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遂に完全置換型人工心臓を見る時が来た!
3年間の循環器内科フェローシップも折り返し地点を迎えました。つい最近、Cedars Sinaiのようなhigh volume centerでも現在では滅多に行わない完全置換型人工心臓(total artificial heart: TAH)の植え込み手術が、私のフェローシップ開始後初めて行われました。手術およびその後のマネジメントに関わる非常に貴重な機会となり、学びの多い経験となりました。そこで今回は、TAHについて簡単にまとめてみたいと思います。
背景
数日に1例のペースで心移植を行うCedars (2024年の心移植数は137) では、心不全症例が入院すると心移植が必要かどうかがまず議論されます。初期スクリーニングで心移植が適応だと判断されると各部門に連絡(循内や心外だけでなく、精神科やsocial worker、必要に応じ消化器内科、腎臓内科、呼吸器内科など患者さんの持病に合わせて他科にコンサルト)し、その後心移植選考委員会で討論してオフィシャルに待機リストに登録するか決定します。このプロセス、本当に大変なのですが、Cedarsはマンパワーがあるので効率良くリスティングまで辿り着けます。ステータス次第では同日にオファーをもらって心移植といったことも多いです(例えばVA-ECMO症例はステータスが1番高いStatus 1で心移植オファーの最優先)。IABPやImepllaが入っていると、サイズと血液型次第ですが、大体1週間以内でオファーが来る感覚です。
しかし、なかなか心移植オファーが来なかったり、心移植が不適と判断されたりした場合は(例えばコンプライアンスに問題があったり、最近までドラッグを使用していたり等)、LVADを考慮する必要があります。
つまり、Advanced therapyが必要な場合は基本は心移植かLVADの2択です。
なぜTAH?
以前はそれなりの頻度でTAHをやっていたようですが(例えばCedarsでは2016年は月1の頻度でTAH植え込み)、なにせ最近は心移植を行いやすいので(心移植待機リストの指針が2018年に更新され、以前よりも短期間で心移植まで辿り着けるようになった)、Cedarsですら現在では年に1例TAHがあるかないかのレベルです(つまり、TAHがいるレベルで重症なら心移植をする方が早いしその後のマネージメントも楽)。Cedarsではこれまで合計で120例程度のTAHをしているようですが、去年は1例、2024年も今回の1例のみのようです。
さてなぜ今年のTAH症例は心移植ではなく、LVADでもなく、TAHが選択されたのか?
20代のPhospholamban心筋症の症例。数年前に心移植を受け、最近私がOHTのローテーション(心移植後の患者さんのみを管理するチーム)をしている時に動悸で入院。EFが60%から40%にまで落ちており、拒絶が疑われてCCUに入院。その直後に病室で突然のVF心停止→CPR→緊急VA-ECMO。拒絶に対する治療が行われEFもなんとか元に戻って退院したものの、10日後に心原性ショックで再入院。再度拒絶の治療が行われました。強心薬はweaningできたものの、心臓MRIでは両心不全とアクティブな心筋炎の所見だけでなく、収縮性心膜炎も合併。再心移植の良い適応ですが、拒絶急性期は免疫反応がかなり亢進しており、再心移植をこのタイミングで行うのは不適。少なくとも半年は待たないと再心移植は考慮できないと判断されましたが、右心もかなり悪いのでLVADも不適。さてどうやって半年の時間を稼ぐか。
選考委員会が出した答えはTAH。
TAH概要
TAHの開発自体は60年以上続いており、日本人も昔からその開発に貢献しています。
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アメリカではSynCardiaという会社のTAHが専ら使用され、bridge to transplantの立ち位置です(写真:CE approvalは1999年、FDAからのapprovalは2004年。2024年の段階で世界でSynCardiaのTAHの累計植え込み数は2000例以上のようです)。
SynCardiaのTAHは50mlと70mlの2種類ありますが、成人では普通は70mlのチャンバーが選択されます(左室も右室も両方70ml)。心臓と異なりこのチャンバーはリモデリングは当然できないので、常に70mlが最大容量。Frank-Starlingの法則も心拍数の自動調整もないTAHでどのように心拍出量を保つのか?を考えるのがこのTAHの面白い点で、どれくらいの量を満たすか(preloadの調整)、拍数をどうするか、の2つが特に重要となります。心アミのような拘束型心筋症を思い浮かべてもらうと理解しやすいかもしれません。
Keyは"partial fill and full eject"。安静時は70mlのチャンバーに50ml程度のみfillする程度(つまりpartial fill: 70mlの70–85%程度)で、収縮期にそれがすべて排出される(つまりfull ejectして血栓形成のリスクを下げる)ように調整します。これは、患者さんが動いた時にvenous returnが増えるので、その増加分をきちんとチャンバー内に収めるために安静時の容量を下げておく必要があるためです。コンソールの設定をいろいろ変えることができるものの、患者さんのボリュームバランスなど、あくまで患者さんを評価して患者因子をoptimizeすることが重要です。コンソールの設定を変えるなら、基本はbeat rate(拍数)とleft/right vacuum(陰圧を調整してチャンバーに入る血流量を調整)くらいと教わりました。他の設定は基本固定のようです(例えば収縮期と拡張期の比率は1:1、等)
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記憶に残った点
①BNPは主に心室で作られます。TAHでは心室と弁を取り出し、心房だけ残りますが(下図)、本症例の場合、術前4桁あったBNPはTAH植え込み後に正常化しました笑。これが理由でナチュラルな利尿作用が激減しAKIとなる、というのはTAH後毎回起こる現象らしく、本症例でも大容量の利尿剤を使う必要がありました。術後にBNP製剤を使うことももちろん可能ですが、使い始めるとなかなか止めることができない(利尿薬と異なりBNP製剤は経口薬がないので静注→経口への移行ができない)ので、Cedarsでは普段からよく使用する利尿剤のみ使用し、BNP製剤は積極的には使っていないようです。
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②恐いなと思った点は、例えば何かの理由で弁に不具合が生じた場合、最悪の場合機械が止まって患者さんが突然死亡する場合があることです。Cedarsでは、右腕に入っていたPICC(末梢から中心静脈まで挿入したカテーテル)の先端が右腕の角度次第で深い位置に移動し、TAHの弁に引っかかって機械が停止→直後に死亡、という悲惨な症例があったようです。心臓マッサージなどは当然無効で、緊急の場合は蘇生がかなり厳しいように思います。
Conclusion
TAHは非常に興味深いポンプ装置で、今後の開発次第では心移植へのbridgeだけでなくdestination therapyとしても使用できる日が来るかもしれません。なるべく早くインターベンションのアテンディングに戻りたいと思う一方で、その道中、他の領域で新しいことを学ぶ機会が多い環境にいられるのは大変ありがたいと感じています。
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