第23話 部屋
ここ1か月間は混乱している。
記憶がほとんどない。
断片化された記憶と映像だけが残っている。
記憶のひとつひとつをパズルのように組み上げていくと、ある部屋に通っていることに気づいた。
目の前には木の机。
塗られていただろうニスは剥げ落ちて木の地肌が見えている。
私は、机を前にして椅子に座っている。
背中側の窓から弱い光が差し込んでいる。
細長く薄暗い部屋の中にいることに気づいた。
視線を向けるとモノが現れるが、視線を外すと消えているような感じだ。
「だるまさんがころんだ」という遊びをしている感覚になる。
30mぐらい前方にドアがある。
そのドアに気づいた時、突然ドアが開いて人が入ってきた。
背中側の窓から光が差し込んでいるにもかかわらず、その人は黒く塗りつぶされたようだった。
スリムなシルエットが目の前まで近づいてきて、木の机を挟んで対面に座った。
薄暗い部屋で何かを習得しようとしている。
いったい何のために何を習得しようとしているかわからない。
講師なのか、家庭教師なのか、その分野の専門家なのか分からないが、マンツーマンで教えてくれる。
聞いたことない単語は、漢字が当てはまるようなものでもなく、カタカナの羅列が頭の中を通過していく。
頭の中には何も残らない。
「繰り返して」と指示されても、繰り返すこともできない。
そこで目が覚めた。
内容は記憶に残っていない。
数日後、再び薄暗い部屋で何かを習得しようとしている。
前回と人が違うようだ。
女性が何かを喋っているが、ノイズにしか聞こえない。
カタカナでもない。言葉なのだろうか。
そこで目が覚めた。
2週間ほどして、はやり薄暗い部屋で何かを習得しようとしている。
今回は講師の顔が判別できる。
70歳代の男性だった。
浅黒い面長の顔に、ギョロリとした目。
ちょっと寂しい頭。サバンナの植物のような白髪
高くはないが鷲のような鼻。
2本の深いほうれい線が口元に延びていた。
その男性は白衣を着ている。
何かの専門家の先生だろうか。
回を重ねるごとに、相手が見えるようになっているのに気づいた。
白衣を着た男は、理解できないカタカナ単語の間に数字を言っている。
いくつもの理解できないカタカナの単語と数字。
白衣を着た男は、これは基礎的で重要なことだと言う。
必ず暗記するようにと言う。
相変わらず私の頭の中をカタカナの羅列が素通りしていった。
それを察したのか、歌だと覚えやすいと言い、白衣を着た男は歌い出した。
その歌は、音楽センスのカケラも無く、メロディーも変なものだった。
「☆@×! 2.5 ・・・・」
「そんなもん、鼻歌でも歌えん」と思った瞬間、白衣を着た男は歌をやめた。
変な歌のおかげで、単語と数字の組が5以上10以下の数だけあることは認識できた。
白衣を着た男が席を立つと目が覚めた。
遅々として進まない習得。
ある公式の変数の説明だろうか。
聞いても分からない言葉は、理解を越えた内容だからなのか。
あの薄暗い部屋に通えばそのうちに分かるだろう。