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「日記 会話編」12/24

 木製の古い扉が悲鳴のような音をたてながら開いた。若い編集者はぼくの姿を見つけると、呆れたような眼を向けながらぼくの座っている窓側の席までにじりよってきた。

「瀧田さんこんにちは。待ち合わせは15時とお伝えしましたよね?」編集者は苛立ちを含んだ声で言う。
「うん。遅れてはないはずだけど」
「今は何時ですか?」
 ぼくはスマートフォンのスリープを解除し時刻を見る。「13時ぴったりだ」
「いつからここにいたんですか?」
「さっき来たばかりだよ」
 編集者はため息をついた。
「遅れないのはいいことですが、早すぎるんですよ。仕事をしていてくださいよ」
「そっちだって早くきてるじゃないか」
「私は早めについてここで別の仕事を済ませておこうと思ったんです。瀧田さんはここで何をしていたんですか?」
「考え事をしていたんだ」
「考え事? 次回作の構想ですか?」
「いや、ラーメンのこと」
「はあ?」
「ラーメンを食べたい気分なんだけど、今日ラーメンを食べるとクリスマスにラーメンを食べることになるなあと思って」
「なんですかそれは」
「普段からやっていることでも、クリスマスに行うと存外の意味が付与されるんだよな。クリスマスに特別なことを行うにしても、いつも通りのことをするにしても。もしぼくがラーメンを食べにいったら、『あえてクリスマスにラーメンを食べた』と捉えられるかもしれない」
「考えすぎですよ。誰に思われるっていうんですか」
「現実世界では誰もぼくの行動なんか興味はないし気にしない。けど、もしこれが小説だったら、クリスマスという描写をしたときにクリスマスらしいことをしていなかったらちぐはぐな場面になってしまう。そのちぐはぐさを面白く演出するためだったらいいけど効果的な演出になっていなかったら無駄な場面になってしまう」
 編集者はまたため息をついた。「瀧田さん、そんな風に持論を語るのはいいですが、それをちゃんと作品に活かしてください。こっちは締め切りをまた伸ばしているんですよ。ちゃんと書いているんですか?」
「うーむ」
「言い淀まないでくださいよ」

 編集者が注文したコーヒーが届き、今年最後の打ち合わせが始まった。対面での打ち合わせは数か月ぶりだ。年明けのスケジュール調整と来年の長期的な仕事の話をする。ぼくにはスケジュールの大局観がないので担当の言うがままに仕事をいれる。

「……と、まあ、こんなもんですかね」
「うん。今年も一年ありがとう。良いお年を」
「もう年内は仕事しないつもりですか?」
「バレたか」
「オンラインでの打ち合わせはまだありますし進捗確認もしますのでサボらないでくださいよ」
「ぼくがいつサボったっていうんだよ」
「Twitterでゼルダをクリアしたって言ってましたよね」
「ぎくっ」
「擬音を口で言わないでください。普段から動画もたくさん見ているようですし」
「これでも減らそうとはしているんだ」
「減らしたり禁止したりすることはあなたの成果ではありませんよ。それはマイナス要因をなくしているだけで決してプラスになっているわけではないんですからね。やることをやっていたならゲームをしようが動画を観ていようが気球で世界一周をしていようが文句は言いませんので」
「気球?」
「瀧田さん風の冗談で言ってみただけです。私は瀧田さんではないのでうまくくだらないことを言えなかっただけです」
「ぼくがくだらないことばかり言ってるみたいじゃないか」
「いつも言っているでしょ」
「具体的には?」
 編集者はスマートフォンを取り出し、画面をぼくにも見えるようにテーブルに置いた。そしてTwitterのアプリを開き、ぼくのアカウントを表示させた。一番上のツイートにはこう書かれていた。

 めちゃくちゃでかいメンコ、メチャンコ

「はい」編集者は言った。
「うん」ぼくは言った。
「瀧田さんはこんなことばっかり言っているんですよ。自分では気づいてないかもしれませんが」
「こんなことばっかりではないでしょ。もっとエモいツイートとか、みんなが意識していなかった領域をくすぐるような啓蒙的なツイートとか、たくさんあるはずだ」
「いえ、こんなのばっかりです」
「そんなに断定するほどかぁ……」
「まあ私は瀧田さんのくだらないツイート、好きですけどね。愚痴や妬みを呟かないのは好感が持てます」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるね」
「クリスマスですからね。これがプレゼント代わりです」
「へへ、ありがとう。ついでにここの会計もおごってくれよ」
「おごっているのはいつもでしょ。どうせ経費で落とすんですから」

 編集者と別れてぼくは家に帰った。帰りにコンビニに寄って弁当やらを買った。特別なことをする気はなかったが、チキンとケーキを買った。なんだかノルマのような気分だった。冬至の日にせっかくだからユズ湯に入っておこっかな、くらいの感覚でチキンとケーキを手に取ったのだった。子供のころの魔法のようなクリスマスの気分はもうどこかにいってしまった。

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