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『音の発音と処理』 先生は嘘を教えている?

Twitterから以下のような質問をいただきました。

以下、私のドイツ時代に学んだことを元にお話しさせていただきたいと思います。

音の発音と処理


音の発音と処理。
これは何時間でも話すことができる終わりのないテーマだと思います。

ある一定のレベル以上の専門教育を受けた指導者たちが人に伝えたい内容というのは、結論的には実は大差なく、皆説きたい方向性は共通している場合が多いのではないかと思っています。

ただそれを伝えるための手段やアプローチ、話の切り口や喩えがそれぞれであり、誤解が生じてしまうのは、その辺りに原因があるように感じます。

私も人に何かを伝えるときに、正しく伝えることができているかと聞かれたら、実は非常に自信がありません。ですが、正しく理解してもらえるまで伝えることを諦めない、また完全に自分の中で合点がいくまで指導者に問い続けてくれることはとても大切だと思います。

『発音の基本はノーアタックで』を考察


前置きが長くなりましたが、質問者さんの最初の内容にある「発音の基本はノーアタックで」ということ。

これが正しく先ほどお話ししたような原因から誤解が生じているようにも感じます。

「発音の基本はノーアタックで」
私もこの考え方に大変賛同します。

音を作っているのは「息」そのものだからです。

音はその素材である息に始まり息に終わることが一番良いことに間違いありません。

ですが、息は人間の体の構造上、どうやっても煉瓦状(長方形の音の波形のように)に形作ることはできません。

特に息の始まりにおいては絶対に不可能です。

試しに長方形の音の波形を息だけで作り出すことができるか、iPhoneのボイスメモアプリなどを使ってみてください。

多くの場合、最初が弱く、ある程度の息が出るまでに時間がかかる。
すなわちタイムルーペで見れば、後押しのようになると思います。

喉の辺りにつっかえ棒があって、それが外れて一気に息が出だすわけではないので、仕方のないことです。

発音の際の「タンギング」というのは、素材となる息をタン、つまり舌で整えることを指すと私は考えます。

後膨らみせざるを得ない素の状態の息を、人に良く見せるために化粧をするかの如く整えるわけです。

このとき、悪い表現にはなりますが、素材が良くなければいくら化粧したところで良くは映らないので、素材である息をまずは素の状態で最大限良い状態にもってくるということ。このことを質問者さんの先生は伝えたかったのではないかと思います。

演奏は決して常にノーアタックで行うのではなく、「ノーアタックで演奏できるくらい発音の時点で息がある程度まとまってそこにあるようにしたい」ということではないかと思います。

そのためには、一般的に言う腹筋ではなく腹回り全体の演奏に必要な支えと訓練が必要となります。

『タンギングとは舌をつくことではない』の真意


話は前後しますが、質問者さんの先生の「タンギングとは舌をつくことではない」について。

私もこれはその通りだと思います。

簡単に言えば、実際にタンギングとは舌をつくことに変わりないのですが、「解釈としては」タンギングとは発音を整えることであり、また音=息を分離することであると解きます。

そして「舌をつくと破裂音となってしまう」ことについてですが、これについての原因は大きく2つ考えられます。

  1. 舌つきが強すぎて破裂音になってしまう

  2. 短い一つの音を演奏する際に、タンギングをした後に息が続いていないのでタンギングだけの音のようになり破裂音になってしまっている

1つ目の舌つきが強すぎることについては、先の話にあるように音の素材は息であり、大切なのは95%息、舌つきは5%の重要度しかなく、あくまでも発音時の音形を整える助けでしかないと言う考え方をすることで改善されると思います。

2つ目については、これは私がドイツで勉強していた頃、自分が理解するのに非常に長い時間がかかったことであり、また一生の宝であるほどに大切な学びだったと思っていることです。

日本の学校教育のリコーダーのタンギングでも良く表現される、「トゥ」あるいは「タ」。より良い教則本であれば「トゥー」や「ター」と書かれているかもしれません。

どんなに短い音でもこの「ー(のばし)」の部分が大切であり、これは息で生み出す音です。

舌つきの後に一定時間以上息が続いて存在しないと、「T」の子音のみ発音となり破裂音のようになってしまいます。

ドイツ語では「h」という文字は、その前の母音を伸ばす音となります。

18歳の頃にライプツィヒで師事していた中部ドイツ放送響首席トロンボーン奏者である私の恩師は「Ta」ではなく「Tah」であり、この「h」に秘密が隠されていると常々私に言い続けてくれていました。

この「h」こそ奏者の音の音圧を無理なく上げることのできる秘訣であり、音の遠達性につながる大きな要素であると思います。

「音の処理について」 残響は空間だけが造るのか?


音の処理についてです。音の始まりを長方形状にするためには、つっかえ棒のようなものが必要だと言うお話は先ほどしました。

音の終わり、つまり音の処理についても一度に長方形状の音の波形で音を終わらせるためには、同じものが必要です。

それを実行する方法は、舌や喉で息をいっぺんに止めると言うことです。

これが良いことでないことは誰もが知っていると思います。

「残響はホールが作る」ということについて、私は少し違う考えを持っています。

残響は奏者自身も生み出すべきものであり、その長さは人工的な残響(音の終わりの響き)とホールなどの空間的な環境の両方で作られるものだと思っています。

どんなに短い音でも現代音楽などで意図して音を切るような場面以外はオープンに音を終わらせるべきです。

つまり響きを持たせてフェードアウトするように音を処理します。

このフェードアウトを必要に応じて自分で0.5秒で完了するのか、1秒かけるのか。そういった部分もコントロールできるようになると良いと思います。

ここまでお話しした音の処理については、フレーズの終わりの音や単音の伸ばしなどについてです。

音が連続している場合については、スタッカートなどでない限り、私は音価いっぱいに息を流し続ける、いわゆる「ベタ吹き」を推奨しています。

そのため音の処理はほぼ不要で、次の音の発音の直前まで息を流し続けます。

息がまっすぐ伸び続けているところに舌で非常に短い切れ目を入れてタンギングを成立させます。

この「ベタ吹き」を推奨しているのは特に練習の時の話です。

ベタで吹く際には息が多く取られ、体力も必要です。負荷をかけて一番重たい状態で練習をしておけば、後で「すく」あるいは「楽に吹く」のは簡単であるというメソードです。

実際の演奏や合奏の際は必要に応じて音の長さを調整します。この時はそれぞれの音の処理をオープンに減衰させることになります。

これは余談になるかもしれませんが、タンギングの舌の動きやスピードも大きく発音に関わる要因です。

ベロは案外大きな器官です。そのため正しいポジションに収めておかないと息の流れを邪魔してしまいます。

金管楽器においては、音域により舌の形(シラブル)と舌を収めるポジションや高さが変わります。そのポジションから上歯の付け根に素早く舌をつくわけですが、このついた舌を再び「素早く」元の(または次の音に相応の)ポジションに戻すことが肝心です。そうしなければ大切な息の流れを邪魔してしまうために、音色にも悪影響を与えます。

『腹筋で息の供給を止める?』


最後に質問者さんが書いてくださった「腹筋で息の供給を止める」という音の処理についてですが、特にフルートなどにおいては、中低音域のフレーズの終わりの音の音程が、息の支えを充分にしていないとぶら下がってしまいます。

ある程度の支えを保った状態で息を終えるという意味から、そのような表現になったのかとも思います。

しかしそう言ったシーンでない限りは、声と同じように自然に音をオープンのまま終わらせる意識で問題ないと思います。

演奏法について、文章だけで正しくお伝えするのは非常に難しいことです。誤解が生まれてしまうことも多いと思います。

この記事をご覧になられた方で、もっと詳しく知りたい、個別に見てほしいという方がいらっしゃいましたら、後ろ姿でも構いませんので簡単に撮影した動画を送ってください。私でよろしければフィードバックします。

皆さんが目指している音に少しでも早く到達できるように力添えできましたら幸いです。


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