米津玄師は「絶対」を約束しない男だった
「米津玄師の歌詞を因数分解して分かったこと」<第9章>
*プロローグと第1章〜8章は下記マガジンでご覧ください。
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小洒落た映画のセリフにありがちな「人生に絶対なんてないさ」。
では、未来を推量する場合、その発生・実現精度を表わす日本語を確率順に並べるとどうなるだろうか?
1:確率100% 絶対
2:確率90〜99% 必ず
3:確率70〜89% きっと
4:確率60〜69% おそらく
5:確率50〜59% たぶん
数値はいい加減だが、絶対>必ず>きっと>おそらく>たぶんと言う感覚で、これらの言葉を使い分けているような気がする。
例えば、「絶対」は「必ず」の強調語のようなニュアンスで、「たぶん」と言う時の本音は「半々よりちょっと上」くらいな気分だ。
米津玄師の歌詞には「絶対」「必ず」がひとつもない
こんなことを考察し始めた理由は、米津の歌詞の中に「絶対」と言う言葉がひとつもなかったからだ。さらに「必ず」も1回も使っていない。
しかし、辞書によると用法に違いはあるものの、実現確率は「絶対=必ず=きっと」、「おそらく=たぶん」と記されている。
そこで、27曲で使用されていた「きっと」と言う言葉を「絶対」に置換えても本当にイコールになるか試してみた。
”絶対”もうこれ以上 傷つくことなど ありはしないとわかっている(Lemon)
”絶対”もう帰ることはない(vivi)
友達よ いつの日も愛してるよ ”絶対”
(迷える羊)
僕たちは”絶対”いつか遠く離れた太陽にすら
手が届いて(ピースサイン)
まちがいさがしの正解の方じゃ”絶対”出会え
なかったと思う(まちがいさがし)
「絶対」と断言された途端に、うっすら見えそうだった希望が厳然たる絶望に凌駕され、逆にポジティブな未来に胡散臭さが浮き出てくる。
ブルージャスミンに至っては「ダーリン どこだろうと絶対 隣にあなたがいるなら」と歌われた途端に束縛された気分になりそうだ。
やはり「絶対」と「きっと」の間には結構大きな差があるのではないか?
米津は「たぶん」と言う言葉もほぼ使っていない(2曲のみ)。
「おそらく」はゼロだ。
推量の度合いを表す言葉は「きっと」に集約されている。
彼は確率的に何%くらいのつもりで「きっと」と言う言葉を使っているのか?もちろん、そこには「そうであって欲しい」と言う願望が含まれており「きっと」の中でも振り幅があるだろう。
では、他に絶対に匹敵するような確実性や約定を表す言葉はどうか?
「Bremen」に集中している
「約束」と「誓い」
「Bremen」は、自分の想いよりもリスナー側にしっかりと軸足を置いて制作されたアルバムだ。「僕ら」と言う複数形の一人称が最も多く登場しており、「普遍性」や「共感」を追求した結果、米津初のオリコン1位を獲得した。
米津の全88曲中で「約束・指切り」や「誓い」と言うワードはわずか5曲にしか使われていないが、うち3曲はこのBremenに収録されている。
「夜の街路に夜光蟲」の”約束”、”誓い合って”と「ウィルオウィスプ」の”約束”には、強い意志、友愛、新しい世界へ向かって歩き出すポジティブな光が見える。
しかし、すれ違ってしまった友達に「それならそれで」と背を向ける「neonsign」の”指切り”と”誓い合って”は、「絶対」ではなかった思い出として歌われている。
いずれにせよ、「約束」や「誓い」と言う言葉さえも、Bremen後には1回も使われなくなった。
「絶対」と歌わない誠意
いきなり私事で恐縮だが、昔、恋人を親に紹介した時、娘の将来を案じた父が「結婚前提なのか?」と彼に質問をしたことがある。その答えはこうだった。
「先のことはわかりませんが、
今は真面目にお付き合いしています。」
親はドン引きだったが、私はその正直さと誠実さに心打たれた。
予測不能な心の動き、変化し続ける未来に「絶対」と言う言葉を被せることを「意志」と呼ぶこともできよう。しかし、この連載の第7章でも書いたように、「今」この刹那しか、本当に確かなものはないのだと思う。
その象徴がカナリヤの歌詞だ。
あなたも わたしも 変わってしまうでしょう
時には諍い 傷つけ合うでしょう
見失うそのたびに恋をして
確かめ合いたい
これ以上 誠実な人との向き合い方があるだろうか?
変わりゆく全てのものを「絶対」「必ず」「約束」「誓い」で固定しようとするよりも、その都度確かめ合おうと言う姿勢。「あなたでなくてもいい」からこそ、この瞬間言える「あなただからいいよ」の純度。
絶対と歌わない男 米津玄師を、冷たいと思うか、ずるいと思うか、誠実だと思うか?
は人それぞれだろう。
少なくとも私は、あの日その場しのぎの綺麗事が言えなかった夫と似た、
「バカみたいな正直さ」を信じていたい。
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