母危篤すぐ帰れ!
盛夫の朝の備忘録#844
母危篤すぐ帰れ!
そんな連絡をもらった事はなかったのですが、昨日の夜に父と弟から「母の危篤」という、とんでもない連絡をもらった。
京都コンサートホールでのイダキシンさんのパイプオルガンとピアノのコンサートを聴いて、感動して車に乗り、ごきげんで出発して10分ほどしたら、車の調子がおかしくなり、非常ランプが点灯したので、近くにあったマックに寄って一休みしてWi-Fi繋いだら、父と弟からの連絡。
母の心臓が止まりかけて、総合病院へ緊急搬送されたとの事だった。
俺の心臓が止まりそうになった。
車の非常ランプは点灯していたが、そんなの関係無くなり、京都から急いで高速道路に乗り熊本へ向けて、徹夜で運転した。
天に運を任せて、途中何度か休憩をはさみながら徹夜で運転した。
色々と考えた。
色々な想いが込み上がり、とても冷静にはならない。
何処かで大丈夫な氣はしてても、そんなのはアテにならない事は、これまでの人生で嫌というほど、体験してきたので、不安は次から次に湧き上がってくる。
このタイミングで、母が死んだら嫌だ。
人は必ず死ぬ。
でもこのタイミングだけは絶対に嫌だった。
これからなのに。
何もかもが、これからというこのタイミングでの母と別れだけは絶対に嫌だった。
不安でマジで俺の心臓が止まりそうだった。
何度か車の中で、声にならない叫びが込み上げてきた。
弱い。
圧倒的に自分の弱さを感じた。
親子の情が、これほど強い想いだとは思いもしなかった。
グルグル思考がまわる。
途中休憩を挟みながら12時間ぶっ通しで、京都から熊本に車を走らせて、朝の9時過ぎに松合の自宅に到着した。
父から詳しい状況を聞く。
どうやら、一命は取り留めたようだ。
安心した。
良かった😭
父と共に病院へ向かう。
でもまだグルグル思考が回り続けていく、不安がドンドン沸き続ける。
入院している総合病院の緊急救命病棟に入る。
母が寝ている。
うん?😳
はぁ?😳
えっ?😳
大丈夫そう😅
心臓にペースメーカーを付けて横になってはいるものの、大丈夫そう😅
良かったぁ〜😭
涙は出なかったが、心底安心した。
しかし、本当に危なかったようで、対処が遅かったら3月23日は母の命日になるところだった事を母から聞かされた。
本当に良かった。
母が生きてるって、本当に良かった。
母の入院は1週間ほどで、心臓のペースメーカーの埋め込み手術が終われば、退院出来るそうです。
こうして、母の危篤騒動は幕を閉じて、無事に父と2人で松合に戻ってきました。
母の存在が、私にこれほど大きな影響を与えるとは、想いもしませんでした。
まだまだだなぁ〜。
私は本当にまだまだと想うのと同時に、成長の速度を上げる必要性を感じました。
今そこにある安心は、一瞬で失う恐怖を私に叩きつけ、今この瞬間がどれほどの価値があるかを、私の顕在意識に植え付けました。
今を大切に。
時を大切に。
使い切る事の真意を私に強烈に植え付けました。
今、目の前にいる大切な人は、次の瞬間には、いなくなってしまう可能性がある事に氣付かされました。
お母さん、生きてくれてありがとうございました。
心より感謝申し上げます。
なのでしばらくは、父と2人暮らしです😅
どうなることやら😅
最後まで読んで頂きありがとうございました😊
皆さんとのご縁に感謝しています😊
御自愛ください😊
良き1日を😊
日日是好日😊
2024年3月24日(日)
弥生、春分、雀始巣 (すずめはじめてすくう)
松合より😊
写真は、京都コンサートホールの前で撮影した写真です。
この後、母の危篤騒動が訪れます😅