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王様企画「雲の糸」稽古場レポート

11月10日、劇場では今年度のWINGCUP最初の団体、劇団白色の本番が行われている中、私は次の参加団体である王様企画の稽古場を訪れた。
本番まで1ヶ月を切った稽古場では、キャリーケースで持ち込まれたたくさんの小道具や置物で彩られた舞台の上で、観客に作品を届けるためにはどうすれば良いかを念頭に、丁寧な稽古が行われていた。

王様企画のロゴ

王様企画は、代表の菊池仁美さんによって2019年に立ち上げられた社会人劇団だ。関東でも社会人劇団に所属していた菊池さんが、引っ越してきた関西でも演劇をやりたいと思い、劇団員募集サイト「劇団員になろうよ!」で仲間を募集し、旗揚げした。日曜日の日中の稽古を基本の活動とし、既に過去5回の本公演を行なっている。
稽古場を訪れたときは、ちょうど通し前の準備といった様子だった。小道具や置物の位置、台詞を各自確認し、通し稽古へ入っていく。

「雲の糸」のチラシビジュアル

今回、王様企画が上演する「雲の糸」は、公園で暮らすホームレスと、彼の社会復帰支援活動を通じて自身も社会との繋がりを取り戻そうとする女性を中心に、彼らを取り巻く周りの人々との関係を描いた会話劇だ。ホームレスの彼は一見するとぶっきらぼうだが、その鋭く光る目の奥に、知性と、優しさを湛えている。そんな彼を支援する彼女は、不器用だが真摯に彼と向き合おうとしている。そんな二人の歪だがどこか見守っていたくなるような依存関係は、ある事件をきっかけに突如、断ち切られてしまう。周りの人間たちは、事件を自分の都合の良いように利用しようと画策し始める。

稽古の様子

90分弱の通し稽古は、時折台詞が詰まる瞬間などもあったが、音響や照明、舞台の仕掛けといった劇場で入るであろう効果のきっかけも口頭で伝えられ、スムーズに進んだ。本番の1ヶ月前にこれだけのクオリティの通し稽古が行われていることに、普段本番1ヶ月前ではまだ脚本も最後まで書き上がっているか怪しい私はとても驚き、劇場での上演への期待が非常に高まった。

通し稽古終了後は、15分程度の休憩をとり、その間に服を衣装から私服に着替え、稽古場を片付けて、返し稽古となった。演出の菊池さんが、気になったことや気づいたことを共有していく。菊池さんの返しの方法は、俳優に演技の意図を確認し、その上で演出としての意図を伝えたり、演技プランの提案や修正を行うというスタイルで、そこに他の俳優からの提案なども行われて、非常に和気藹々と、みんなで演劇を創ることを楽しんでいるという様子だった。
題材こそ、社会の不可視化されている部分や、人間の見たくないような側面を描こうというものだが、社会派の気取った作品といった感じは全くなく、「舞台上の痛々しい空気感を共有したい」「この台詞の意味は伝わっているだろうか」と、ちゃんと観客に作品が届くように、開かれたものとして作品を作ろうとしているのが印象的だった。

返し稽古の様子

そして稽古の様子を見る中でもう一つ印象的だったのが、自分たちが社会人劇団として、限られた時間、限られた体力の中で、いかに作品をより良いものにできるかについてとても考え工夫しているということだった。次に集まって稽古できる1週間後までに、各自自分の時間の中で何ができるのか、何をするべきなのかを話しあったり、また、現状の90分の通し稽古をした後の疲れ具合を見て、「スタミナの上限値を増やそう」と、ランニングといった基礎体力の向上を目的としたトレーニングを提案したり、通し稽古の後は、動いての稽古はしないなど、様々な工夫が見られた。
自分たちが持続できる形で、演劇を創ろう、良いものを観客にお届けしようという姿に、王様企画という団体の持つ優しさを感じ、それは今回の作品にも少なからず滲み出ている様に思った。

稽古後、菊池さんとお話しさせていただいた。菊池さんは私に作品の感想を尋ねる以外にも、演出や演技の方法について様々なことを聞いてきた。「こういった状況の俳優にはどのようにアプローチすれば良いか」といった、具体的な問いを立て、演出家として手札を増やしていきたい、俳優に応えられる演出になりたいという菊池さんの姿勢に、主宰兼演出として団体を引っ張っていこうという気概を感じた。母体の団体があるのではなく、インターネットの劇団員募集のページを見てという人が大半の団体だからこそ、持続できる形での活動や、俳優へのアプローチといったことを模索しているのではないだろうか。

「雲の糸」は、そのタイトルから連想される芥川龍之介の「蜘蛛の糸」とは、物語上のつながりはない。しかし、芥川が描いた、社会から外れた人間に垂らされた救いの蜘蛛の糸は、この作品の中で、もっとより不確かで実体のない、絡まりあった無数の雲の糸のなかに包み込まれているようにも思え、私たちに問いを投げかけている。王様企画という、演劇でつながり、そしてそのつながりを大切にしようと模索している団体だからこその作品に、なっているのではないだろうか。是非、劇場で、目撃していただきたい。

文:泉宗良

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