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8/11(日)現役競馬誌記者 今週の1鞍 中京11R 小倉記念(G3)

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ロシア文学者で大阪外国語大学名誉教授の法橋和彦氏に『月をみるケンタウルス』(未知谷)という著書がある。内容は、日刊スポーツで1977年2月26日から1979年9月29日まで隔週で掲載されていた競馬エッセーを単行本にしたものだ。

どうして40年以上前の新聞コラムが2022年に発行されたのかは、編集者が巻末の「解説」で紆余曲折のエピソードを語っているが、トウショウボーイ、テンポイントが走っていた頃の競馬が書籍として令和に蘇ったのは異例中の異例だろう。

法橋氏はロシア文学、特にトルストイの研究者で、見出しを抜粋すると<「京都記念」を観戦してトルストイのトバク心得を思う>に始まり、<サンケイ大阪杯をみて『アンナ・カレーニナ』の競馬を思う><『さつき賞』を予想してドストエーフスキイの『賭博者』を思う>などロシア文学と競馬を織り交ぜた文学的競馬論を展開していくのだが、ときには日本の文学者のほか、フランスの詩人ボードレールや、アメリカの作家ボーなど、世界各国の文豪が出てくるのだから、著者の文学的視野の広さに驚かされる。

昨年1月に逝去された目黒孝二氏は生前、藤代三郎の名義で書いた連載「馬券の真実」で<読みどころの多い書なので、別の機会にもっと克明に紹介したいが、慈味あふれるエッセー集として強くおすすめしておきたい>(「週刊Gallop」2022年8月21日号)と絶賛していた。記者も馬事文化賞候補だとひそかに期待していたが、それほど市井に知られていないのは少し残念だ。

『月をみるケンタウルス』の一篇に<中京競馬をみて「連環万馬の計を思う」>がある。日本で最初に書かれた競馬小説はなんだろうという問いから始まり、幸田露伴の話から、『宋史』の「連環万馬の計」という、たくさんの馬をつないで方陣をつくる騎馬作戦の話に変わる。そして<短い直線を走る中京競馬はかつて金の国の連環万馬の方陣をぼくによみがえらせる>(同著より引用)と、おそらく日本の一人だけの競馬観を語っているだが、平成の大改修を経た現在<短い直線に>思いを馳せることはできない。

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