『追想』
「歌手になってみんなを元気にする!」
上手とはいえないけれど、力強い字で書いてある。
小学校の卒業文集、将来の夢を書いたもの。
ここに書かれている夢のうち、いくつが叶えられたのだろう。
中学高校は吹奏楽部で、部員と汗をかく日々だった。
最後のコンクール・定期演奏会へ向けての練習、終わった瞬間の安堵と感動、その後の喪失感と余韻は、まさに青春だったと思う。
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歌はずっと独学で、高校3年生の秋に、はじめて街角でライブをした。
いま活躍しているアーティストは、みんな駅前や公園でライブをすることから始めたらしい。とても大変な道のりだけど、多くの人に知ってもらえるまで、折れずに地道に努力を重ねることが大事だという。
お客さんが全然集まらなくて、通り過ぎていく人々が冷たく見えて、悲しくて、寂しくて。涙を流してしまった。
目を腫らしながら演奏していると、少し太ったお兄さんが2人やってきた。
しばらく私の歌に耳を傾けてから、ギターケースにお菓子をそっと入れてくれた。
ここに私の歌を聴いている人は、もういない。
私は演奏をやめ、彼らのもとへ駆け寄った。
少し驚いた顔をしたあと、メガネの方のお兄さんがにっこり笑って言った。
「おれたち芸人目指してたんだよ。一度は東京にも出たんだけど、先輩とか事務所の人にセンスがないっていわれて。こいつとは今もこうやって付き合っているし、挑戦したことに後悔はしてないよ。君の想いや頑張りが、誰かに届くといいね。」
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その後も、多くの人を集めることはできず、心が折れそうな日々が続いた。
ある日のライブでお客さんが20人を越えた。ほんの少しだけど、前に進んでいると自分にいい聞かせていたが、終盤に突然の雨でびしょ濡れ。風邪を引いて、翌日のオーディションでは思うような歌唱ができなかった。
また別の日、スカウトの人が来た。契約の説明のために事務所へ案内してくれるはずが、怪しい通りへ入っていって…。
怖くなって、脇目も降らず全力で逃げた。追ってくる姿は見えなかったけれど、とにかく逃げた。
気がついたときには、私は《彼》の両腕の中にいた。
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あまりにも危うく心細い生活で、どん底にあった自分を救ってくれたのは、元芸人のお兄さんたちと、《彼》だった。
私も、多くの人の背中を押すようなアーティストなりたい。
それからも、がむしゃらに練習に向き合った。お金も稼がないといけなくて、睡眠時間を削って夜勤のアルバイトへ行くこともあった。
次第に、大学の講義を休んだり、寝坊して遅刻することも増えていった。
最低限の成績で大学を卒業したものの、変わらず路上ライブとアルバイトの生活を送っている。
もちろん、いつまでもこんなことをしていられない。
大学の同期は、それぞれ就職をして新たな生活を送っている。小中学校の同級生には、結婚して子どもが産まれて"幸せ"な生活を送っている子もいる。
親や友人の期待も、重い。
路上ライブなんて意味あるのだろうか。
先輩たちは才能を見つけてもらえて、大きな花を咲かせけれど、私がこんなことを続けていても蕾のまま枯れてしまうかもしれない。そもそも、蕾みたいな素敵なものじゃないのかも。
果たして、この努力は他人のためなのかな。
自己満足なの?失敗を認めたくないだけ?
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でも《彼》は、私の努力を認めてくれた。
見た目は地味だけど、優しく包み込むような温もりがある《彼》。
ある日、「私って、お荷物だよね」と言うと、《彼》は本気で怒った。
あのとき以外に《彼》の怒りを見たことはない。
本当はずっと一緒にいたかった、ずっと見守ってほしかった。
でも、迷惑をかけたくなくて、でも、そう言っても聞いてくれないだろうからって考えて…。
いつの間にか、感情的に理不尽な文句を浴びせて、一方的に別れを告げていた。
----- inspired by『何になりたくて、』ロザリーナ
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