「僕」は「私」で「俺」である。一人称と言葉遣いが生む距離感の話。
皆様こんにちは PICOです。
皆さんは日常生活で自分の事を何と呼んでいるでしょうか。
一般的には「私」「俺」「僕」「自分」「うち」などでしょうか。
社会人になると多くの場合「私」(わたし・わたくし)になるかと思いますが、これは世間一般的にオフィシャルな場や目上の人に対してのマナーと言いますか、最も失礼でない一人称だからだと思います。
逆に「俺」「僕」「自分」と言った表現はあまり良しとされず、場面によっては失礼にあたる可能性があるので避けられる一人称かと思います。
しかし、諸々の理由を一旦置いていた時に「一人称」には様々な種類があり、それらに対して皆何らかの【イメージ】を持っていると思うのです。
今回はそんな「一人称」の持つ「イメージ」や、それにより生まれる「人との距離感」についてのお話をしてみようと思います。
もし、宜しければ最後まで読んで頂ければ幸いです。
◆「僕」「俺」「私」一人称のイメージの話。
早速ですが皆さんは一人称が「僕」の男性に対してどの様なイメージを持つでしょうか。
「僕」と言うと、どうしても小さな子供が使う一人称だったり、或いはオジサン・オバサンが子供に対して『僕どうしたのかな?』などと問いかける様な…どうにも子供っぽい一人称だと感じる人は少なくないと思います。
次に「俺」ですが、こちらは「僕」よりは少し大人になった様な気はしますが、それでも小学校高学年から高校生程度までの子供、或いは少々乱暴な社会人をイメージするのではないかと思います。
そして、最後に「私」ですが…
こちらに関しては子供っぽいイメージは無くなり、一般的に言うところの「大人」なイメージを持つのではないでしょうか。
これらの「僕」「俺」「私」ですが、それぞれ記載した通りのイメージを皆が共通認識として持っていると考えると、社会人になると大多数の人が「私」を使うのが一般的であり自然であり、当り前の事の様に思うかもしれません。
しかし、私はこの「一人称」には、それぞれ【距離感】が存在するのでは?
…と考える様になったのは私が社会人1年目の時でした。
私が最初に就職した会社は「総合病院」で、職種としては「介護・看護」系の言わば「看護助手」分かり易く言えば「ヘルパーさん」と言われる職種でした。
最初に配属されたのは「整形外科」だったので、主に骨折をした患者さんがほとんどで比較的自由に歩き回れる患者様の多い部署ではあったのですが、病院の周辺環境の都合もあってか若い患者は少なく、大半がご年配の言わばお年寄りばかりの病院でした。
年齢層も比較的高く、大半が60歳以上が多かった様に思います。
そんな中、社会人1年目の私が入社した訳ですが、病院ですからどうしても女性スタッフが多く、男性の、しかも若い男性スタッフは私以外にはほとんど居ないため、何かと従業員からも患者様からも目に付く存在だったかと思います。
当時、そんな目立つ若い男性スタッフの私ですが、当然入社当時の一人称は「私」で通していたのですが、ある時患者様に『何だか冷たい感じがするわね』と言われたのです。
話を聞いてみると、どうやら患者様の多くは既に息子や娘が結婚して家を出ており、旦那や奥さんは既に亡くなっている事もあり、日常生活であまり人と喋る機会が無く、病院には同年代の人が多い為「病院はお喋りが出来る場所」と考えている患者様が思いのほか多かったのです。
そんな中、院内を歩いている私が目に留まれば、年齢的にそれはもう「孫」や「ひ孫」の様に見える様で、可愛い子供に見えたようなのです。
普段の生活でなかなか「孫」は勿論、娘や息子とも喋らないところに「孫」の様な年齢の子供が居れば喋り掛けたくなる様で、何かと声を掛けてくれるのですが、その対応がやけに丁寧だと何だかそっけなく感じる…と言うものでした。
正直、私はコレには驚きましたし、そんな事を考えたこともありませんでしたが、そうした高齢の患者様に対して【敢えて子供を演じる】と言う距離感の取り方をするために、後に私は「一人称」を「私」から「僕」に変える事にしてみたのです。
◆一人称+言葉遣いで距離感を使い分ける。
その後、私は一人称を「私」から「僕」に変え、声掛けの仕方も患者様の性格やタイプによって変えてみる事にしてみました。
例えば、戸棚に置いた着替えを取って欲しい患者様が居るとします。
それに対して『私(わたくし)がお取りしますね』と伝えるのと
『僕が取りますよ~』と伝えるのでは、どう考えても前者の方が丁寧であり、常識的なマナーに乗っ取った回答の様に思われるかもしれませんが、
案外高齢者の主に女性には後者の方が受けが良かったのです。
後者は誰がどう考えてもマナー的には悪く、非常識であり、社会人として正しい言葉遣いではない様に思われますが「病院」と言う環境、かつ私が若い男性と言う事と、相手が高齢の女性である…と言う条件下においては、その場において後者の対応は間違いではなかったのです。
勿論、今回の主題はあくまでも「一人称」の話であり「敬語を使わない話し方」と言う訳ではありません。
当然敬語は使いますし、誰彼構わず誰にでも一人称を「僕」にして、親しみを込めて気軽に会話をするという訳ではなく、勿論常識の範囲内で失礼のない言葉を選んで会話はしますが、一人称を「僕」にする事は相手との距離感を縮めるための道具になりえた…と言う話なのです。
「私」と言う最も一般的に使用される、最も失礼のない一人称が『冷たい』と言うイメージを与え、距離感を生み出し。
「僕」と言う比較的子供っぽい印象を与え、一般的に社会人の男性が使うには少々どうかと思われてしまう一人称が案外好まれ『可愛い』とされるという環境が存在したのです。
そんなコミュニケーションを長年続けていると、一部の患者様との距離感がグッと近付く事が出来、患者様の退院後に病院宛に『あの男性の看護助手さんがとても親しみやすく入院生活が楽しかった』などと私への感謝の手紙が送られてくるなどの珍事があったりもしました。
そこで初めて、私は一人称にはイメージだけでなく、一人称と話し方次第ではそのイメージを覆し、距離感を縮めるのに有効となる事を知ったのです。
◆一人称で「距離感」を有効に活用する。
さて、ここまで一人称のイメージや言葉遣いによる「距離感」の話をしてみましたが、逆に距離感を縮めたくない相手に対してもコレは有効です。
例えば、そこまで親しくない相手と久し振りに会った際…
『お久し振りです、私の事覚えていますか?』と伝えるのと。
『よぉ!久し振り!俺の事覚えてる?』と言うのでは印象は大きく変わるかと思います。
どんな他愛ない会話でも『私は~…』と言うと何だか距離感があり
『俺はさ~…』と言うと何だか距離が縮まっている様な印象を持つのではないでしょうか。
こうした一人称と言葉遣いの関係は上手く活用する事で、相手との距離を縮めたり、逆に離したりする事が出来ると私は思っています。
今回は私を話の例として出しましたので男性の「私」や「僕」「俺」と言った一人称でしたが、女性でも「私」や「僕」や「うち」など…
様々な一人称があると思いますので、これらの一人称と言葉遣い・喋り方などを上手く組み合わせて活用する事で【自分と言うキャラクター】を確立する事が出来、様々な人との距離感を上手く保つ一つの道具として使う事が出来ると思います。
正しいマナー。
正しい言葉遣い。
丁寧な接客応対。
勿論それらは素晴らしい事ですが、正しいだけがすべてではありません。
自分の望む人との距離感を「一人称」や「言葉遣い」から探してみるのも面白いと思います。
◆最後に…。
ここまで記事を書いてみて、改めて…
皆さんは一人称が「僕」の男性に対してどの様なイメージでしょうか。
一人称に「僕」を使用し、言葉遣いも丁寧ではあっても少々子供っぽい表現を使用する事で人との距離感を詰める事が出来ると思いませんか?
次に「俺」ですが、こちらは「僕」よりは少し大人になった様な気はしますが、社会人になった後、学生時代に少し付き合いのあった友人などと久し振りに会って飲んだりする際、一人称に「俺」を使用し、言葉遣いもフランクな感じであまり畏まらず喋る事で相手に親しみやすい印象を与え、距離感を詰める事が出来ると思いませんか?
そして、最後に「私」ですが…
一人称に「私」を使用し、丁寧で正しい言葉遣いで話続ける事で相手に何だか近寄りがたい冷たい印象を与え、相手に対して距離を置くような…
そんな印象を相手に与えていませんか?
…なんて、記事の冒頭で似たような事を書きましたが、一人称だけでは子供っぽい、大人っぽいイメージなどと書きましたが、そこに「言葉遣い」が加わる事と、対象となる相手の性別や年齢、勿論性格次第で距離感を縮めたり、逆に距離を置いたりする事が出来るものが「一人称」だと思うのです。
さほど意識せず、無意識的にマナーと言う観点から「私」を使いがちですし
実際それが最も失礼のない正しい事であることは事実ですが、少し違った視点から考えてみると、普段あまり使用しない「僕」や「俺」「うち」や「自分」何かも自分と言うキャラクターを作り上げる為の1つの道具になりうると思うと少し面白いものだと私は思ったので、今回はこんな記事を書いてみましたが、皆様はどう思いましたでしょうか。
今回もしょうもない話でしたが、
最後まで読んで下さいまして誠に有難う御座います。
それでは…また次の記事でお会いしましょう。