米津玄師「恥ずかしくってしょうがねぇ」の源流
10月12日の配信開始から6週間、満を持して「KICK BACK」のCDがリリースされた。
米津玄師のシングル盤と言えば、カップリング曲がヤバいというのがファンの間では不文律になっているが、今回も大ヒット中のアッパラパーチューン「KICK BACK」の裏にとんでもない”魔曲”が仕込まれていた。
まずタイトルからして「恥ずかしくってしょうがねぇ」だ。
薄暗い部屋でアコギを弾き語っているような生々しさ。不穏な警笛を思わせるシンセ音が響き、安っぽいドラムのビートや、ぶっ壊れたピアノを指一本で弾いているような音が交錯するアレンジは、優しげなメロディラインとは裏腹な危うさを孕んでいる。
気怠く枯れた声が突如覚醒したように朗々と歌い上げるCメロ。嘆息にも問いかけにも聞こえる深い吐息に意表を突かれる。
歌詞に横たわっている嫌悪感の正体
サウンドだけでも十分な威力があるが、すべての文字に濁点が入っているような低い嗄れ声で「あんたぁらみたいにゃなりたかねぇな」と歌い出す言葉の破壊力は、迂闊に聴くと心を抉られかねない。
「恥ずかしくってしょうがねえ」と吐き捨てられているのは、自分の承認欲求のために他者を貶め傷つける人々。偏狭な正義で悦に入る無謬の民、理想だけを追い現実を見ない被害者ヅラのエゴイストたち。
ネット上でも実社会でもよく見聞きするし、胸に手を当てれば誰でも多少は身に覚えがありそうな後ろ暗い感情や言動。それらに対する嫌悪感を辛辣に非難し、痛烈な皮肉を込めて歌っていると感じる人も多いのではないか?
昨年のCUTのインタビューではもっと強い言葉で同様のことを語っている。
だが、米津玄師はこんな人々の欲求を戒めたくてこの曲を書いたのだろうか?倫理を説く校長先生の説教ソングなのか?私は違うと思う。
サングリアワインと流れる血
ナタリーの最新インタビューではこの曲について”倫理を熟知したいが、完璧に倫理的に生きたいわけではないニュアンス”だと答えている。
それを踏まえると、コアはこの歌詞にあると思う。
ユダは俗に「裏切り者」の代名詞として使われることが多い。だが、この曲が焦点を当てているのは、最後の晩餐でイエスに「生まれなかった方がよかった」とまで言われ、後に自死したユダかもしれない。
確かにユダはイエスを密告した裏切り者ではあるが、以前「でしょましょ」のトークで、大きな事件の犯人に向けSNSに放たれる「生まれてくるべきではなかった」と言う言葉について言及していた米津は、その”生”までを否定されたユダをどう思ったのだろう?
みんなが幸せに慈しみ合う理想をどれだけ追い求めようと、人は間違いを犯し、迷い、悩み、時には無意識に人を傷つけている。自分自身の中にも渦巻くそんな両義的な現実を引き受け、それでも美しい理想に向かって共に生きていこうと、この歌を世に出したのではないか?
ワインはイエスの血として使徒に分け与えられたものだ。だが歌詞に何度も登場するのは、フルーツやスパイスや甘味料が加えられた”サングリアワイン”である。
サングリアの語源は「血」に由来するが、ここでは純粋な血=ワインではなく、飲みすぎると気分が悪くなるような過剰に口当たりのいい酒を意味しているような気がする。
それは、真摯にちゃんと話し合うことでお互いに通い合う温かな血ではなく、悪酔いしそうな甘ったるい交流の比喩だと思う。
さらに、ユダに「生まれなかった方がよかった」と言葉を吐いたイエスの血=ワインを、「口に合わねぇな」と拒否したと思うのは深読みが過ぎるだろうか?
だが、胸にナイフが突き刺さった時、誰のものかわからなくても流れていく生血は赤く、その傷は痛むはずだ。聖書では最後の晩餐を共にした12人の使徒全員が、最終的には逃げ出しイエスを裏切っている。
そう、誰もがユダ、みんな恥ずかしい人間なのだ。
源流となった曲はこれかもしれない?
「恥ずかしくってしょうがねぇ」を初めて聴いた時に、不意に像を結んだ曲がある。かなり前に米津がギターで弾き語っていた「あなたは醜い」と言う曲だ。メロディは全く違うが出だしのコード感や、曲調がちょっと似ている。
本人による音源は既にないが、10年前の公式ブログに歌詞だけが掲載されている。
「恥ずかしくってしょうがねぇ」と同じように人々の愚かな所作を「どうだ?愛は見つかったか?」と皮肉っている。だが、この曲も”倫理的な自分が世の中を俯瞰し上から目線で醜い人間たちを咎めようとしている”わけではない。
”醜いあなたに自分もよく似ている”と言い、”醜いあなたを愛したい、一緒に生きていきたい”と締め括られている。
「あなたは醜い」から10年。1曲ごとに進化し、華麗に変化し続けてきた米津玄師だが、その源流は今も何ひとつ変わっていないのかもしれない。”人と人は分かり合えない”としながらも、人はひとりでは生きていけない。だからこそこう言いたかったのでは?
もいっかいちゃんと話そうぜ
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