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日経新聞メモ:食料危機、2023年に深刻に 天然ガス高騰で作れぬ副作用




食料危機、2023年に深刻に 天然ガス高騰で作れぬ副作用: 日本経済新聞 (nikkei.com)


世界の食料安全保障が新たなリスクに直面している。ウクライナ紛争の長期化によって、窒素肥料の原料であるアンモニアの生産コストが膨らみ、欧州では生産停止や減産の動きが相次ぐ。ウクライナ産の小麦などを「運べないリスク」に続き、今秋以降は肥料の供給制約と価格高騰で途上国を中心に「作れないリスク」が高まる。来年にかけて食料不安が深刻になる恐れがある。

9月20日、国連総会の首脳級演説で、グテレス国連事務総長は世界の分断への懸念を示したのに続き、こう警告した。「世界的な肥料の逼迫に緊急に対処しなければならない。今年は食料は十分にあるが、輸送に問題がある。来年の問題は食料供給そのものになるかもしれない」

化学肥料の三要素である窒素(N)・リン酸(P)・カリウム(K)は生産地が中国やインド、米国、ロシア、カナダに偏っている。インドや米国は国内消費が中心であり、世界最大の肥料輸出国がロシアだった。

肥料の価格はもともと中国やロシアによる輸出規制で2021年秋から急上昇しており、ウクライナ紛争で上昇に拍車がかかった。

世界銀行が算出する肥料の国際価格指数(10年=100)は8月に210となった。ピークの4月の255からは低下したが、前年同月の1.6倍、2年前の2.8倍の水準で高止まりが続く。





心配なのは、ロシアによる肥料の輸出規制の強化という直接的な影響に続き、今度は天然ガスの高騰が肥料の供給制約やコスト高につながる「第2ラウンド」に入りかねないことだ

9月中旬、米肥料大手CFインダストリーズは英国ビリンガムにある工場でのアンモニア生産を一時的に停止した。アンモニア生産に使う天然ガスの欧州市場価格が前年の2倍以上となり、「英国での生産は経済的ではない」と判断したため。英国内のもう一つのインス工場は昨年9月から生産を停止している。

ノルウェーに本社を置くヤラ・インターナショナルは欧州でのアンモニア生産能力の35%に供給量を絞り込んでいる。ディレクターのブレデ・ハーツェンバーグ氏は「欧州域外を含め、グローバルな製造システムを運用し、アンモニア生産を最適化する」と話す。

ほとんどの窒素肥料はアンモニアを原料とする。欧州での供給制約はグローバルな窒素肥料の逼迫につながりかねない。カリウムはロシアとベラルーシが世界市場への供給量の41%を占めており、経済制裁による調達難の思惑から価格の高止まりが続いている。



国際肥料協会(IFA)は今年度(日米欧など多くの国では22年7月~23年6月)の全世界での化学肥料の投入量が最大で前年度比7%減になると予測する。肥料コストの増加に直面した農家が肥料投入を手控える動きが広がるためだ。農業生産方法を変えずに肥料の投入を減らせば、収穫量は落ちる。IFAは窒素肥料の投入が5%減った場合、世界全体のコメの生産量は1.5%、小麦の生産量は3.1%それぞれ減少すると試算している。

IFAのアルジェベタ・クライン会長は「今年度の肥料消費の減少は次の収穫期の大幅な生産減少につながる恐れがある。より多くの人々が飢餓に直面するリスクがある」と話す。

現時点では世界のあらゆる地域で肥料の高騰が広範な収穫減少を招くとは考えにくい。米国ではより多くの肥料を必要とするトウモロコシの栽培を敬遠する動きなどはあるものの、農家の生産意欲はなお強いとされる。食料価格が高止まりしており、肥料のコストが膨らんでも、農作物の出荷価格に転嫁・吸収できるためだ。



三井物産戦略研究所の野崎由紀子主席研究員は「農家が肥料を購入できる国とその余裕がない途上国との格差が広がるだろう」と指摘する。作付け時にその多くが必要になる肥料はいわば先行投資。問題は価格高騰が続くなかで必要な量の肥料を確保する資金力があるかどうかだ。

IFAの地域別の予測でも、途上国における肥料投入の大幅な減少は明らかだ。今年度の肥料投入量は北米ではほぼ前年並みで、西欧や東アジアでは2~6%減となる。だが南アジアでは8~11%、アフリカでは14~17%の大幅な投入減が見込まれている。

もともと途上国では肥料のコストが重い。国連の調査では、北米のトウモロコシ農家にとっての肥料コストは出荷価格の10%だが、西アフリカでは56%に上る。

アフリカや中東などはウクライナ産の安価な小麦などの輸出停滞に苦しんできた。ウクライナ農務省によると、同国産の主要農作物の輸出量は2月24日のロシアの侵攻開始からの約5カ月間で約800万トンと、前年同期の1950万トンの半分以下だった。うち小麦の輸出量は約64万トンで前年の16%しか運べていない。黒海経由の小麦などの輸出停滞は輸送船を通すための海上回廊が8月に設置されてから徐々に解消しつつあるが、来年にかけては肥料投入減による収穫量の減少が食料不安を招きかねない。



食料価格の高騰は貧困層を直撃する。世帯支出に占める食料費の割合は高所得国では20%だが、貧困国では53%と高く、その分、家計の実質所得が目減りする。また途上国の農業従事者にとっては収穫量の落ち込みが農業収入や自家用食料の減少につながる恐れがある。

農業分野はウクライナ紛争に伴う肥料の供給制約、温室栽培や農業機械の燃料高騰に加え、頻発する異常気象や土壌の劣化などの問題にも直面している。脱炭素社会の実現に向けて、温暖化ガスを排出する化学肥料の効率的な利用や農業生産方法の見直しも迫られている。持続可能な農業生産と食料安全保障をいかに両立するかが問われている。

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