第1回 節目って誰が決めたの?
はじめに、連載について
今日から連載企画として「震災から10年~現在地と着地点~」と題して、震災関連のコラムや取材報告を掲載していきたい。
誰もが経験したことがない、大規模災害である東日本大震災から、丸10年が経とうとしている。私は震災発生の2011年から毎年、東北の現地まで足を運び、支援活動であったり、復興の様子を撮影・取材をしてきた。10年間通う中で、報道では伝えられていない現実を数多く見てきた。それと同時に、これからの減災対策や原発についての在り方、まちづくりに対しての自分なりの意見がまとまってきた。
そこで今日から約2週間の間、1日~2日おきに1本のペースで、震災から10年を通して言いたいことや皆さんで共有してもらいたい現状を中心に、私なりの意見を交えて伝えていきたい。ぜひ少しでも参考にしていただけたら。
関係ない人だから言えること
第1回目は「節目って誰が決めたの?」というタイトルで綴っていく。
東日本大震災が発生したのは2011年。今年は2021年だから、発生から丸10年というのは容易にわかるはず。日常生活の中で、5年、10年、15年といった年数は、キリがよく節目として度々使ってきた、使っている場面を見たという方は多いのでは。例えば、「○○さんが芸能界デビューから丸10年」といった場面で使うのは、本人にとっても嬉しいことだろうし、ファンにとっても喜ばしいことだから適切な使い方だと思う。
しかし、時と場合によっては、節目という言葉が人を傷つけてしまうこともある。その一つがまさに、震災など災害面だ。マスメディアでは度々「5年という節目」や「震災から10年、節目の年」という言葉を、よく耳にすると感じる。
今回の震災で被災していない、親戚や友人を亡くしていない方からすれば、「あぁ~もうそんな経つのか」と思うかもしれないが、現地で被災された方からすれば話は別。被災された方、親族や友人を亡くした方にとってみれば、5年、10年、30年経とうが、節目によって負った傷が癒える・消えるわけじゃない。要するに、「節目を迎えました。はい、ここで終わり。」みたいなことは存在しないのだ。もし仮に勝手に決めつける人がいたらそれは、ある意味被災者にとっての冒涜でもあるし、安易に発言してはならないと私は思う。災害に区切りは存在しない。現在進行形で進んでいるものだから。
痛みを知り分かち合う
今でも現地では、心に傷を負いながらも、一生懸命に前を向いて生活している方が多くいる。徐々に町は復興してきたとはいえど、心の復興まで進んだとは言い難い。10年前のあの日ままで止まっている方もまだまだ多い。
10年は確かにキリがよく、節目として使いやすいのは私も同意する。繰り返しにはなるが、節目という言葉は、発言する側と聞いた側両方がハッピーな気持ちになれる時は多いに使っていい。ただし、どちらかが嫌な気持ちを負う場合は慎むべき。
私も含め、今回の震災で特段被害を受けていない人達が知っておくべきことは、今でも苦しみに耐えながらも明るい未来が訪れるように、頑張っている方々がいるのを知ることではないだろうか。
そうすることで、もし被災していない方が今後、何らかの災害で被災したとき、生きる原動力になったり、人に対して優しく接することができるはず。その経験がより多くの人に継承され、心の傷を負う方が少しでも減ると推察する。
災害なんて自分には関係ないと思っても、ある日突然被災者になる可能性は十分に有り得る。継続的な支援ができるよう、他者を思いやれる心遣いができる人が増えてほしいと願うばかりだ。
サポートされた資金は、すべて取材費用に充て、質の高く共有されやすい記事を皆さまにお届けしたいと考えています。