「コイキングにうってつけの日」8月8日
「お、いたいた! こっちにもいたぞ!」
草むらをかき分けてダイスケが言う。背の高い草むらの陰には野生のコイキングがいた。
コイキングは生命力が非常に強い。水場でないところへも跳ねて移動する習性を持つ。ダイスケたちがいる草むらも川辺からは離れていたがコイキングは元気にピチピチとその場で跳ねている。
ダイスケはモンスターボールを軽く放ってコイキングにぶつけた。ボールから発する光がコイキングを包み込み、ボールの中へ納める。モンスターボールのなかに入るサイズにまで縮んだコイキングはボールのなかで軽く抵抗し、身もだえるように左右に揺れたがすぐに諦めボールは沈黙した。捕獲成功だ。
「もう捕まえたの?」遅れてやってきたショウが草むらのなかに落ちているモンスターボールをのぞき込んで言った。
「へへっ、コイキングのゲットなんてちょろいもんさ!」ダイスケは誇らしげに言う。
ショウとダイスケが暮らす町では今日は「コミュニティ・デイ」が行われていた。月に一度の間隔で一つの種のポケモンが大量発生する日がその地域にはあった。一種類のポケモンが増えると他のポケモンたちの生態系が崩れかねないため、町をあげてそのポケモンを捕まえる政策を行った。それが「コミュニティ・デイ」と呼ばれる、市民参加型の捕獲イベントとなった。
イベントないで捕まえたポケモンはそのまま自分のポケモンにしても良く、また役所や近くのポケモンセンターに届けると報奨がもらえた。毎月この時期になると他の町からも人がやってきて参加する一大イベントとなっている。
「ショウはいま何匹捕まえた?」
「えーっと、7匹かな」ショウはスマートフォンからポケモン管理アプリ、"ポケモンホーム"を確認しながら言う。
「俺はもう13匹捕まえたぜ~」
「すごいね。そんだけ捕まえたんなら、今日はもう切り上げる?」
「いや、なにいってんだよ。まだ”いろちがい”を捕まえてないだろ。”いろちがい”をゲットするまで帰らねーからな」
ポケモンには極まれに”いろちがい”と呼ばれる通常とは違った色の個体が発生する。それらに出会える確率は本当にわずかで、人生に一度会えるかどうかといったとても貴重なポケモンだ。しかし、なぜかこの町の「コミュニティ・デイ」の日には”いろちがい”のポケモンの目撃例が多数寄せられている。”いろちがい”が発生するメカニズムもまだ判明されていないが、大量発生で個体数が多くポケモンの出現数も多いために”いろちがい”の貴重な個体も見つかるのではないかといわれている。このイベントに参加している人の大半が”いろちがい”のポケモンの捕獲を目的にしている。「コミュニティ・デイ」で捕まえられるようになってから”いろちがい”の価値は下がったと論じる評論家もいるが、コレクターたちには変わらず人気があった。
ダイスケが”いろちがい”に拘るのは、隣のクラスのマメオが”いろちがい”のゴースを捕まえたからだった。先月の「コミュニティ・デイ」にはゴースが大量発生をしていた。ダイスケとショウもゴースを捕まえにいったが、ゴースは捕獲が難しく、二人は合わせても片手で数えられるほどしか捕獲できなかった。そんななかでマメオがゴースをゲットし、しかも”いろちがい”であったことがダイスケの癪に障った。
マメオはそのゴースを学校に持ってきていた。学校に持ち込めるポケモンは一匹と校則で決まっており、たくさんのポケモンを持っている生徒でもパートナーポケモンしか連れてこられない。授業中はボールの中に仕舞い、無許可でのポケモンバトルは禁止というのも校則で決められている。通学路で野生のポケモンから襲われたりポケモンを使って悪事を働く輩から身を守るために携帯するという名目でポケモンの持ち込みが許可されている。
マメオのパートナーポケモンは以前まではニャースだったが、ゴースに替えて登校してきたのだ。休み時間には用もなくゴースをボールから出し、クラスメイトたちに自慢をしていた。
「”いろちがい”がそんなに偉いかよ」とダイスケは言った。ダイスケのクラスメイトたちも”いろちがい”のゴースを一目見に隣のクラスに出かけていく子が多かった。ダイスケのパートナーポケモンはクヌギダマだ。ダイスケはクヌギダマを可愛がっていたが、手持ち自慢の話題になると置いてけぼりになることが多かった。
「なあ、ショウ。おれたちも次の『コミュニティ・デイ』には”いろちがい”を捕まえようぜ!」
教室の隅でそう約束し、そして本日に至る。
「もっと奥まで行かないとだめかな」ダイスケは17匹目のコイキングが入ったボールを拾いながら言う。市中で跳ねまわっているコイキングはあちこちにいるが、人目につくところに”いろちがい”が出たら騒ぎになるだろう。ねらい目は人の少ないところだと判断し、二人は森まで探しにきたのだった。
「ねえ、もう引き返そうよ。森の奥には強いポケモンも出たりするよ」ショウは怯えた声で言った。実際、森は深まるにつれ光も差さなくなり不気味な雰囲気を帯びていた。夕方も近くなりホーホーの鳴く声が聞こえ始める。テッカニンが切ない声で羽を震わせる。ダイスケは迷いなく森の獣道を往き、その後をおどおどとショウが着いていく。森の奥にはちょっとした沼がある。ダイスケはそこを目指して歩いていた。
十五分ほど歩いたころ、沼地が見えた。そして、その沼地で大きく跳ねる金色の魚がいた。
「”いろちがい”のコイキングだ!!」二人は同時に叫んだ。モンスターボールを構え、二人は沼の淵まで駆けていった。
二人が沼までたどり着こうとした瞬間、沼に大きな波紋が起こった。風も吹いていない森で波紋が起こるということは、沼のなかでなにかが動いたということだ。二人の駆け足の音で目を覚ましたのか、沼の底にいたそれは折りたたんでいた体を伸ばした。細長い身体を伸ばすとその身のほとんどは沼から出て体を空気に曝した。沼のサイズと不釣り合いのその巨体を持て余すように大きく空へ伸ばす。そして、騒がしく自分を起こした相手を沼のそばに見つめ、大きな瞳でギラリと”にらみつける”。
「あ……。ああ……」二人は声にならない声をあげて後ずさった。沼から現れたポケモン、コイキングが進化したポケモン、ギャラドスの突然の出現に頭が真っ白になっていた。
しかしダイスケは正気を取り戻し、自分のモンスターボールからクヌギダマを出した。
「ショウ! 落ち着け! あいつ、たぶん進化したてだ! 戦うぞ!」
その声でショウも自分を取り戻し、ボールからミズゴロウを出した。
「ゴロー! ”どろかけ”!!」先に指示を出したのはショウだった。ミズゴロウのゴローはボールから出たとたん、沼の泥を後ろ足で勢いよくギャラドスに向けて飛ばした。だが、ギャラドスはその泥を跳ねて躱した。
「ショウ! ギャラドスはひこうタイプだ! じめんタイプの技は効かない!」ダイスケが言う。クヌギダマはボールから出ると体を回転させていた。
効果がなかったとはいえ攻撃を向けられたギャラドスは二人を完全に敵だと認識した。牙を剥き、襲い掛かる体勢をとる。ダイスケの見立ての通り、そのギャラドスは進化したてであった。コイキングのときと使える技はほとんど変わらず、トレーナーの指導もないので新しい技も身に着けていない。それゆえ、ギャラドスはただその巨体をぶつけるように”たいあたり”をした。”たいあたり”は基本的な技だ。ポケモンの技のなかでは弱い部類に入る技だが、ギャラドスほどの巨体でぶつかってくると、”たいあたり”ですら強大な攻撃となる。ミズゴロウはショウをかばって前に出てギャラドスの"たいあたり"を受けた。小さなミズゴロウにギャラドスの攻撃に耐えられず、一撃で瀕死状態に持っていかれる。
「ゴロー!」ショウは瀕死になったミズゴロウを抱きかかえた。ミズゴロウのボールの収納ボタンを押し、紅い光が一条ミズゴロウの体に当たると吸い込まれるようにミズゴロウはボールに入っていった。ポケモンの習性として狭いボールのなかが落ち着くので瀕死状態など生命の危険があるときはボールに収めて症状の悪化を抑えることができる。もう戦えはしないがポケモンセンターに連れて行くと回復してもらえる。だから手持ちがやられると急いでポケモンセンターに連れていく必要がある。しかし、こんなギャラドスと戦っている最中に逃げ出すこともできない。どうにかスキを作らないと戦いを止めることもできない。それが野生のポケモンとの戦闘だ。
「もう”いろちがい”のコイキングは諦めて帰ろう! ダイスケ!」
「ショウ! 先に逃げとけ! 俺がひきつける!」
ミズゴロウを倒したギャラドスは、狙いをクヌギダマに絞った。もう一度体勢を整え、再び”たいあたり”をしてきた。
「クヌギダマ!」
ギャラドスの体がクヌギダマにぶつかる。クヌギダマはギャラドスの攻撃を受けつつ、根を張ったようにしっかりとその場に立っていた。ギャラドスは意外だったのか倒れずにいるクヌギダマにたじろいだ。クヌギダマは防御が高いポケモンだ。またギャラドスは体をぶつけてくるが、クヌギダマはじっと耐える。
「いいぞ! クヌギダマ!」
何度ぶつかっても岩のように固く倒れないクヌギダマにギャラドスは息があがっていた。クヌギダマはそれまで一度も攻撃をしかけてこなかった。なので油断したギャラドスは息を整えようと攻撃の手を休め、スキを見せていた。そのスキをクヌギダマは見逃さない。
不動を貫いていたクヌギダマは突然はじけるように地面を蹴った。そして、ギャラドスの顔の正面にぶつかりにいった。戦闘経験も浅いギャラドスは突然のクヌギダマの攻撃に怯み、よけることはできなかった。
クヌギダマの攻撃は当たった。その攻撃はただの攻撃ではない。クヌギダマの殻には衝撃を溜めこむ性質がある。さきほどのギャラドスの攻撃の衝撃を吸収しつつ、このときのために溜め込んでいた。
「クヌギダマ! ”がまん”を開放だ!!」
放たれた衝撃はすべてギャラドスに返っていった。レベルの高くないギャラドスの攻撃とはいえ、累積された攻撃を一度に浴びるとそれは大きな威力となった。ギャラドスは衝撃に吹っ飛び、沼から全身をさらけ出して森の木々の奥まで飛んで行った。
「勝った……の?」ショウは恐る恐る口を開いた。
「いや、戦闘不能にはできてない。また戻ってくるまえに逃げよう」
二人は脇目も振らず、森から走って逃げだした。
森から出ると外はすっかり暗くなっていた。大量発生したコイキングもあらかた捕獲されつくし、町はいつも通りの光景に戻っていた。
ポケモンセンターでポケモンの治療を頼み、捕まえたコイキングたちをそれぞれ一匹だけ自分のポケモンにし、後は全部ポケモンセンターに渡した。コイキングの捕獲のお礼として使ったモンスターボールの代金やポケモンに使うアイテムがもらえた。ミズゴロウの治療を待つ間、ポケモンセンターのロビーのソファに二人は座った。
「惜しかったね。金色のコイキング。せっかく見つけたのに」
「まーな。でもギャラドスと戦ったって話のほうがすげーからいいよ」
ダイスケのクヌギダマは瀕死にならなかったのでダメージはきずぐすりで回復していた。クヌギダマはポケモンセンターで治療されるのが苦手で、ダイスケもよほどのことがなければ市販薬で治療している。ロビーは「コミュニティ・デイ」参加者たちでいっぱいだった。この町のポケモンセンターがこんなに混むのは「コミュニティ・デイ」がある日くらいだ。ジムやコンテストテントのないただの町は旅をしているトレーナーはただ通り過ぎていく。
「次のコミュニティ・デイでは、”いろちがい”みつけようね」ショウが言う。
「ああ」ダイスケが返事をする。
ショウが手にしている番号札とモニターに映っている数字はまだまだ離れていた。
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