わたしはTHE BACK HORNを信じてる

「大丈夫」と言う言葉には、何事にも揺るがず頑丈であるさま、危なげなく安心できるさま、そして間違いの無いさまなどの意味がある。嘘とか誤魔化しとかが蔓延り、とかく信じられる物の少ない世の中において、この言葉が「間違いの無いさま」として使われることが多いのはその証明であるとも言えるんじゃないだろうか。

2021年、3月4日。漂う空気も柔らかくなり少し暖かくなり始めたこの日、新木場USEN STUDIO COASTではTHE BACK HORNによるワンマンツアー、「カルペ・ディエム〜今を掴め〜」が開催されていた。アルバムが発売されたのが2019年、10月。ツアーが始まったのが同年の11月。諸々の事情でもう1年以上もこのツアーは止まったままだった。「再振替公演」そんな注釈がついている。中止になってしまった公演もある。それでも、もう一度このツアーを再開してくれたことにこころから感謝したい。ありがとう。本当にありがとう。

わたしがこのツアーを最後に観たのは2019年の年末の仙台だった。今では考えられないが遠征するのも当たり前だったあの頃。いつもの友人達と、最高のライブを観終えて外に出るとちょうど光のページェントが点灯するところだったのを覚えている。熱に浮かされて見たあの眩い光に包まれた光景から、もうずいぶんと遠いところまで来てしまったような気さえする。どうしてこうなったなんて、今更考えるのも面倒くさい。抗うのも疲れた。粛々と我慢して過ごしていればそれで済むのならもうこのままでも仕方ないんじゃないか。だんだんとそんな風に思うようになってしまっていた。日々を超えるので精いっぱい。カルペ・ディエムをきっかけにどうしても捨てきれなかった夢を叶えるべく転職したのも大きくて、ライブ漬けだった生活からは大分遠のいていた。ライブの無いフラストレーションにすら慣れかけていた。それでだって世界は回ってしまうし腹は減るし仕事はしなくちゃいけないし生きて行くしかない。バックホーンに会えなくても。

そんな中再開されたツアー。マスク着用、分散入場、声援禁止、ソーシャルディスタンス確保。当たり前に制約だらけのライブではあった。長年観てきたいつものバックホーンのライブとは程遠い。それでも、わたし達は確かにあの時の約束を果たしたのだ。ライブハウスで、生きてまた会う。

客電が落ちツアーSEと共にメンバーがステージに現れた瞬間、止まっていた時間がまた動き出した。目の前にバックホーンがいる。その事実に自然と涙が流れた。手術を無事に終えて帰ってきた山田さんの歌声は以前よりも更に頼もしく聞こえ、楽器隊の音はいつにも増して分厚くコーストの広い空間を揺らしていた。圧巻だったのはカルペ・ディエムに収録されているI believeと言う一曲。曲の終盤どんどん熱を帯びていくボーカルに共鳴するように力が込もるドラムに心臓が震え、気が付くと強く強く拳を握り締めていた。最後の一音を叩き終えた松田さんが倒れ込むようにシンバルを手で止めていた姿が脳裏に焼き付いて離れない。つくづくわたしはあの音に生かされているのだなと思い知った。

そう、バックホーンに会えなかった1年間。ただ生きた気になっていただけだったのだ。

ライブが進むにつれてどんどん濡れていくマスクもそのままに、泣いて笑ってこころで叫んで拳を挙げて、やっと生きてるってちゃんと思えた。ライブが無いとこのこころは簡単に死んでしまう。そしてそう感じているのはきっとわたし達だけではなかった筈だ。栄純さんがずっと泣きそうな顔でギターを弾いていたのを、岡峰さんが何度もファンに向かって拳を挙げていたのを、わたしは忘れない。彼らもまたずっとこの日を待ち望んでいたに違いないのだ。バックホーンとわたし達はお互いがいないと存在し得ない。それを証明するように、終盤山田将司はライブの前日に20年来の友人から貰ったラインの話をしつつこう語っていた。

「ここに来てくれてるひとや、配信を観てくれてるひとは、バックホーンのこと信じてくれてると思うから、みんなに言いたいです、大丈夫」

信頼しているひとに言われる「大丈夫」には本当に力を貰える。そんな話の後に語られた山田さんの真摯な言葉。照れ隠しだろう、おどけた様子で「大丈夫だよ」と言ったのが山田さんらしかった。あの時の気持ちをなんて言ったら良いのか分からないけど、バックホーンに対して絶対的な信頼を寄せていることが彼らにちゃんと伝わっていたのが何より嬉しかった。信じてるなんて、簡単には言えない世の中でどうしてそこまで言ってくれるのか。きっとそれは誰よりもバックホーン自身がバックホーンの音楽を信じてるからなんだろう。わたし達は信じる物が同じなのだ。こう言うと宗教みたいだけど、まぁそう思われても構わない。間違いないって言い切れる物があるのはそれだけで支えになる。言いようの無い力になる。

アンコールで松田さんは解禁前の情報にも関わらず5月にまたツアーを開催することを発表。新しい約束を交してくれた。そして、嘘も偽りも恥ずかしげもなく真っ直ぐにわたし達のことを「おれ達の信頼してる皆さん」、「宝」だと言ってくれたのだ。これからも生きていかなきゃいけない。顔も名前も何処の誰かも分からない人間に向かってここまで言える優しくて強いこのひと達の為にも。わたし達がバックホーンを信じられるのは、あなた達がいつだってバックホーンでい続けてくれたからです。だから大丈夫。おこがましいかもしれないけれど、信じてくれているのならわたしは同じ言葉を彼らにもかけたい。

ステージ後方に掲げられたバックドロップに大きく描かれた手の指先にはずっと光が灯っていた。あれは希望だ。今はまだ、あまりにも儚い光ではあるかもしれないけれどこの日わたし達は何度もそこに向かって手を伸ばし続けた。

音楽文 2021年3月12日掲載


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