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Lyricon-1研究 その1

ウィンドシンセサイザーの始祖である初代Computone Lyricon (いわゆるLyricon-1)お借りする機会をいただきましたので自分なりに触ってコントローラーや音源の音色変化について調べてみました。youtubeに動画版もUPしてありますのであわせて見ていただくと、よりLyricon-1について理解できるかと思います。


はじめに

 世界初の市販ウィンドシンセが1974年発売、Computone社のLyriconです(※1)。後に第2世代のLyricon-2,音源を内蔵しないLyricon-Driverが出たため混同しないようにLyricon-1と呼ばれることがあり、本稿でもLyricon-1と記述しますが、正式名称はシンプルに「Lyricon」であり、逆にLyriconと言えば正しくはLyricon-1だけのことを指します。

(※1:参考文献↓)

 半世紀前の機器であり、きちんと動作する個体は世界でも少ないと思われます。今回ウィンドシンセ仲間であるMasaaki Tanaka様より所蔵の貴重なメンテナンスされたLyricon-1をお借りする機会をいただきましたので、ハードシンセ・ソフトシンセの開発・研究経験の無い私では考察に限界があるという自覚はありますが、自分にできるかぎり触って調べてみましたのでまとめました。詳しい方のご意見、間違いの指摘等いただければ幸いです。この機会をいただいたMasaaki Tanaka様に心より感謝いたします

さて、まずひととおり触ってみて痛感したのが

■こんな音程も動作も不安定で毎日レベルでメンテナンスが必要な楽器は自分でその場でメンテできる知識と腕が無いと本番運用は無理!!!!
■音源設定のスイートスポットが狭く、設定を間違えるとノイズまたは音が鳴らない、という設定領域が多すぎる
■これらから今現在の状況においてLyricon-1をこのまま運用すること、また動作をそのまま完全再現するようなエミュレートハードシンセやソフトシンセを作っても非常に使いにくくて非実用的

と思いました。とはいえですね、私がLyricon-1での最高の演奏のひとつと思っているのが、Billy Cobham バンドでのMichael Urbanik氏のこちらのライブ作品中での演奏で、

特に「Flight Time」(↓動画)の演奏なのですが、


アタックの音色の変わり方とか、ブレスでの音色変化の具合とかが複雑かつ独特で、それがフルート的演奏表現とよく合っていて、でもフルートの音色では無くて電子音で、もしフルートで演奏したらまた全然違う雰囲気のサウンドになってしまい、これぞウィンドシンセの存在意義と言えるようなオンリーワンな音色と演奏と思っていて大好きなのですが、これを自分の持っているいろいろなコントローラーとシンセの組み合わせで、自分の知識の範囲で設定も工夫していろいろ試してみたのですがどうしてもうまくいかなかったのですね。

ところが今回お借りしたLyricon-1で、マニュアルに書いてあった初期設定を吹きながらツマミをなんとなくテキトウにあれこれ動かしたら、すんなりと、かなり近いニュアンスの表現が出来まして、なるほどこれがLyricon-1か!と感動しました。

しかし前述の通りLyricon-1を運用するのは現実的で無いため、現在普通に使えるウィンドコントローラーとシンセサイザーでこのなんとかこのサウンドと音色変化を再現できるようにしたい!と思いまして、これを達成するにはまずはLyricon-1がどういう仕組みになっているか、コントローラーでどういう音色変化をするか把握しないといけないだろう、というモチベーションで調べてみました。

Lyricon-1基本情報

まずは基本情報。日本語基本情報は次の2つ。世界的に見てもおおよそこれでLyricon-1の重要情報は網羅していると思います。pdfで取り扱い説明書(Lyricon Owner's Manual)も入手することができます。本稿の内容もこれら記載の情報を参考にさせていただいております。貴重な情報をまとめてくださっている皆様に感謝いたします。

英語情報。

Lyrivon-1 パネルに記されている Patent No.

ちなみにリリコン特許:US3767833(下記リンク)、Cited byのところをみると、日本楽器製造(旧YAMAHA)がLyricon-1発売前の1973年にこの特許を引用して出願していたり、CASIOの名前もあったりして、詳しく見ていくと面白そうですね。当時の開発者さんのお話とか伺ってみたい。

これらサイトにもあるLyricon-1のスペックをざっくりまとめますと、
コントローラーと、そのケースを兼ねた専用音源をまとめてLyricon(本稿ではLyricon-1)と呼びます。MIDI規格制定以前の時代であり当然MIDI端子は無く、CV入出力も無い。入力は専用コントローラーだけ、出力は専用音源からのモノラルオーディオ端子一つだけ。音源はモノラル発音でmoogやOberheimのような現在主流の減算方式のアナログシンセサイザーではなく、加算合成式のアナログシンセサイザー。慣れていないこともあり非常にとっつきにくい。ツマミの設定可能範囲が広くて、どこか一部の設定が悪いと全く発音しないし、逆に発振して急にピー!!!という大音量を発したりと、いったいどこから触って良いものか、皆目見当がつかない代物であります。
とにかく上記参考サイトと、そこで公開されている取り扱い説明書を読み込みます。独特の用語が多くなかなか大変。

コントローラー外観・概要・感想

 詳細は上記参考サイトの通りですが、私所有の各種コントローラーと並べてみたのが下の写真。う〜ん、やはり存在感が違う!

上からソプラノサックス、Lyricon-1、MWiC円筒形、WX5、EWIUSB、EWI1000、NuRAD(短縮改造版) Bisキーの位置をあわせて並べています。

マウスピースと左手キーの距離や左手キーの間隔はソプラノサックスと同等ですが、左手キーと右手キーの間が詰まっているの点はフルートやクラリネットに近く、ソプラノサックスや後続の他のコントローラーと異なる点ですね。この始祖の時点で「右手小指キーが3つ」あるのも興味深いところ。
キー部分を拡大すると下図の通りですが、右手用のサイドキー①は、物理的に②のキーと連動していて、①を押すと②も押された状態になります。左手Bisキーの形状も個性的ですが操作はしやすいです。

Lyricon-1 キー部分

下部から出ているケーブルを音源部分に接続します。最下部にはツバ抜きの穴があいています。ケーブルが本体最下部からではなく途中から出ていることと、下端部径が少し細く絞られているののがLyricon-1の特徴で、映像作品等で後継のLyricon-2およびLyricon-driverと見分けるときはここを見るとわかりやすいです(後継機は最下部からケーブルが出ている)

Lyricon-1 コントローラー下部

Lyricon-1のコンセプト(マニュアルより)

 Lyricon-1のマニュアルの冒頭”イントロダクション”では
「古典的な木管楽器、弦楽器、金管楽器、または打楽器のと同じ動作原理に基づいて電子的にサウンドを生成する」とありまして、既存のシンセサイザーを生楽器のようにコントロールする設計ではなく、木管楽器の原理で電子音をシンセサイズする設計であることがわかります。サウンドの要素として
・LOUDNESS=音量
・PITCH=音程
・TIMBRE=音色(管楽器奏者はそれをアンブシュアでコントロールする)
・ATTACKとDECAY=音量音程音色の時間的変化
をあげており、生の管楽器は演奏者がこれらを繊細かつ瞬時にコントロールできることから一般的な鍵盤型シンセサイザーより表現豊かになる、と書かれています。つまりLyricon-1は管楽器のように表現豊かな演奏を目指した電子楽器であると解釈できます。

以下、各種資料・マニュアルと、今回自分でいじって音作りをした経験をもとに解説していきますが私自身はシンセサイザー設計や電子回路については全くの素人ですので認識が間違っているところもあるかとと思います。誤りがありましたらコメント等でご指摘いただければ大変うれしいです。

動画による解説

解説するにあたり、さすがに音を確認しながらでないとわかりにくいと思いましたので、私としては初めて音声入り解説動画をつくってみました。動画を見ながら本稿を確認いただくと理解しやすいかと思います。また動画で言い忘れてしまったことも本稿で補足しています。

https://www.youtube.com/watch?v=tPeXwNqFBGg

音源部分パラメーター解説

Lyricon-1の音源の構成

---動画4:30〜---
音源構成のブロック図を探しましたがWEBでは見つかりませんでしたので、以下は私の解釈となります。まず現代主流の減算式アナログシンセの音の流れは非常にざっくり言うと次の①→②→③の順となりますが、

 ①オシレーター(VCO):音と音程を生成
 ②フィルター(VCF):音色を変更
 ③アンプ(VCA):音量を変更して出力

Lyricon-1は「加算合成式」シンセではありますが、実際に触ってみた感想としては①のオシレーター部分が「加算合成式で音を作る」仕組みになっているだけで、①→②→③の流れは同じであると思いました。

私の聴感上の判断ですが、Lyricon-1では②の部分は
・レゾナンスをかけたローパスまたはバンドパスフィルター
・波形幅の変更(PWM, Pulse Width Modulation的)
を併用し、ツマミによる初期値設定、タンギング時のエンベローブ変化・バイトセンサーによるコントロールでその効き方を変えて音色を変えているように聴こえました(少なくとも現在一般的なアナログシンセで同じような音色変化をさせたいのなら、そのパラメーターが近いかなと)。
また③は初期値設定および、息の強さで音量をコントロールします。ざっくりまとめると
Lyricon-1の音の流れ(①→②→③)
 ①オシレーター(VCO):加算合成式。音程はkey, tuning, rangeで設定。
 ②音色の加工:レゾナンスをかけたフィルターとPWMで音を加工する。
 ③アンプ(VCA):息で音量をコントロール
となります。以下、それぞれのパラメーターについて説明していきます。

basic overtones

Lyricon-1のVCOは3つのグループにわけて考えると理解しやすいです。「basic overtones」「wind overtones」「tone color」の3つです。その中でもbasic overtonesは、メインで使用するVCOになるかと思います。
---動画5:30〜---

Lyricon-1 コンソールのbasic overtones部分

f1〜f5は、それぞれ決まった波形が出ます。ノブの値はそれぞれの音量レベルです。下部のsustainノブをゼロにした状態では
f1は波形の形状はサイン波、ただし偶数倍音・奇数倍音も混じっています。
f2、f3、f4、f5は音色的には矩形波とサイン波の中間といった感じで、サイン波をいくつか混ぜた(または変調した)ように思えます。f1に対し、倍音成分だけそのまま少し増やしたような感じでどれも「ポー」という音色です。特にf3〜f5は波形が同一のようで、f3〜f5を同時に鳴らすと波形は変わらず、ノブを回していくと同じ波形のまま合計されて単純に音量が大きくなります。(音色・波形は、後述のrangeとfiltersの設定値の影響を受けます)

sustainを上げると、f1〜f5の間で異なる音色となります。
マニュアルには「sustainで特定の倍音の強度を高めることにより音色の個性に様々な変化を得ることができる」とあり、また「sustainを2以上に設定すると運指や息の量にかかわらず、特に高音域の音になるほど発振する。特別な理由が無い限り2よりあげないこと」とも記述されています。
発振するとハウリングのような「ブ―」または「ピー」という大音量を発します(機材や耳を痛める恐れアリ)ます。更にsustainを上げていくと音程が下がっていきます。挙動や名前から推測して、高音域の特定の倍音をレゾナンスやフィードバックで強めているように推測します。ツマミを上げるとその倍音がハウリングして発振するような感じです。

発振しない程度にsustainを上げていくと強調する倍音が異なること由来でf1〜f5がそれぞれ独特の音色に色付けされていきます。f1、f2のsustainをギリギリ近くまで上げると中低域がハウリングする一歩手前のボワンとした共鳴感、f3のsustainを上げると中音域の、f4、f5のsustainを上げると高音域の金属感やシャリシャリ感が付加されます。f5は発振ギリギリ狙いが割と使いやすい印象をうけました。音色もショートディレイエフェクトでフィードバック多めにかけている感じにも近い効果が得られる場合があります。
また「どこから発振し始めるか」は、高音域ほど発振しやすくなり、かつ後述のmouthpiece controlのtimbre、reed overtones、wind dynamicsのfilter attack、timbre attackの設定の影響も受けます(それらは倍音を強調するものなので、それを使うとより発振しやすくなる)。

なおrangeがmiddle、lowのとき、およびfilterの設定によっては発振しないとマニュアルP14に記載があるが、極端に大音量の発振はしないようだが発振そのものはする。

いままで触った印象では、何をやっても発振しない範囲でsustainを高めに設定し、バイトセンサーとアタックで倍音を強調したときにsutainの効果が高まって特徴的に音色が変わる、というのを利用することがLyricon-1独特の音色・演奏のポイントかも、と思いました。サックスで言えばタンギングとアンブシュアコントロールに相当するもので、サックスのファズやグロウルっぽい荒々しい音がコントロールでき、またギターのワウエフェクトのような感じにもできます。前述したMichael Urbaniakの「Flight Time」の音色と演奏もこの辺の設定を利用しているように思います。

また、f1のsustainは後述する wind overtonesのw1〜w4のsustainも兼ねており、w1〜w4を発振させる機能も持っています。f1ノブをゼロにしておけばf1の音は出ず、f1 sustainをw1〜w4の発振のためだけのモジュレータとして使用できます。f2〜f4のsustainはw1〜w4 には影響を与えません。w1〜w4の発振少し前の音色は倍音たっぷりの歪んだ音で、ディストーションギターみたいな感じでなかなか良い感じです。サイン波中心でおとなしい音の印象のLyricon-1ですが、こんな音も出るのか!という感じ

in/outスイッチは、basic overtonesの音の有効/無効の切り替えスイッチです。inがONで、outがOFF(音が出ない)です。basic overtonesセクションの音だけを瞬時にOFFにしたいときには便利です。なお、out(OFF)にしていても「f1のsustainがwind overtonesのsutainとして働く機能」は有効のままです。

wind overtones, mixer

---動画10:26〜---
VCOとしての「basic overtonesグループ」と「wind overtonesグループ」の音量バランスをとるのがmixerと考えると理解しやすいかと思います。左いっぱいに回すとbasic overtonesの音だけ、右いっぱいに回すとwind overtonesの音だけ、中間では両者のmixになります。

Lyricon-1 コンソールのwind overtones, tone color, mixer部分

w1、w2、w3、w4はそれぞれ個別の波形を持つオシレーターで、倍音構成が少し異なります。ノブを回していくと音量が大きくなります。w1に対しw2はオクターブ上、w1に対し5度上(Cに対しG)の倍音成分を増やしたのがw3、w2の高音域の倍音を増やしたのがw4。波形的にはどれもサイン波系に見えます。w1は上写真左下の黒いノブの、下側の三角形の部分です。

w.o.gainはw2,w3,w4の音量をまとめて調節します。w1の音量には影響しません。左下黒いノブの上側の部分です。これを上げると、w1〜w4の波形はちょっと変形します。モジュレーションというよりはゲインで歪んでいるとかそういう感じかも。wind overtonesのw1〜w4合計の音量は後述のrangeとfilters設定の選択によってはw.o.gainを目一杯あげたとしてもbasic overtonesに比べてかなり小さくなります。音量が小さい組み合わせの場合は最終的な音への影響は無いと考えても良いと思いますので、音量が大きい組み合わせのときに活用することになります。
wind overtonesの音量が大きい、rangeとfiltersの組み合わせ
・range midでfiltersがhi
・range loでfiltersがmidまたはhi
※ range hiではfiltersに関わらず音量小さく音色への影響が無い、つまりはwind overtonesは中低音域のブラス系音色を作りたいとき有効ですが木管系音色ではwind overtonesは使わないことも多いと推測します。

また重要事項として、wind  overtonesグループはレガートでの演奏ができません(次のtone colorでまとめて記述)

tone color

---動画15:43〜---
「tone color」は「basic overtonesグループ」と「wind overtonesグループ」に次ぐ第三のVCOグループと考えるとわかりやすいです。tone colorのthresholdとcontentは、マニュアルには「thresholdを高めに設定(7〜max)したうえでcontentを少しづつ上げていき、音に明るいエッジを付加する」と書いてあります。両方とも音量コントロールのみでノブを上げていっても音色や波形は変化しません。高音域まで強く倍音を持った「ビャ―」という明るい音色です。mixerノブの位置にかかわらず音が出ますので、basic overtonesおよびwind overtonesと独立したVCOと考えると理解しやすいと思います。また後述range,filters,reed overtones, filter attackの設定を変えてもtone colorグループの音色には影響がありません。(timberとtimber attackは影響あり)音色を明るくしたいときにtone colorを少しプラスする、のがわかりやすい使い方になります。

重要事項として、tone colorと、前述のwind overtoneグループは、「レガートで演奏できない」特徴があります。現代シンセの挙動に例えると「ポリ発音のアナログシンセをウィンドシンセでスラーで演奏した」ような感じで、タンギングせずレガートで運指だけしても、音に切れ目が入ります。ただしいわゆる「マルチトリガー」的な挙動ではないので、後述のwind dynamicsで設定したアタックによる音色変化は運指だけではトリガーがかかりません(つまり現代シンセにおけるマルチトリガーではなく、ポリモードでレガート運指したときの発音挙動に類似しています)
これはGATEがない設計のなかで音の切れ目を明確にしたい場合のために準備されたものと思われます。金管楽器やギターなど粒立ちがはっきりした楽器のサウンドを狙うときに活用できます。
レガートで演奏したいときはbasic overtonesをメインで使いますがtone colorやwind overtonesを控えめにmixすればレガートのまま適度に弱いアタックがあるという音色にすることもできます。

key、tuning、range

---動画18:36〜---

Lyricon-1 コンソールの key, range部分

keyはいわゆるトランスポーズです。Cで実音Cにチューニングした場合、Ebにすると実音Ebの音が出ます。

tuningは音程の微調整に仕様します。無段階変化で0〜maxの間でおおよそ半音4つぶん調節できます。keyと組み合わせれば12keyのトランスポーズに対応できます。

rangeはそれぞれ1オクターブずつ変わりますが、filterノブの位置との組み合わせによりオクターブだけでなく音色も少し変わります。
コントローラー側の音域が3オクターブなので、低音楽器(ベース、チューバ等)はlo、テナーサックス〜ソプラノサックス、フルートはmid、ピッコロはhiという感じで、使いたい音域にあわせてrangeを変えることになります。
つまりrangeがhiのときの音色を低音楽器では使えないということが起こり得ますが、まあ実際にはそんなことを気にしながら使う人はいないでしょうし、低音から高音まで音色が変わらないという生楽器は存在しないので、演奏者目線では「オクターブ変えたら音色もちょっと変わることがある」と理解しておけば良いでしょう。

filters

---動画23:11〜---
ですが、現在主流のアナログシンセのローパスフィルターとは効き方が異なるのですが、moog型アナログシンセをイメージしての私の聴感上は、レゾナンスをそれなりにかけたローパスフィルターまたはバンドパスフィルターの開閉を、hi/mig/loの三段階で変えているように聴こえました。そこそこローパスorバンドパスフィルターが閉じたまろやかな音になるのがLo、全開なのがhi、midはその中間。

なお、現代においてアナログシンセをブレス・コントロールする時の常套手段である「ローパスフィルターのカットオフをブレス・コントロールする」というパラメーターはLyricon-1にはありません。生楽器の音色変化を考えると、息が弱い時に極端に音が高音域のみ削られる(ローパスフィルターが閉じる)ような変化は確かにしないので、生楽器を電子的に生成するというコンセプトとしてはローパスフィルターカットオフのブレスコントロールをしないのは正しいのですが、現代ウィンドシンセの常識と照らし合わせると少しカルチャーショックでもあります。

rangeとfiltersの組み合わせによっては音量とreed overtones/filter attackの効果が小さくなるため、マニュアルP10ではrange値に対しfilter値を同等以上にすることが推奨されています。つまり
range hi なら filter hi
range mid なら filter mid または hi 
range lo なら filter hi または mid または lo
です。これ以外の組み合わせでも音は出ますが音量が小さめであったり特に特徴的な音色になるわけでもなくわざわざ選択する意味も薄いと思います。

mouthpiece control

---動画24:40〜---
マウスピースを噛んだときの音色変化の挙動と、息を入れた時の音量閾値の設定項目です。

Lyricon-1 コンソールのmouthpiece control部分

wind threshold は、息を吹き込んでいった時に発音し始める閾値(threshold)の設定です。この個体の場合、4以上にすると吹いていなくても大きな音が鳴り出します。私の場合は0だと息がキツイので、3にするとちょうど良い感じです。3に設定し息を入れると音が鳴り出し、息の強さにしたがって音量が大きくなります。聴感上は音量のみ変化しており、音色は変化しないようです。このノブの設定はin/outスイッチの影響を受けず、常に有効になっています。
なお、wind thresholdをゼロにしても、よく聞くと、ごくごく小さい音でその運指の音が鳴っていますがこれは異常ではなく、そういう仕様であるものと思われます。モジュラーシンセで言うところのGATEが常に開いた状態(回路として常に音を出している状態)で、ブレスでその音量をコントロールしているという状態です。ですので一般的な鍵盤アナログシンセにおいてADSRのアタックをゼロにした設定で打鍵すたときに発生する「パツッ」というクリック音が発生するということはありません(つまり、ウィンドシンセでのいわゆる「パツパツ音」は発生しない)。かわりに、演奏していないときもごくごくわずか、音漏れはしているということにはなります。
また、この設定を音が聞こえにギリギリの値(この個体の場合3.5)に設定していると、特に後述するtimbre attackをプラスにしている場合、それ由来のADSRのリリース的な音が目立って残って聴こえてしまうの、ギリギリでは無く少し余裕をもった小さめの値にしたほうが良いでしょう。

sens adj rangeノブの隣にあるsens adj はブレスセンサーの感度に相当します。マイナスドライバーで調節します。右に回すと感度が上がって、少ない息で大きな音量になるようになります。ブレス感度関連では初期設定としてwind dynamicsセクションのところにあるzero balの調整も行う必要があります。この個体だと13時くらいがちょうど良い所で、下げすぎても上げすぎても良くない(吹かなくても発音してしまう)です。最初に1度調整したらその後は触れないところです。

glissando(グリッサンド) ---動画27:03〜---
現代風に言えばリップベンドの幅です。フルに回すとおおよそ半音19個分音程が下がります(この個体の場合)。リードを噛んでカンチレバーを押すと、音程が上がります。ここの設定では、音程は変わりますが音色は変わりません。あまり幅広くしても音程を安定させるのが難しいので半音くらいにしておくのが無難でしょう。マニュアルには「ビブラートを得たいなら1/4音〜半音の幅で良い」、と書いてあります。マウスピース内のカンチレバーの調整具合も影響しますが、アップベンド側もリップベンドで得たい場合はアンブシュアを非常に厳密に一定にする必要があり、とてつもなく難しいので、現実的には「リップでダウンベンドはするが、アップはしない(=ダウンオンリー)」の設定にするのが現実的ですし、実機を実際に吹いてみてそれを実感しました。

reed overtones ---動画28:53〜---
ツマミを大きくしていくとワウワウエフェクト的なミョーンという音色変化をします。レゾナンスをかけたローパスまたはバンドパスフィルタのカットオフを動かしている時のような音色変化です。リードを噛むとこもった音(フィルターが閉じている)、噛むのを緩めるとミョーンとしながら音が明るくなります(フィルターが開く)。
前述のbasic overtoneセクションの各sustainを上げた音色に対しては、reed overtonesを動かすとかなり音色が変わり、sustainの値が高めの場合は特定の倍音だけ発振したりします。

timbre
(ティンバー(音色)) ---動画32:09〜---
ツマミを上げていくと倍音構成が変わります。音程は変わりません。高音成分が増えて音量も少し大きくなります。聴感上はPulse width modulation(PWM)で50%パルス波(ポー)がツマミを上げるにしたがって90%パルス波(ビー)になるような音色変化です。オシロスコープ上はパルス波ではないのですが、現代のシンセで再現するのであれば「波形の幅を変える」ような設定があればそれを利用すると似た効果が得られるように思います。
初期の音色は変わるのですが、今回使用したLyricon-1の個体では、マウスピースを噛んでも音色は変わりませんでした(この個体だけなのか、Lyricon-1共通の仕様なのかは不明)

リードを噛む/緩める動きによってglissandoでは音程によるビブラート、reed overtonesでは音色によるビブラートがかけられるわけですが、このLyricon-1の個体では、音程のビブラートはかけにくく、音色のビブラートのほうがかけやすいです。「バイトセンサーによって音程だけでなく音色を変える」のはLyricon-1をシミュレーションする場合の有効なアイデアのひとつかと思いました。glissando、reed overtones、timbreをいずれも一定以上上げると、リートを噛むのを緩めると噛むのを緩めると「ビー」という高音域が増えた音になり、かつglissandoで音程が下がります。サックスでアンブシュアを過度に緩めると音程が下がりつつ「ビャー」という倍音たくさんの音色になりますのでサックスのアンブシュアと音色変化の関係をうまく再現していると言えるかもしれません。

in/outスイッチは、wind threshold以外のノブの有効/無効の切り替えスイッチです。inがONで、outがOFF(マウスピースを噛んでも変化が起きない)となります。ただしtimbreはoutにしていても初期音色は変わります(噛んでも音色は変わらない)。演奏時は基本的にinで使用しますが、不具合を特定したい時などバイトセンサーを瞬時に無効にしたいときなどに活用すると便利です。

wind dynamics

息を吹き込んだ時、止めた時、およびタンギングをした時の音量・音色変化と、ポルタメント(グライド)の設定セクションです。

Lyricon-1 音源パネルwind dynamics部分

filter attack ---動画34:45〜---
息を吹き込んだとき、およびタンギングしたとき、さらにタンギング無しで息だけで強いアクセントをつけた時に、音の出だし(アタック)に音色の時間的変化をつける項目で、音色の変化としては前述の「reed overtone」と同じ音色変化をします(reed overtoneツマミを手で回した時の音色変化と同一なのでわかります)。ツマミの値を上げるほど、現代アナログシンセで言うところのエンベローブのADSRの「AttackとDelayが長い」という変化をします。ツマミの値が大きいと「みぃょーーん」、値が小さいと「みょん」という音色変化。
マニュアルP10には「Wah-Wah(ワウワウ)効果をつける時に使用とありましてf1のSustainを3.5 以上に最初高音が鳴り、そのあと普通の音になる、とあります。range=lo、Filter=highにすると効果がわかりやすいです。
なお、「タンギング無しで息だけで強いアクセントをつけた時にもfilter attackのトリガーがかかる」という点は、現代の通常のシンセサイザーと異なるLyricon-1の特異的な挙動ですね。上手に設定すると息の強さによる音色変化に繋げられるかもしれません。

timbre attack   ---動画37:20〜---
は息を吹き込んだとき、およびタンギングしたとき、タンギング無しで息だけで強いアクセントをつけた時、さらに息を吹くのをやめた時(タンギングして止めた時とタンギング無しで止めた時両方)に音色の時間的変化をつける項目で、音色の変化としては前述のmouthpiece controlの「timbre」と同じ音色変化をします(timbreツマミを手で回した時の音色変化と同一なのでわかります)。ツマミの値を上げるほど、現代アナログシンセにおけるエンベローブのADSRの「AとDが長い」という変化をします。(このあたりの挙動は前述filter attackと同じ)

timbre attackの大きな特徴は吹くのをやめた時、およびタンギングで音を止めたり気にもトリガーがかかる点で、これも現代シンセではなかなか設定できるものが少ない仕様だと思いますが、生管楽器の場合の「アタックをつけながら音を止める」効果を出すことができます。また前述したwind thresholdを無音ギリギリのところにしていると、余韻が少し残ります(これはちょっと不自然なのであまり効果的には使えないかも)。音色への影響がfilter attackと少し異なるので、両方あわせると吹き始め、終わり、息によるアクセント、タンギング時に結構複雑な音色変化が得られます。

filter attackとtimber attackを前述のmouthpiece controlとあわせて程よく設定すると息やタンギングの吹き分け(スタッカート、アクセント、レガートタンギングその他)へうまく追従してくれます。 ---動画42:50〜---
ジャズの高速ビバップフレーズでレガートとタンギングを織り交ぜて吹いてもきちんと追従してくれますしアマチュアサックス吹きである私としてもサックスと比較して全く違和感の無い反応(レガートとタンギングの差が違和感のない音色変化でできる)をしてくれます。両方ゼロにしておいて、曲を吹きながらその曲のフレーズのアタック、アーティキュレーションにあうように少しずつ上げていく、という感じの調整方法が良いかなあと思いました。

portamento ---動画44:30〜---
いわゆるグライドで、音と音のつなぎめの音程変化を滑らかにします。音色の影響はありません。グライドタイムは長くなく、最大値に設定してもオクターブ移動でやっとポルタメントっぽくなる程度です。タンギングすると前の音からはポルタメントしません。が、結構しっかりタンギングしないとだめで、ハーフタンギング程度ではポルタメントがかかります。

loudnessは単純に音量、Lyricon-1出力の最終的な音量調節です。息の量やアタックや時間変化には関係ありません。説明書には4〜5に設定すること、それ以上にするとアンプが歪む場合ありと書いてありますが、ミキサーに繋いでいる限りは最大値に設定しても特に歪は感じませんでした。

Lyricon-1の調整やメンテナンス

日常的に最も気になる点は、音程の不安定さです。良く言われるのが、使用場所の電圧や温度の影響。ライブ会場で電圧が変動したり、照明があたって温度が変わると音程がずれる、という現象は良く耳にします。今回私は自室だけで使用していたのでその点は大きな問題はありませんでしたが、使用して温まるにつれて少しずつ音程が変わってしまうことは普通にありましたので、定期的にチューナーを確認しながらtuningのノブでチューニングする必要があります。
その他で問題となるのは、湿気や手汗、唾液等の水分が、運指キーの接点にかかってしまうと(電気抵抗が変わるので)音程が大幅にずれてしまう点です。動画収録中にも一度発生しました(動画40:40〜)。幸いこの時はオクターブキーの接点にクロスを挟んで水分を除去することで復活しましたが、簡単に拭き取れないところに付着してしまうと数時間、自然乾燥させる等の措置が必要になります。
また全ての運指、オクターブ切り替え、keyの切り替えを行っても正しい音程になるようにコントローラーとコンソール内部の電気抵抗等の調整が定期的に必要です(動画19:48〜)。今回お借りした個体は全体的にはとても安定した状態のものでしたが、一番上のオクターブキーを押した運指の音については音程が低い状態で、調整が必要と言える状態でした。残念ながら私自身にはこれを調整する知識が無いのですがLyricon-1を継続運用するには、音程調整を自分で行える知識と経験が必要になってくると思います。

音色設定

マニュアル記載の初期設定

リリコンは「これがリリコン」という音は無い、自分で独自の音を作る楽器てあるとマニュアルに書いてあります。とは言えスタート点くらいは示すべきということでしょう、Lyricon-1 マニュアルP9には「initial setup」として音色のパラーメーターが記載されています。設定は下写真の通りです(sens adjとzero balの設定は個体差と演奏者の差が大きいためマニュアルを良く読んで設定する必要があります)。

マニュアル記載の初期設定(クリックで拡大)

実際にこれを吹くと、クラリネットっぽい素朴な音が出ます(動画冒頭0:25〜)。これをベースにして、ノブをグリグリ動かしていって音色を変えていきます

音色アイデアいろいろ

・timbreを4以上、tone cororを適度に追加すると音にエッジが出る
・rangeとfilterをloにかえてみるとベースサウンド
・f1とsustainを増やすとサウンドに太さが追加される
・timber attackとtone color併用すると、アタックの度にPWM的なジュワっとした効果が得られる。
・Filter atackをあげるとタンギングのたびにワウワウ効果。f2のサスティンを3〜4にすると効果が結構かわるが高音域ではの発振に気をつける
・(マニュアルに記載されているテクニックですが)range mid、filter loにして、timbre をmax、timbre attackをmax付近にして生楽器同様の演奏技法として喉でグロウル奏法をすると、ブレスセンサーの反応によってハーモニクスが出る
・(マニュアルP25の「Parallel Chords」という音色の設定に記載されているテクニックですが)f1〜f5のいくつかのsustainをあげて発振させた音で和音をつくる。tone colorを上げて旋律音とし、和音と重ねた演奏をする(例:動画8:45〜

現代の機材でLyricon-1のニュアンスを出すには?

とりあえず上記のLyricon-1の音色変化の仕様を、現在よくあるシンセサイザーで再現するアイデアを列挙してみます。

【波形(VCO)】「ポー」という音のイメージで、何らかの方法で近い音をつくる。サイン波、三角波、パルス波の組み合わせ等? 可能であればwindovertones、tone color用にレガートモードで無い音をレイヤーする。

【音の立ち上がり】GATEが無いので音の出だしのパツパツ感は全く無く、EWIシリーズに比べると「音の立ち上がりが柔らか、悪く言えば遅い」状態。エンベローブのアタックを少し遅くしたり、ブレス反応のスムージングを大きめにしたりして音の立ち上がりをやや鈍くするとLyricon-1感が増す。

【rangeとfiltersの組み合わせの再現】レゾナンスを「ミョン」という音色変化が明確に出る程度にかけながら、ローパスまたはバンドパスフィルターを適度に設定する(全開や全閉ではない)

【glissandoの再現】Wind MIDI Controllerのベンドセンサーでピッチベンド信号等で音程変化。ダウンオンリーのリップベンドができるコントローラーが望ましい。(WX、AE、MWiC)

【timbreの再現】シンセ音源のPWM機能、または波形幅の変更ができる機能を使う。

【reed overtoneの再現】
ベンドセンサーのMIDI信号でレゾナンスをかけたローパスまたはバンドパスフィルターのカットオフを一定範囲(結構狭い範囲)で動かす

【filter attackの再現】ADSRのAとDで、レゾナンスをかけたローパスまたはバンドパスフィルターのカットオフを一定範囲(結構狭い範囲)で動かす。(息を強くしたときにトリガーする挙動はかなり設定が難しいのであきらめる。かわりにブレスでフィルターを狭い範囲動かせば近い効果は得られるかも)

【timbre attackの再現】ADSRのAとDで、PWMまたは波形幅を結構狭い範囲で動かす
(息を強くしたときのトリガー、止めた時のトリガーはかなり設定が難しいのであきらめる。かわりにブレスで波形幅を狭い範囲動かせば近い効果は得られるかも)

完全再現とはいきませんがこんな感じでしょうか。あとは試行錯誤ですね。

再現の練習例

最初、似た波形をなんとかつくろうと思ったのですがなかなかコレというのができなかったので、いきなり反則気味ですが、Lyricon-1実機の音をサンプリングしてベース波形とし、それに対して上述のモジュレーションをしてみた例です。

[例1]
bacic overtones+控えめにtone colorの波形をサンプリングして使った例

[例2]
firter attackとtimbre attackのエンベローブがかかった波形をサンプリングして使った例

使用しているソフトシンセはVPS AVENGER 2 で、これはかなブレスでのモジュレーションを自由度高く設定できるので、上述のモジュレーションのアイデアは全て細かく設定できます。とはいえ完全再現とはいかないですが、なんとなく「それっぽく」はなっているような気はします。サンプリング波形だと自由度に限界があるので、これを普通の波形の組み合わせや変調で再現させたいなぁというのが次の課題かな・・・

Lyrihorn-1

ご存知の方も多いとは思いますが、Lyricon-1を意識したソフトシンセとしてその名もずばり「Lyrihorn-1」があります。

外観は結構似せてあるのですが、実はそれぞれのツマミの働きは全然異なっていて、Lyricon-1の再現ソフトではありません。ですので本稿の最初の方のパラメーターの解説は、Lyrihorn-1の音作りには全く役にたちません。

だからといってLyrihorn-1はLyricon-1みたいな音が出ないかというとそうではなく、一定の種類のLyricon-1の音色については「そのまんま」の音がプリセットされていたりもします。例えばこんなかんじ

Lyrihorn-1の良い所としては
・音の出だしがLyricon-1のように柔らか(パツっと速く立ち上がりすぎないプリセットがデフォルト設定。ある程度速くもできる)
・パツパツせず、フィルター変化が滑らか
・たくさんあるツマミをいじらなくても「波形を選択」するだけでLyricon-1のツマミをいろいろいじってできたような波形にすることができる

Lyrihorn-1 波形選択画面キャプチャ

があり、reed overtones、filter attack、timbre attackによる複雑な音色変化を使っていないようなLyricon-1演奏を再現したいのであればかなり近いところまでいけると思います。

おわりに

ということで自分としては最初全く何がなんだかわからなかったLyricon-1について、ある程度挙動を理解することができました。結局まだ「Flight Time」の再現はできていないので、もう少しLyricon-1、および他の音源をいじって研究していきたいと思います!

最後に、ComputoneがLyriconアピールのために作成したアルバム(1974年)を紹介。エフェクト無しの素朴な音が多いですが、現在聴いても、時々Lyricon-1独特の表現力が垣間見えます。


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