事を異なる視点で解釈しているにすぎません。
つまり、一人称の物語では、語り手が自分の物語を語るため、そこには常に語り手の主観的な解釈が含まれているということです。
では、三人称で書かれた物語とどのように違うのでしょうか?その違いは「距離感」にあります。三人称では、全知全能の語り手(つまり作者)が出来事を伝えるため、読者は語り手が伝える情報を基に主人公の行動や心情を評価します。
例えば、
という出来事があった場合、それ自体は中立的な事実です。
しかし、もし読者が、リサが古いカーテンに強い愛着を持ち、エメラルドグリーンが嫌いでベルベット素材にも興味がないことを知っていれば、新しいカーテンを見たとき彼女がどう感じるかは容易に想像できます。彼女がジョンに何を言ったとしても、その感情は理解できることでしょう。
一方で、一人称の物語では、常に主観的であり、中立的な描写は存在しません。語り手は、自分に関係のないことを話すことはありません。街の風景や、誰かがオフィスに着てきた服、食べたハンバーガーの味など、そうした客観的な長い説明はしないのです。もし語ることがあったとしても、それはその話題が主人公にとって特別な影響を与えるときだけです。物語のすべては語り手に関連しており、そうでない限り、それを読者に伝える意味がないのです。
一人称で書く際に気をつけるポイントをまとめてみます。
・語り手は、話すどんな言葉も語り手自身の視点を反映しなければなりません。
・語り手は、自分に何らかの影響を与えることにしか言及しません。
・語り手は、自分が話した内容について必ず何らかの結論を出します。
・語り手は、中立ではなく何らかの意図や目的を持っています。
・語り手は、他の人物が考えたり感じたりしていることを伝えることはできません。
三人称で思考を伝える方法
一人称で書くことのメリットは、どの考えが誰のものなのかを読者がすぐに理解できる点です。すべての思考が語り手のものであるため、混乱することはありません。
しかし、三人称ではいくつかの手法が存在するため、そう単純ではありません。まず、よく使われる三つの方法を紹介していきます。
1.三人称客観視点
物語は客観的な外部視点から語られ、作者は読者を登場人物の内面に導かず、彼らの感情や思考も説明しません。その代わりに、映画のように(長いナレーションがないタイプ)、登場人物の行動だけに基づいて情報が示唆されます。
この視点で書く場合、主人公の内面的な反応は、外見的な手がかりによって表現されます。
外見的な手がかりとは、ボディランゲージや服装、行動、行き先、そして他の人物とのやり取りや会話などです。
2.三人称限定視点
一人称視点に非常に似たスタイルで、物語は主に主人公が考え、感じ、見ていることだけを伝えます。このため、主人公はすべての場面に居合わせ、起きたことすべてに気づいていなければなりません。
一人称との唯一の違いは、"私"ではなく、"彼"や"彼女"を使用する点です。また、他の登場人物が考えたり感じたりしていることは、その人物が実際に口に出して話さない限り、主人公の視点からは明確に伝えることはできません。
3.三人称全知視点
神(作者)の視点から物語を語ります。語り手は、全ての登場人物の内面に入り込み、彼らが考えていることや感じていること、過去に何をしたか、これから何をするかを読者に伝えることができます。
この視点のコツは、全てを追跡し続けることと、語り手が物語の背後に隠れていることです。もしも読者が語り手の存在を感じてしまうと、登場人物が操られているように見えてしまい、物語全体のリアリティが損なわれます。
ここで、以下の文章をを例に見てみましょう。
ジャンバラヤを作ろうとする一見平凡な出来事をきっかけに、全く別の話題へと展開していく技法は見事です。
ケアラの思考の流れに読者を引き込み、現実から切り離して、「人間電子レンジ」というメタファーの世界へと飛び込ませます。この考えがアランや作者ではなく、ケアラ自身のものだと読者が直感的に理解できるように書かれています。
「(ケアラは)決めた」や「ケアラは思いをめぐらせた」というフレーズが省略されていても、誰の考えかは読者に伝わります。登場人物の思考は意見や物語のトーンを形作る一助となり、それによって物語のムードが最初の一ページから確立されます。
一人称視点で書かれる場合と同様に、三人称で書かれる登場人物も、他の人が何を感じているかや何をしようとしているかを断言することはできません。現実の人生と同じように、登場人物たちはただ予測するしかなく、その予測が登場人物自身の特徴を浮かび上がらせることもしばしばです。
作者は、タミーがセレヴァンの言葉を意図的にねじ曲げようとしているとは書いていません。セレヴァンがタミーの表情からそう推測しているだけです。ここから、次の三つのことがわかります。
セレヴァンは、①これからそれが起きると確信している。しかし、②それが実際に起きるかどうかは不確かであり、さらに、③セレヴァンは自分の言葉をタミーが完全に誤解している、と感じている。
上の例文は三人称全知視点で書かれていますが、実際にはタミーはセレヴァンを誤解していません。もし作者がタミーの内面を明確に伝えたければ、続く文章で彼女の考えを読者に示すことは可能でしょうか?
いいえ、それはできません。それをしてしまうと、視点が頻繁に切り替わる「ヘッドホッピング」というルール違反になってしまいます。
ヘッドホッピング ~視点は一場面にひとり~
小説を書いていると、登場人物それぞれの考えや感情を表現したくなることがあります。特にドラマチックな場面では、全員の心の動きを伝えたくなるものです。しかし、使える視点は一場面にひとりの視点だけです。視点の切り替えが一場面に複数登場すると、物語の流れが不自然になり、読者を混乱させる危険があります。
例えば、以下の文章です。
この文章は「ヘッドホッピング」の典型的な例です。ヘッドホッピングとは、同じ場面で複数のキャラクターの視点が急に切り替わることを指し、読者が混乱しやすくなる問題があります。
文章の最初では、アンの視点で物語が進んでいます。アンはジェフが何を考えているのかを推測しながら、彼の行動を観察しています。しかし、その後、突然ジェフの内面に切り替わり、彼の思考が直接描写されます。この切り替えが「ヘッドホッピング」です。
読者は最初、アンの視点に入り込んでいますが、ジェフの内面的な独白に急に飛ぶことで、どちらの視点で物語が進行しているのかが曖昧になり、混乱が生じます。この切り替えが頻繁に行われると、読者は感情移入しにくくなり、物語の流れがぎくしゃくしてしまいます。
ボディランゲージ ~読者が知らないことを伝える~
小説を書く上で、登場人物の感情を読者に伝える手段はいくつかありますが、その中でも「ボディランゲージ」は非常に有効なツールです。使い方次第でキャラクターの内面を言葉以上に伝えることができます。
ボディランゲージの本質
ボディランゲージのよくある間違った使い方は、すでに読者が理解している感情を繰り返し伝えようとすることです。例えば、読者がすでに「アンが悲しんでいる」とわかっている状況で、彼女の涙を詳しく描写するのは冗長です。ボディランゲージは、読者がまだ知らない登場人物の内面や感情を示すために使うと効果的です。
例えば次のように、登場人物が隠そうとしている気持ちを明かすこともできます。
このような描写は、アンが表面上は冷静を装っていても、実際には緊張や不安を抱えていることを読者に伝えます。ボディランゲージを使って、登場人物が言葉では表現していない感情を書くことで、読者にキャラクターの内面をよりリアルに感じてもらうことができます。
期待と現実のギャップを表現する
さらに、ボディランゲージは登場人物の期待が裏切られる瞬間を書く際にも非常に効果的です。たとえば、次の例では、アンの期待と実際のジェフの行動のギャップが書かれています。
ここでは、アンの期待とジェフの行動が食い違っていることで、アンが感じる失望や落胆が読者に伝わります。このように、読者が登場人物の期待を理解していることで、ボディランゲージが一層効果的に働き、感情的な深みを生み出すのです。
重要なのは、登場人物が何を望んでいるかをまず読者に伝えることです。読者がその期待を理解していなければ、登場人物の感情やボディランゲージがどんなに巧みに書かれていても、その効果が伝わりません。逆に、期待と結果のギャップをしっかりと伝えることで、読者はキャラクターの感情に強く共感できるのです。
これを踏まえて、アンとジェフの場面をもう一度見直してみましょう。今回はボディランゲージを使って情報を伝えてみます。
アンが不安を感じながら乱雑に歩き回り、ジェフがソファで沈み込みながら視線を避ける。この描写だけで、読者は二人の間に隠れた緊張や葛藤を感じ取ります。登場人物の動作を書くことで、読者の想像力を引き出し、彼らの心の内を推測させているのです。
ここで注目すべきは、ボディランゲージが「言葉では表現されていない感情」を伝えている、という点です。上の文章では、具体的な会話がなくても二人の心理状態がわかります。この手法を使うことで、読者は登場人物の内面を自ら読み取り、物語への没入感を深めることができます。
その一方で、作者が状況を過剰に説明しすぎてしまう危険性があります。読者が求めているのは、物語を自由に体験することであり、説明を受けたり、特定の結論に導かれたりすることではありません。
物語の過剰な説明に注意
小説を書く際に、読者に物語をどう感じてもらいたいかは、作者にとって重要な問題です。しかし、作者が登場人物の感情や状況を説明しすぎることにはリスクがあります。作者が読者にどう感じるべきかを説明し過ぎてしまうと、物語の魅力が失われ、読者を物語の世界から追い出してしまいます。
例えば、登場人物が何を感じているのか、誰が正しくて誰が間違っているのかを直接説明することは、読者に対して作者が「自分の主張を押し付けている」状態になってしまいます。読者が求めているのは、物語を楽しむことであり、作者の主張ではありません。
過剰に説明することなく、読者に自分の解釈で登場人物の心情を理解する余地を与えることで、感情移入を促すことができるのです。登場人物がどう感じているか、どんな影響を受けているのかを描写したら、あとは読者に判断を委ねれば良いのです。
もし、「ジョンは悪い奴だ」と伝えたいのであれば、彼が悪いことをしている場面を書くだけで十分です。読者自身がその行動を見て、ジョンをどう感じるかを決めれば良いのです。
しかし、作者が「ジョンは悪い奴だ」と直接的に説明してしまうと、読者は「何をどう感じるべきか」を押し付けられた気分になります。この過剰な説明が、読者の自由な想像力を奪い、物語の楽しさを半減させてしまうのです。
また、細かい部分にこだわりすぎると、物語全体の流れを見失うこともあります。読者が必要とするのは、物語の進行に必要な情報であり、すべてを細かく説明する必要はないのです。特に作者が専門分野や情熱を持っている分野について物語を書く場合には注意が必要です。
例えば、自分が知識を持っている分野に関して、読者も同じ関心を持っているだろうと無意識に思い込んでしまい、結果として物語が偏ったり、わかりにくくなったりすることがあります。
作者の役割は、物語の世界を書き、その中で登場人物が行動し、成長し、困難に立ち向かう姿を見せることです。その行動がどのように主人公に影響を与え、物語をどのように展開させるのかを書くことに集中すれば、読者は自然と物語に没入します。
登場人物の感情を書くためのチェックポイント
①主人公はすべての出来事に反応し、その反応が読者に理解できるようになっていますか?また、主人公がいない場面でも、その出来事が主人公にどう影響するかが伝わっていますか?
②一人称で書く場合、語り手の視点を通して物語が描かれていますか?物語に関係のないことや解釈が未完成なことには触れないようにしましょう。
③メッセージを直接伝えすぎていませんか?物語を通して自然にメッセージを伝え、読者が自分で解釈する楽しみを大切にしましょう。
④読者がまだ知らないことを、ボディランゲージを使って伝えていますか?動作を通じて、表面的に見えない事実を示しましょう。